悪路王、再び筑波を目指すの事

巨大な地震とともに勿来関なこそのせきの敷地は真っ二つに裂け、そこから噴き上がった溶岩は砦にいた常陸ひたち陸奥むつ軍隔てなく双方に容赦なく降り注ぎ、周囲は雷鳴と突風と溶岩の渦巻く焦熱地獄と化した。もはや敵も味方もなく入り乱れて逃げ回り、あるいは千々に逃げ惑い、あるいは倒れた兵士を踏みつけながら少しでも遠くへ逃げようと阿鼻叫喚あびきょうかんの様相を呈していた。


混乱に巻き込まれた佐伯経範さえきのつねのり影道仙ほんどうせんは入り混じる人混みにになりながら必死に身の安全を図ろうともがく。その間にも噴火はおさまらず、その溶岩の中心に「悪路王あくろおう」の巨体が姿を表すと、混乱は最高潮を極めた。



「な、な、なんで悪路王がこんなとこに!?」



自分が起こした突風に吹き飛ばされた兵士たちをかわしながら影道が驚きの声を上げる。悪路王はまた例の光る単眼をクルクルと目まぐるしく走らせながら何かを探している。その「目」がピタリと何かに向けて焦点を合わせると、その視線の先からひょっこりと「八幡神はちまんしん」が何かを抱えながら飛び出して来た。



「ハチマンさま!?」


「話は後だ、さっさと逃げるぞ!おい虎の子、コイツを頼む」



揺れる大地を巧みにバランスをとりながら「八幡神」が駆け込んで来る。「八幡神」はを経範に預けると、そのまま後ろを振り返ることも無く撤退を開始した。



「な!?大将、撤退って、金平は!?」


「今は諦めろ!ああもう、お陰で『私』が『彼方』に帰るのもしばらくお預けじゃわい。おい、兵たちにも撤退を告げよ、当初の目論見通り勿来関は潰し、丹生都にうつひめも奪還できた。もう用は果たしたゆえこれ以上の長居は無用、早よ逃げんとに追いつかれるぞ、なにせアイツはのだからな」



そう叫びながらとっとと走って行く彼女の言葉を聞いて、経範と影道が恐る恐る振り返る。その先にはあの「悪路王」が溶岩を噴きこぼしながらゆっくりと自分たちに向かって手を伸ばしていた。



「!!!!!!!!!!」



二人はすぐさま振り向き直して全速力で駆け出した。途中大声で兵士たちに撤退を促しながら一目散に峠の先の国境を目指す。に背負われた丹生都姫は後ろ向きのまま金平のいた方向に向かって必死に声にならぬ声を張り上げていた。



「おい、陰陽師!全てをつなぐ鍵は筑波山にあると言っておったな。それは真実まことか?」



走りながら「八幡神」影道仙に問いかける。



「はあ、はあっ!確たる証拠はありませんが……はあっ、まず間違い無いかと」



息も絶え絶えに逃げる影道仙が必死になって答える。



「ならば決まりだ。このままあのデカブツを筑波山まで誘導する」


「なんですとーっ!?」



佐伯経範と影道仙が声を揃えて絶叫する。



「経範、我らは筑波山までの最短距離でアイツを導く。決着は筑波山にて行うとしよう。貴様は先行して途中にある村に触れを出して住民を避難させろ。無駄な抵抗は無用、アレに人間が手向かってもどうにもできん。家財一切捨ててとにかく逃せ」


「……!?ああもう、よくわかんねえけどとにかく逃がしゃあいいんだな、くそっ!」



そう言って経範は二人と別れて同じく逃げ惑う馬を一頭捕まえるとすぐさま乗り込んで街道をかけて離脱した。「八幡神」と影道仙は再び「丹生都姫」を預かり、こちらも馬を一頭調達して追ってくる「悪路王」の鼻先にあえて姿を見せた。



「GRRRRRRR!GRRRRRRRRRR!!!」



やはり悪路王は明らかにに反応している。馬で逃げる分には追いつかれる心配は無さそうだ。やはり地上ではその自重がたたって動きが鈍い。このまま前回のように「龍脈」からの霊気の供給が途切れて枯れてしまってくれればありがたいが、事はそう都合良く転がってはくれまい。「八幡神」は背中にを、前に影道を抱きかかえて騎馬を駆って慎重に悪路王の前を進んだ。


「八幡神」はいつになく真面目に必死になっているというのに、後ろのは悪路王を怖がる様子も無く笑いながら手を伸ばし、片や前の影道仙は



「はわわわ、金ちゃんに続いてよっちゃんにまでお姫様抱っことは……まるでポンちゃんヒロインみたいですう」



などと意味不明の言葉を発して顔を赤くしながら目を回している。



「うーん、修羅場だ」



「八幡神」がげんなりした顔をしながら手綱を引いた。



「陰陽師、それで筑波山へはどうやって入る?あそこは今とてつもなく強力な結界でもって山に入ろうとする者を拒んでおろう。何か手は考えてあるのか?」



馬を駆りながら抱きかかえた影道に「八幡神」が問う。影道は「はにゃわわ」とまた意味不明な言葉を発してから、自分で両頬をピシャリと叩いて正気を取り戻すと、



「はは、はいっ!前回金平と赴いた時はお山に入る事は叶いませんでしたが、次はおそらくは大丈夫かと」


「期待して良いのだな?そもそも山には入れねば向こうに行った所でどうにもならぬのだぞ?」


「ええ、まあ。そのためには『山の佐伯』たちの協力が必要ですが」


「佐伯?あの結界は『山の佐伯』どもの仕業であったか」


「とと、とにかく筑波山まで急ぎましょう。あんっ、そんなとこ触っちゃだめですう〜私そこ弱いですう〜」



大真面目な顔をして変な声を上げる陰陽師に対して「八幡神」はこのまま放り投げてやろうかと殺意が湧いたが我慢して馬を走らせ続けた。

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