坂田金平、丹生都姫と別離するの事

突如巻き起こった雷鳴と突風に煽られ大混乱に陥った奥州軍おうしゅうぐんはもはや兵隊としての体をなしていなかった。勿来関なこそのせきもその建造物を破壊し尽くされ、関所としての機能をほとんど喪失していた。再建するとなると莫大な費用がかさむ事だろう。



「ああてめえこんちくしょう、余計な出費が増えちまったじゃねえか!覚えてやがれよ常陸ひたちの奴らめ、この借りはきっちりと利子つけて返してもらうぜえっ!!」



絵に描いたような捨て台詞を吐きながら奥州権大掾ごんのだいじょう安倍忠良あべのただよしが|真っ暗な地下道を松明の明かりだけを頼りに進む。山頂からの超然的の破壊工作の挟み撃ちにあった勿来関はもう持たぬと判断して、総大将である忠良は早々に関を守る砦を放棄して隠し通路から逃走を企てていた。


砦の中ではまだ部下たちが自分を逃がすために奮戦中である。その彼らを平気で見殺しにして忠良は逃げる。だが忠良は振り返らない。可能な限り生き残る道を選択する。総指揮官である自分にはそうしなければならない責務がある。それが上に立つ者の宿命なのだと忠良は歯軋りして自分に言い聞かせる。



「なーんてな。悪いなお前ら、仇はとってやっからよう、うまいこと粘って盾になって時間稼いでくれや」



本当に微塵の後ろめたさもないらしい。部下たちの犠牲に一応は感謝しつつ、忠良は逃げて行く。


その忠良の襟首を影から何者かが引っ掴み、力任せにぶん投げた。うまく逃げおおせたと気を許して警戒を怠っていた忠良はなすすべなく狭い貫道のあちこちに頭をぶつけながら転がって行った。



「いてーっ!!」


「に、逃すかよてめえこの野郎!!」



そこには狭い間道の天井すれすれに仁王立ちした坂田金平の姿があった。



「あ、てめえ金平この野郎!ドサクサに紛れて『変若おちみず』を横取りしようって魂胆か!?汚ねえ野郎だこの外道、厚かましいにもほどがあるぞこんちくしょうが!!」


「うるせえテメエこの野郎いいからよこしやがれ!人のこと散々振り回してくれやがってタダで済むと思うなよコノヤロウバカヤロウ!!」


「にぃー!」



ひどく語彙の貧困な言い争いとともに大の大人が二人して狭い抜け道の真ん中で取っ組み合いを始める。忠良は金平の髪を引っ掴みながら何度も頭突きを繰り返し、対する金平は耳やら喉やら手当たり次第に爪を食い込ませ引きちぎりそうな勢いでかきむしる。その背中からに収まったも一緒になってポカポカと忠良の頭を叩いたり腕に噛み付いたりしている。



「よ・こ・せー!!」


「ざけんなテメエ、そっちこそ、は・な・し・やがれーっ!!」



おおよそ武士の誇りも戦士の意地も見受けられないような低レベルの争いが続く。



「うーん、修羅場かな?」



発見した抜け道を追ってきた「八幡神はちまんしん」がその場に居合わせて思わず呟く。二人(と一人)は変わらずに狭い洞穴の中で醜い争いを続けている。


その直後に轟音が響き、激しく地面が揺れた。一瞬折悪しく地震に遭遇したのかと思ったが、振動は一向に収まる様子はなく、鈍い地響きが際限なく続いている。洞窟の壁を支えていた木枠や日干し煉瓦が崩れる。その破壊された箇所からボロボロと天井の土が落ち始める。このままここにいたら全員たちまち生き埋めになってしまう。


さすがにここは金平も忠良も互いの手を離して避難を始めようとする。が、再び地響きが起こり、あろう事か足元の地面が割れ、バリバリと音を立てて裂け始めた。



「な、な、な、なんじゃあーっ!!??」



安倍忠良が舌を噛みそうになりながらも叫ぶ。裂け目はあっという間に天井まで広がり、剥がれた壁面を容赦なくポッカリ空いた奈落の底へと吸い込んでいく。ついに天井を支える土が無くなり、夕暮れに染まる晴れた大空が目に映った。



「何が……何がどうなってやがんだこりゃあ!?」



金平はを守りながら必死になって裂け目に落ちないよう壁に張り付いている。真っ暗な裂け目の奥から燃えるような熱風が吹き上がって来る。



「おい、嘘だろ……?まさかこいつぁ……」



暗黒の裂け目のさらに奥で赤く燃えたぎる溶岩が噴き上がって来るのが見える。その間にも熱風が絶えず下から湧き上がり顔を焼く。



裂け目の奥で、悪路王あくろおうの光る目がギョロリと金平を見据えた。



「悪路王!?なんでまたこんなとこに!!」



忠良も金平も口を揃えて吠えた。そうしている間にも悪路王は溶岩を噴出させながら手を伸ばして来る。



「小僧!!こっちだ、こっちに飛び移れ、そちら側はもうもたんぞ!!」



金平がしがみついている壁面の反対側から「八幡神」が叫びながら手を伸ばす。迷っている暇など無い。金平は勢いをつけて反対側に飛び移ろうと構えた。


その瞬間、まさに飛び移る直前で安倍忠良が壁面を掴んでいる金平の腕に絡みついた。熱風に髪を逆立てながら忠良は必死の形相で金平の避難を妨げようとする。



「逃すかテメエ、行くならそのガキ置いて行きやがれこの野郎!!」


「こ、こいつっ!?馬鹿野郎そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!!」


「うるせえっ!!、ここでせっかくの金儲けのネタを手放してたまるか!!」


「アホかおめえ、このままじゃ全員まとめて死ぬだろうがよ、そんなに金儲けが大事かこの欲深亡者があっ!」


「うるへーっ!!」


「早くしろっ、何をしておる!!」



裂け目はどんどん広がって行く。もう金平が跳躍しても向こう岸へは届かないかも知れない。下からはすでに目と鼻の先まで悪路王がその触手を届かせている。忠良は振りほどけない。



「くそうっ!!おい、テメエ!!」



金平が向こう岸で手を伸ばす「八幡神」に向かって叫ぶ。



絶対ぜってえ落とすなよ、絶対ぜってえだぞ!!」



そう言って金平はごとを「八幡神」に向かって放り投げた。「八幡神」が面食らいながらもなんとかを受け止めた直後、裂け目の底から噴き上がった紅蓮の炎柱が金平と「八幡神」を遮った。

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