坂田金平、国境を渡るの事

死闘が始まった。


迫り来る槍衾やりぶすまの直進に、金平は怯みもせず真正面から突き進んで行った。肩口に穂先が刺さる。続いて上腕、腹、太腿と次々に金平の身体に槍が食い込んでいく。しかし槍はそれ以上金平の分厚い筋肉を貫けず、金平はそのまま力任せに押し返した。


ただの一息で数十人の兵士が無様に吹き飛ぶ。金平は無数の長槍を食い込ませたまま仁王立ちになる。朦朧としている肩上の少女にその惨状を見せまいと自分の裾で血を拭った手をかざして視界をふさぐ。


身体に縫い込まれた槍を一本一本抜き取ると、それを見計らったように佐伯経範さえきのつねのりが金平の前に立ちふさがった。



「わざわざ抜き取り終わるまで待ってたのかい?律儀なこった」



そう言うや否や、金平は肩にを乗せたまま片手で剣鉾けんほこを薙ぎ払った。経範はその一撃を自前の愛刀で弾き返す。肉厚で幅広な、太刀というより山刀に近いような無骨な刀身だった。


経範が二度、三度と攻勢にかける。金平は片手でその斬撃をかわし、受け、弾き返す。川辺沿いの、経範から見て低い位置に陣取っていたにもかかわらず金平はその地理的不利を物ともせずに経範の攻撃を一つ一つ丁寧に潰して行った。


金平に吹き飛ばされ、手持ちの武器を失った兵士たちは金平と経範の一騎打ちを遠巻きに見守るだけだった。


「くっ!!」


「どうしたい、初めてぶちかました時のあの勢いはどこ行った!??ああそうか、ってえのは本当だったわけだ」



片手で受ける金平に、経範は力で押し切れないでいる。まだ月は蒼天に霞んでその姿は見えないが月齢はすでに二十日に近づき半月だったその姿は弓形に近づいている。金平の指摘通り、経範の力は月齢の進行に合わせて日に日にその加護を失っていた。満月の夜には金平を圧倒していたあの剛力も、今では片手の金平に弾き返されないように踏ん張るのが精一杯だった。



!!」



金平が叫ぶ、その声に呼応しては肩口から背中に回り、金平が背負っていたに潜り込んだ。両手が空いた金平は剣鉾の柄を握りしめ、気合一閃経範を力で押し返し始めた。



「悪いな、とはいえお前さんをぶちのめすにゃあ両手を使わせてもらわねえとなあっ!!」



両腕で全身全霊の力を振り絞って金平が経範を押し返す。小柄な経範の体が浮き上がり、重心を失った両足を金平が剣鉾の柄で薙ぎ払う。足を払われた経範はそのまま転がって川面へ顔をと突っ込んだ。


金平もを背負ったまま川に足をつける。そのまま経範の脇を通りすぎ、膝まで浸かってザブザブと川を渡って行く。この川を超えて峠を越えれば勿来関なこそのせきへの一本道となる。金平は迷う事なく川を進んで行った。


無我夢中で進む金平の耳にひゅるる、と何かが風をきって迫って来る音が聞こえた。金平はとっさに身をかわす。直前まで金平が進もうとしていた先にかつん、と乾いた音を立てて一本の矢が河原の石に突き刺さった。



「!?」



金平は一瞬だけ後ろを振り返り、続いて上空を見上げる。空には今まさに金平に食らいつかんと無数の矢が放物線を描いて迫っていた。



「くそっ!!」



金平は川の流れに逆らって横っ跳びになる。矢は容赦なく金平に襲いかかり、次から次へと雨のように降り注いでくる。歩いて渡れる浅瀬を目指していたことが災いし、矢を避けるために水中へ身を隠すだけの深さがない。金平は容赦なく襲いかかる矢のあられを必死にかわしながらもう一度今来た方の河原に目を向けた。


河原の土手の頂上に片膝をついて弓を構える頼義の姿が見える。彼女は金平に向かって迷う事なく次から次へと矢を放って行く。目も見えない身でどうやってここまで正確に矢を打ち込む事が出来るのか金平にはその極意がさっぱりわからない。場違いに感心しながらも、迫り来る矢を金平は確実にかわして行った。


頼義にも本気で金平を撃ち抜く気はないのか、その軌道には殺意は感じられない。金平にもその軌道はたやすく読め、確実にその全てをかわして行った。


最後の一本をかわし切った時、ようやく金平は自分が相手の術中にはまっていたことに気がついた。



「あ、くそっ……テメエはじめっから!」



金平は毒づく。矢を避けながら向こう岸へなんとか進もうとしていた金平はいつの間にかまた元の岸の河原にその足をつけていた。頼義の狙いは金平を撃ち抜くことではなく、初めからその進路を塞いで自分の狙う地点に彼を誘導するためのものだったのだ。金平の目の前に頼義が降り立つ。主従が並び立ってお互いに顔を向けあった。



「まったく……。ホント弓矢の腕前だけは大したもんだな。まんまと罠にはまっちまったい」


「金平……行かせない!!」



頼義が腰に差した七星剣を抜く。金平はふと、悲しいような嬉しいような、そんな不思議な感慨に当てられた。思わず口元が綻ぶ。



「面白え。お前がこの三年でどれほど腕を上げたか、確かめてやらあ」



金平が両手で剣鉾を構える。目の見えぬ頼義にもその気迫は直に肌身に伝わった。剣鉾は水平に構えられている。突きの体勢だ。金平は本気で自分を殺しに来ている!!


頼義も覚悟を決めて愛刀の七星剣を水平に腰溜めに落とす。直刀である七星剣では「突き」こそが唯一必殺の戦法である。突きと突き、互いに先じた方が勝つ。金平の剣鉾には長さの利、頼義の七星剣には速さの利がある。条件は互角と言っていい。


経範も、周囲にいる兵士たちも固唾を飲んで二人の勝負を見守る。



「以前のようには行かぬと思え金平。私とて三年前のひよっこではないっ!!」


「やってみろゴルァっ!!!!」



頼義と金平が同時に打ちかかる。


勝負は一瞬で決まった。



「そん、な……」


「いい突きだ、悪くねえ。これなら鬼ども相手にも遅れは取らねえだろ。悪いな大将……ホントに、すまん」



金平の腹に頼義の七星剣が深々と食い込む。金平は彼女の一撃を初めから避ける気もなく真正面から受け止めた。貫かれた服の上からドクドクと血が溢れ出る。



「きん……ぴら……」


「すまねえ、お前は、お前の信じる道を行け」



最後に金平は頼義をぎゅっとかたく抱きしめた。その行為にどのような思いが込められていたのか。



「きんぴら、やだ……だめだよ……」



頼義は呆然としながらその手を震わせる。金平は自分を貫いている七星剣の刀身を引き抜き、振り返るとそのまま無言で川を渡って行った。



「きんぴら……だめ、きんぴらが、きんぴらがいっちゃう……!」



頼義が川面に膝を落とす。その音を聞いても金平は再び振り返る事なく川を渡り切り、去って行った。

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