金平頼義、対峙するの事
「急げ!!でないと……間に合わない……!!」
頼義の懸念はどちらの意味であったのか。頼義率いる別働隊が坂田金平を発見した時、彼の足元には累々たる死体の山が転がっていた。その凄惨な光景に出くわした別働隊の兵士たちは思わず身を縮こませ、口元を押さえた。
いや、よく見ると、横たわっている兵士たちは一様にうめき声を発しながら悶え苦しんでいる。どうやらどの兵も深手を負ってはいるようだが命に別状は無いようだった。その証拠に金平が手にしている大身の剣鉾はその刀身に布鞘が巻かれたままで血の一滴も流れていない。
とは申せ、これだけの人数を相手にたった一人で返り討ちにしてしまった金平の底知れぬ強さと凶暴さに、追撃に打って出ようとした別働隊の面々は皆一様に二の足を踏んだ。
金平とて無傷ではない。無数の槍傷を負い、衣服は裂け、その剣鉾も無数の打ち込みを受けたために柄にも同じ数だけの切り傷が刻まれていた。金平が血塗れの顔で兵士たちをギョロリと見回す。それだけで百戦錬磨の坂東武者たちが震え上がり、身を引かせるには十分だった。
金平の肩にはまだ年端も行かぬ幼女がちょこんと座し、緊張の走るこの場に不似合いな可愛らしい大きな瞳を何度も瞬きさせる。
「心配すんな、お前をアイツらに引き渡すような真似はしねえ。お前は……必ず陸奥に逃がしてやる」
金平は少女の顔を見る事なくそれだけ囁くように言った。物言わぬ少女その言葉に応えるようにぎゅっと金平の袖口を掴む。
金平の気迫にいったんはその身を竦ませた兵士たちはそれでも勇気を振り絞ってこれまた無言のままじりじりと二人を追い詰めるようにその距離を縮めて行く。
何かを決心したかのように金平はその口をぎゅっと噛み締めると、空いた片方の手で握っている長柄の剣鉾を一振りして刀身を包んでいた布鞘を外す。鍛え上げられた近江鋼の刃が陽の光を浴びてぎらりと青白い輝きを見せる。
金平は本気だ!次はそれまでのように致命傷を避けての立ち回りなどはして来るまい。次に戦闘が始まれば間違いなく死人が出るだろう。
「き……」
隊の一番後ろで金平の様子を伺っていた頼義は思わず声をあげて駆け寄ろうとする。その肩を隣にいた
「待てよ大将、ここはまずオレが行く」
そう言って経範は兵士たちを掻き分けて金平の前に躍り出た。彼の姿を見受けて金平の表情が固くなる。
「投降しろ、坂田金平。我々とてその娘を
金平は経範が「
「おう、そうかい。テメエが『アイツ』の新しい飼い犬ってわけかよ経範!いや、テメエは犬じゃねえか、テメエはもっとおぞましい、人外の……」
「…………」
「人虎」の呪いを受け継ぎ、不死の身体と引き換えに月の狂気に苛まされる経範を嘲るように金平が言う。経範はその挑発にやや口の端を歪めるが、それ以上の反応は見せず無言のまま二人の行く手を阻むように立ちふさがる。
「……ふん、まあそんなことはどうでもいい。どけ、俺だってお前らに剣を向けたくはねえ。ただコイツをあの川の向こうにいる連中に引き渡すだけだ。それだけなんだ」
金平の言葉は強気だが、その中には懇願とも取れる悲愴さが滲み出ていた。次第によっては土下座してでも這いつくばってでも許しを請いかねないほどの「祈り」にも似た願い事だった。
(ヤメテ……!)
「とと……たま」
少女は目を伏せるようにして金平に片言の言葉を発する。男はそんな少女の不安を拭い去るように笑顔を見せた。
「大丈夫だ、誰にもお前を傷つけさせたりはしねえ。絶対だ」
その言葉に、少女も安心したのか、柔らかな笑顔で金平の腕にしがみついた。
(私ノ前デ、ソンナ優シイ声ヲシナイデ……!)
「魔性に魅入られたか金平。愚かな……」
その声に金平は反射的に目を見開き、キッと鋭い眼光を頼義の元に送る。頼義は経範の後ろから進み出て金平の前に姿を見せた。
(違ウ!ソンナ事ヲ言イタインジャナイ!私ハ……)
「テメエ……」
金平は彼女に向かって絞り出すようにそれだけしか声を発することができなかった。見えぬ我が目にも金平の殺気のこもった視線が痛い。頼義はその閉じた目を悲しげにきつく歪ませた。
「金平、お願いわかって……。その娘は人間では無い、その娘を『あちら側』に渡せば、失われる命は今の比では無い。それはあなたも理解しているでしょう」
「…………」
「その娘を、『金色の
「うるせえ!!」
彼女の言葉を遮るように金平が吠えた。
「朝廷だ
(ダメ……ソレ以上、言ッテハダメ……)
「どうしても、聞けぬと?」
(アノ人ハ、行ッテシマウ……)
「聞けねえ!俺は行く。邪魔立てするなら……」
「相分かった。ならばこれ以上は言うまい」
今度は彼女の方が金平の言葉を遮った。
「
頼義の号令を受けて兵士たちが金平を捕らえるべく一斉に襲いかかった。
「くっ。そおおおおおおおおおおお!!!!!!」
金平は少女を庇いながら獣のように吼えた。
(金平……バカ……!)
その一瞬だけ、頼義は少女の心に戻って呟いた。
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