金平、姿を消すの事

頼義から金平の見張りを任された影道仙ほんどうせんが慣れない監視役にどうしたものかとあれこれと考えている間に金平の方は即座に行動を開始していた。


とりあえずの様子を見ようと、彼女が寝ていた寝室を覗いてみると、もうすでに彼女の姿は見えなくなっていたのである。



「え?ええーっ!?」



金平が頼義と睨み合いをしてからまだ四半刻もたっていない。彼は先ほど部屋を退出したその足でさっさと荷物をまとめて彼女を連れ出し、そのまま姿をくらましてしまったようだ。



「いやいやいや、早すぎるでしょういくらなんでも!?判断が早いっ!」



影道は転がり込むように頼義の元に戻り、坂田金平さかたのきんぴら逐電ちくでんの報を告げた。頼義もまさかこれほど素早く行動を起こすとは思っても見なかったらしく、呆れたように口を開けて顔をしかめた。



「少し状況を甘く見ていました。まさか金平がそこまであの子に情を傾けていたとは……もう、あのバカ!」



初めのうちは源氏の武士として毅然な態度で影道仙の言葉を聞いていたが、最後の方はいつもの彼女らしい年相応な顔で頬を膨らませた。



「ねえポンちゃん、さっきの私ちょっと冷たかった?なんか嫌な女に見えなかったかなあ、やだなあ」



いちど崩れたらもう毅然とした態度は取り戻せないと悟ったか、頼義は泣きつくように影道にすがった。彼女は彼女なりにの身を案じての発言だったのだろうが、源氏の子としての体裁か、鬼狩りの将としての建前か、確かに毅然としすぎる気味あいはあったかもしれない。なぜ頼義がそのような一件冷酷にも見えるような態度を取ってしまったのか、その理由を影道はなんとなくわかった気がしたが、そこはあえて口にはしないでおいた。



「と、とりあえず捜索の人員を編成しましょう、を、いえ『丹生都にうつひめ』が陸奥むつの手に渡る前に金平を確保しないと。早馬を!東海道の駅舎に触れを出して関を設けさせて。急いで!!」



頼義の怒声に影道は大慌てで走って馬屋にいる伝令使役に命令を申し伝えた。頼義も立ち上がり、父常陸介ひたちのすけ頼信よりのぶに面会を求めるため、来ていた部屋着を脱ぎ、男装の礼服に急ぎ着替えた。


国府石岡から陸奥へ向かうなら東海道と東山道を結ぶ延伸路を進むのが定石である。途中にある安候あご、河内、田後たじり、山田、雄薩おさつと続く駅家うまやのどこかで必ず馬を乗り換えるはずだ。それまでに何とかして金平たちに追いつき、その身柄を確保する必要がある。


頼義は焦りを隠せないが、盲目である彼女は一人で馬を駆る事ができない。一先ず急いで先行部隊を派遣し、逐次連絡を取りながら自分も金平たちを追うために東海道を下るつもりでいた。



(あのバカ!!ホントに……もう……)



どうにも頼義は金平への苛立ちが抑えきれないでいる。自分でもどうしていいのかわからないくらいだ。


先行した早馬は金平を見つける事はまだ出来ないでいた。それだけでなく早馬はさらに悪い知らせを送ってよこした。



「陸奥国境、勿来関なこそのせきにて奥州国軍が集結しつつあります!!」



一番最初に送り出した伝令使とすれ違うようにして飛び込んで来た多珂郡たかぐんの役人が伝えて来た情報がそれだった。勿来関は旧常陸領である菊多郡きくたぐんに存在する古関であるが、かつては北の蝦夷えみしたちへの備えとして北へ向けられていた柵は、今では陸奥と常陸との行き来を管理するための税関所のような存在になっている。そのせいもあって現在の勿来関は陸奥、常陸両国からの干渉を避けるために厳重な警戒態勢が常時敷かれていた。その関に一度陣取られれば強力な橋頭堡きょうとうほとして機能するのは間違いない。


今そこに、おそらくは安倍忠良あべのただよしが率いる奥州軍が入り込んで不穏な動きを見せているという。



「勿来……金平たちの行き先はそこか……?まさか金平、本当に連中と取り引きを……?」



頼義の顔が曇る。それは紛れもなく自分に対する離反行為だ。まさか前もって金平がそこまで準備していたとは考えたくない。考えたくないが、あまりにも行動のタイミングが丁度良すぎる。



「騎馬隊、急ぎ陸奥国境の棚島駅たなしまえきまで走り、海岸沿いに陣を敷く!奥州軍との戦闘になる恐れがある、皆心してかかれ!!」



源氏の大将の急な言葉を聞き、兵士たちの間に緊張が走った。捜索隊として編成した歩兵部隊にも長槍を持たせ、危急の際への対応策を施す。


「影道、馬を。お手数ですが棚島までの騎手を頼みます」



頼義の命に影道仙が首を大きく左右に振った。



「むりむりむりむり、私馬なんか乗った事ないですから!現代っ子ですよ私、原付免許も持ってないのに」



ゲンツキメンキョとは何の事だかわからないが、彼女に頼めないとなると少々困った事になる。貸与された兵士には限りがある。一人でも多く先行させたいところだが、一人人員を割いて自分の運び役を頼むしかない。



「その役はオレに任せろ」



仕方なしに騎手を一人呼びつけようとした時、頼義に声をかける者があった。



「帰参が遅くなり相済まぬ。事情は聞いた急ぐんだろう?ならばオレは役に立つ。今馬を引いてくるからちょっと待ってろ」



そう言って馬屋に向かった少年……佐伯経範さえきのつねのりは艶やかな黒髪を靡かせながら振り向きざまに頼義に視線を遣った。

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