金平頼義、火花を散らすの事
「へ……?」
思わず間抜けな声が出た。自分のまずい冗談に頼義がこれまたまずい冗談で返して来たのかと金平は一瞬思った。だが彼女の様子を見るに、どうもそうではないらしい。
「実際に人質と口にしたわけではありませんが、お使者はこう言ってこられました。『貴国におわす金色の
「なんだそりゃあ!?どっから湧いて来やがったんだよそんなヨタ話!?」
金平は目玉がこぼれ落ちんばかりにその目を大きく見開き、大口を開けた。どこから突っ込んでいいものやら見当もつかない。
「はあ、私もそれとなく探りを入れてはみたのですが、どうもお使者の方の話しようを聞くに先方は大真面目に本気でそう申し出ているようで。おそらくはくだんの
「あるいは、お師匠様の入れ知恵じゃないですかねー。あの人そういうの得意だからー」
「つまり、
「そう。うわべの話だけならこの上ない好条件に聞こえます。先方は評判の
「……話はわかった。で、大殿はなんて答えたんだい?」
「お断りいたしました。即答です」
「!?」
「父の言い分はこうです。『事は我が国の問題。ご厚意はありがたいが国内の問題は国の者で片付ける』とね。私も同じ意見です」
「そう、か……」
金平は思わず目を伏せる。「否」と返答した
「ですが、この話は続きがあります」
「続き?」
「ええ。父の返答に対してお使者はこう申されました。『はてそれは面妖なる事、この件につきましては坂田金平どのの御同意を先に得ている。すでに坂田どのと娘御をお迎えに上がる用意はできておる』と」
「なんだと!?」
金平は反射的に立ち上がる。そのような事はあの時だって一言も口にしてはいない。
「金平、念のためにお前に確認しておきますが、その安倍忠良と遭遇した際、何か誘いを受けたような覚えはありませんか?」
「な……!?」
金平の脳裏にあの時の光景が蘇る。
(陸奥に行けばその娘を助ける事ができる……陸奥で待つ……)
あの時の忠良の言葉が耳に響いた。
「金平?」
「いや、
「……そうですか」
(違う!何を言ってるんだ俺は!?)
思わず口に出した返事に金平は自分自身驚いていた。なぜ正直に言わずにその場を取り繕った!?金平は壁の向こうで休む
(陸奥で待つ……陸奥に行けばその娘を助ける事ができる……陸奥で……)
頭の中で忠良の言葉が悪魔の囁きのようにぐるぐると駆け巡る。額に汗が浮かぶ、反対に舌の根が乾いてくる。
「まあ、その件については父と相談した結果私の一存に委ねられることになりました。お前は私の
「あ?どういうことだ?」
金平が主人である頼義を睨みつける。その背中に冷たい汗が走った。自分は何を予感したのだろう……?
「安倍忠良なる人物、およびその一党は思ったより深く我が国に潜り込んでいる恐れがあります。いつどこで彼女を狙う魔の手が伸びるかわかりません。ポンちゃ……
「!!テメエ……!!」
「金ちゃん!?」
金平は思わず主君である頼義の襟首を掴み上げるのを見て影道仙が慌てた顔をした。怒りで目が血走る。こいつは今なんと言った?あの子を、
「テメエ、今自分が何を言ってるのかわかってやがんのかゴルァ!!」
金平がすごむ。頼義はそんな彼に対して臆することなく冷ややかに言葉を返した。
「お前こそ何を言っているのです金平。冷静になりなさい、あれは、人の姿をしていても……人間では無い」
「違う!あいつは……」
「違うならなんとします金平?仮に彼女が人間だとして、それでお前はどうしたいというのです?鬼狩りを辞してあの子の父親として一生を過ごしますか。お前にその覚悟があると?」
「違う、俺は……」
「情が移ったという程度の理由でそのような甘えた考えを持ってはいませんか金平?犬猫を飼うのとはわけが違う!」
「わかってる!!わかってるわンなこたあ!!だが……」
「あの娘は私が責任を持って守ります。医師も手配しました、いざともなれば影道の助力も得られましょう。何か不足がありますか?」
「…………」
金平と頼義の間に氷のような張り詰めた緊張が走る。その間に立たされた影道仙はただその緊迫した空気を楽しむかのようにうっすらと笑みを浮かべるだけだった。
金平が無言で部屋を立ち去る。頼義はそんな彼に顔を向けることも無く、同じく無言で金平の退出を見過ごすだけだった。
「……影道仙」
「はいなー」
不意に頼義に呼びつけられて影道仙がふやけた返事を返す。さほど年も離れていない頼義だが、影道仙は時折彼女の放つ年齢に見合わない貫禄というか気迫に関心してしまう事がある。このところは随分と気安く声を掛け合う仲になっていたが、今の頼義はとても呼び捨てにできるような雰囲気では無い、武家の
「頼みがあります」
「頼み?」
「ええ、金平を見張ってください。今の彼は信用できない」
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