金平頼義、火花を散らすの事

「へ……?」



思わず間抜けな声が出た。自分のまずい冗談に頼義がこれまたまずい冗談で返して来たのかと金平は一瞬思った。だが彼女の様子を見るに、どうもそうではないらしい。



「実際に人質と口にしたわけではありませんが、お使者はこう言ってこられました。『貴国におわす金色の丹生都にうつひめなる女性は実に三界を照らす衣通そとおりの美しさと聡明さを誇ると聞き及び、我が主人むつこくしゅ藤原実方ふじわらのさねかたが是非にもご養子にお迎えしたいとの事。引いては育ての親である坂田金平さかたのきんぴら殿も合わせて家人として取り立てたいとのたっての願いでござる』とね」


「なんだそりゃあ!?どっから湧いて来やがったんだよそんなヨタ話!?」



金平は目玉がこぼれ落ちんばかりにその目を大きく見開き、大口を開けた。どこから突っ込んでいいものやら見当もつかない。



「はあ、私もそれとなく探りを入れてはみたのですが、どうもお使者の方の話しようを聞くに先方は大真面目に本気でそう申し出ているようで。おそらくはくだんの安倍忠良あべのただよしと名乗る大掾だいじょう官がそういった話を国守どののお耳に入れたのでしょうが」


「あるいは、お師匠様の入れ知恵じゃないですかねー。あの人そういうの得意だからー」



影道仙ほんどうせんが「眼鏡」の奥で目をすぼませる。陰陽師としての実力はともかく、安倍晴明あべのせいめいという人のその人間性は一番弟子たる彼女にすら信用されてはいないようだった。



「つまり、と引き換えに常陸国ひたちのくにに援助を施してやると、そういう取引か」


「そう。うわべの話だけならこの上ない好条件に聞こえます。先方は評判の美姫びきを迎え入れることができ、我々は今の窮状を脱することができる。評判の姫を皇族なり重臣のお家にお輿入れできればこれとない出世のきっかけになりますからね。双方に利のある、実に申し分の無いお話です。忠良にしてみれば郡一つ差し出してでも彼女……『丹生都姫』をどうしても手に入れたい、ということなのでしょう」


「……話はわかった。で、大殿はなんて答えたんだい?」


「お断りいたしました。即答です」


「!?」


「父の言い分はこうです。『事は我が国の問題。ご厚意はありがたいが国内の問題は国の者で片付ける』とね。私も同じ意見です」


「そう、か……」



金平は思わず目を伏せる。「否」と返答した常陸介ひたちのすけ親子の言葉に対して自分は安堵したのか、それとも……



「ですが、この話は続きがあります」


「続き?」


「ええ。父の返答に対してお使者はこう申されました。『はてそれは面妖なる事、この件につきましては坂田金平どのの御同意を先に得ている。すでに坂田どのと娘御をお迎えに上がる用意はできておる』と」


「なんだと!?」



金平は反射的に立ち上がる。そのような事はあの時だって一言も口にしてはいない。



「金平、念のためにお前に確認しておきますが、その安倍忠良と遭遇した際、何か誘いを受けたような覚えはありませんか?」


「な……!?」



金平の脳裏にあの時の光景が蘇る。



(陸奥に行けばその娘を助ける事ができる……陸奥で待つ……)



あの時の忠良の言葉が耳に響いた。



「金平?」


「いや、え……」


「……そうですか」


(違う!何を言ってるんだ俺は!?)



思わず口に出した返事に金平は自分自身驚いていた。なぜ正直に言わずにその場を取り繕った!?金平は壁の向こうで休むの姿を思い浮かべる。



(陸奥で待つ……陸奥に行けばその娘を助ける事ができる……陸奥で……)



頭の中で忠良の言葉が悪魔の囁きのようにぐるぐると駆け巡る。額に汗が浮かぶ、反対に舌の根が乾いてくる。



「まあ、その件については父と相談した結果私の一存に委ねられることになりました。お前は私の家人けにんですからね。なので金平、彼女の安全を守るため、丹生都姫は当家でお預かりします」


「あ?どういうことだ?」



金平が主人である頼義を睨みつける。その背中に冷たい汗が走った。自分は何を予感したのだろう……?



「安倍忠良なる人物、およびその一党は思ったより深く我が国に潜り込んでいる恐れがあります。いつどこで彼女を狙う魔の手が伸びるかわかりません。ポンちゃ……影道仙ほんどうせんの話から察するに、あちらは『金丹』を量産するためにどうしてもあの『丹生都姫』を手に入れたいらしい。それこそ喉から手が出るほどに。逆に言えば、我々は彼らに対して強力な交渉の切り札を握っているということになる」


「!!テメエ……!!」


「金ちゃん!?」



金平は思わず主君である頼義の襟首を掴み上げるのを見て影道仙が慌てた顔をした。怒りで目が血走る。こいつは今なんと言った?あの子を、を敵との交渉の道具にすると!?



「テメエ、今自分が何を言ってるのかわかってやがんのかゴルァ!!」



金平がすごむ。頼義はそんな彼に対して臆することなく冷ややかに言葉を返した。



「お前こそ何を言っているのです金平。冷静になりなさい、あれは、人の姿をしていても……人間では無い」


「違う!あいつは……」


「違うならなんとします金平?仮に彼女が人間だとして、それでお前はどうしたいというのです?鬼狩りを辞してあの子の父親として一生を過ごしますか。お前にその覚悟があると?」


「違う、俺は……」


「情が移ったという程度の理由でそのような甘えた考えを持ってはいませんか金平?犬猫を飼うのとはわけが違う!」


「わかってる!!わかってるわンなこたあ!!だが……」


「あの娘は私が責任を持って守ります。医師も手配しました、いざともなれば影道の助力も得られましょう。何か不足がありますか?」


「…………」



金平と頼義の間に氷のような張り詰めた緊張が走る。その間に立たされた影道仙はただその緊迫した空気を楽しむかのようにうっすらと笑みを浮かべるだけだった。


金平が無言で部屋を立ち去る。頼義はそんな彼に顔を向けることも無く、同じく無言で金平の退出を見過ごすだけだった。



「……影道仙」


「はいなー」



不意に頼義に呼びつけられて影道仙がふやけた返事を返す。さほど年も離れていない頼義だが、影道仙は時折彼女の放つ年齢に見合わない貫禄というか気迫に関心してしまう事がある。このところは随分と気安く声を掛け合う仲になっていたが、今の頼義はとても呼び捨てにできるような雰囲気では無い、武家の惣領そうりょうとしての凄みがあった。そんな時でもつい今のように不真面目とも取れるような態度を見せてしまう彼女の肝の太さも大概なものではあるが。



「頼みがあります」


「頼み?」


「ええ、金平を見張ってください。今の彼は信用できない」


手燭てしょくの灯りに映った頼義の顔からは如何様いかような感情の動きも読みとれなかった。

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