源頼義、陸奥より来たる使者の言葉を伝えるの事
国庁の一室、といっても特別に臨時の執務室として借り受けている物置小屋のような奥部屋に、
国内の状況は想像以上に悲惨なものだった。まず壊滅した筑波郡は相変わらず突如現れた樹木の大群によって占拠されたままである。樹々を移動させてきたと思しき「山の佐伯」と呼ばれる先住民たちは一向にその姿を表すこともこちらからの呼びかけにも応じることなく沈黙を続けている。
「
現状では来年朝廷に納めるべき租税の徴収は絶望的である。父頼信は都に何度か減免措置を訴え出ているが、こういった訴状はよほどの事情でもない限り聞き入れられることは無い。今がその「よほどの事情」であることは間違いないのだが、それを口実に父の失脚を目論む政敵もいないとは限らない。中央においてはいつ誰がどのように敵に回るか知れたものではないので、このような弱みを見せるような行為は政治を執り行う者の一人としては致命的な結果を招きかねないのだ。
加えて金平が遭遇した
このように、今常陸国は文字通り「内憂外患」という追い詰められた状態に陥っていた。
「先だって、陸奥国より使者のお方が参られました」
影道仙と金平の話を聞き終わった後、今度は頼義の方から話を切り出した。使者は国司である
「あのクソ野郎の
金平があからさまに不機嫌な顔で言う。例の一件以来金平は奥州安倍氏の存在を
「いえ、使者どのが申されるには、国守様は常陸国の今の窮状を憂いており、是非とも手助け致したい、とのありがたいお言葉でした」
頼義が冷ややかに言う。それが事実ならば朗報であるはずなのだが、頼義の表情は曇ったままだ。
「お申し出によれば、養老令が敷かれた折に陸奥国に編入された
菊多郡は元々常陸国の所領であったが養老律令が制定された時に新設された
「なんだよありがたい話じゃねえか。で、その面構えってえことは、よほどめんどくせえ代償を要求してきたって事か」
金平でもそれくらいの事は推察する。現在陸奥国司である藤原実方卿は「三十六歌仙」の一人に数えられるほどの文人であるが、とうぜん純粋な善意だけでこれほどの大盤振る舞いをするつもりはないであろう。ましてその背後にはあの安部忠良、さらに安倍晴明がついているともなれば一筋縄には行かぬ事は想像がつく。
「それが、ええ、まあ難題といえば難題ではあります」
口を濁すような頼義の発言に金平が茶々を入れる。
「なんだよ歯切れが悪いじゃねえか。人質に俺サマの身柄を差し出せとでも言ってきやがったか?」
金平は自分でも下手な冗談だなと思いつつ、つい軽口をきいてしまう。皮肉な苦笑いを浮かべた金平に、頼義は真面目な顔をして答えた。
「よくわかりましたね、金平」
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