坂田金平、奥六覇王と相対するの事
振り向いた老人顔を見た瞬間、金平は本能的にすでにその顔めがけて蹴りを放っていた。その突然の攻撃には
「テメエ、その顔!思い出したぞ、あの船の先頭にいた……!」
「人の顔見るなりいきなり蹴りかかってくるとはとんでもない奴だな貴様。ふん、やはりあの時目が合ったのは偶然では無かったか。あの距離でよく儂の姿を視認できたものよ、たいした眼力じゃわい」
老人は髭まみれの顔をくしゃくしゃにして笑った。老人とは言ったがその茫々たる髭に埋もれた顔は存外に若く見える。その実三十かそこらぐらいの若さなのではなかろうか。
金平はその顔に見覚えがあった。あの時、「
「うむ、では改めてご挨拶申す。我こそは奥六郡を治める奥州
そう笑いながら北の頭領は手にした大鉈を振るいながら金平に飛びかかった。金平は
「ふんっ!!」
と気合を入れて金平を背負い投げにする。地面に叩きつけるのではなく、遠くへ放り投げるような大きく金平を転がすと、忠良は再び距離を取った。
(こいつ……!)
金平もまた敵の思わぬ強靭さに舌を巻いた。辺境の地方豪族とタカをくくっていたが、なかなかどうして。無駄のない洗練された体術を身につけている。これはどうやら一筋縄ではいかない相手のようだ。
「一国の太守サマが御自らご出陣とは、陸奥ってのは随分と人手不足なんだなオイ」
「わが国ではどのように『王』決めるか知っておるか?
安倍忠良が歯をむき出しにして笑う。髭まみれの粗野な顔貌はまるで
「おう、そうかい。するってえと……陸奥にはお前より強え奴はいねえってこったな!!」
隅に追い詰めた忠良に金平が摺り足で突撃する。最短距離で伸びた拳が忠良を襲う。忠良は驚いた事に身を守るでも体をかわすでもなく、前に進み出た。金平の拳を寸前でかわし、そのままの勢いで金平の鼻っ柱をめがけて強烈な頭突きをかました。
ゴツン、という鈍い音が部屋内に響き渡り、二人は再び距離を取った。辛うじて首を下げて鼻の急所の直撃を避けた金平だったが、その勢いでお互いの額と額が激しくぶつかり合い、火花が散るような衝撃が両者の全身を貫いた。
「がっ……!!」
「ぐぬうっ!!」
お互いに衝撃をそらすことも出来ずにマトモに食らい合ってどちらも一瞬意識を飛ばした。フラフラとしながらも、それでもなお互いにまた必殺の構えを向け合う。
「おおう、今のは効いたわい。やるのう都の」
忠良が頭に手を当てながら言う。
「テメエもな。ど田舎に引きこもってる割りにはたいした度胸じゃねえか」
クラクラする頭を叩いて目を覚まさせながら金平も答える。
「ふん、都が世界の中心だとでも思い上がっておる連中の言いそうな事よの。世界は広いぞ。儂らが朝廷だけを相手に商売しておるとでも思うたか?北の果てにも土地はあり、人がおり、文明がある。何も都だけが大陸を相手に交流をしているとは思わぬ事だな」
体勢を整えた安倍忠良が再び大鉈を手に取って金平を襲う。唐竹割りに一直線に振り下ろされた一撃を、今度は金平の方が避けもせずにその凶刃を両手で受け止めた。
「な……!?」
掌に食い込んだ刃をものともせず、血が流れるままに金平は掴んだ大鉈を力の限りに捩じ切った。重い鍛鉄でできた鉈の刀身が金平の馬鹿力によってぱきん、と音を立てて真っ二つに折れた。
「……なんとも、呆れた怪力よのう、人の域を超えておるわ。ふふ、欲しいのう、その力」
「何言ってやがんだバーカ、テメエらよくもまああんなバケモンけしかけてくれやがって、こちとらいい迷惑だ!なんだってあんな傍迷惑なことしやがったんだコラ!」
「ああ、アレのことか?そうさなあ、強いて言うならば……『意趣返し』と言ったところかな」
「はああ?なんでえそりゃあ」
忠良の返答に思わず構えていた手を下げてしまう。
「貴様らがうちのお得意さんをぶちのめしてくれたおかげで我らはとんだ大損よ。
「なんだとう!?ああそうかそういえばあの野郎がなんかくだらねえ嫌がらせしてたよなあ、その片棒を担いでいたのがテメエらってわけか」
忠良の言葉で金平も思い出した。先年の
「おかげで潤っていた南の通商路はすっかり昔並みに戻っちまった。せっかくのもうけ口を潰された代償はきっちり払ってもらわねえとなあ」
「そんなくだらねえ理由であんなバケモンをけしかけてきたってえのか!?頭どうかしてるぜテメエら。権大掾ってこたあテメエも一応は帝の臣民だろうがよ。それが同じ臣民の自治領を襲うとはいい度胸じゃねえか。反逆者としてまた滅ぼされてえのか?
阿弖流為の名を出されて安倍忠良の顔つきが変わった。人をからかうような半笑いが消え、その目に本物の殺気が宿る。
「貴様……あたらおろそかにその名を語るな、貴様ら中央のクソ貴族どもが我らの祖先を笑う事など許さぬぞ!!」
「上等だテメエやるならかかってこいやコラ!!
金平もまた本気になって身構える。自分の国を、
「とと……さま」
そんな金平の怒りを一気に冷ましたのは、後ろの寝台に寝かしつけられていた
「
金平は忠良の存在も忘れてにぃに駆け寄り、その手を握る。相変わらず氷のように冷たい。
「
金平が呼びかけても
「おい、坂田金平」
無防備な背中を襲うこともせずに傍観していた安倍忠良が金平に囁く。
「お前、その娘を助けたくはないか?」
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