奥六覇王安倍忠良、金平に商談を持ちかけるの事

「何ぃ?何言ってんだテメエ?」



金平が殺気のこもった目で安倍忠良あべのただよしを睨みつける。逆に忠良の方は先ほどのような殺気は見られない。



「その娘、そもそもその子が目当てで貴様にずっと張り付いて見張っておったに、貴様が随分と楽しませてくれるだで、ついぞ当初の目的を忘れておったわ」


「見張ってた……?」


「おうよ。今回『悪路王あくろおう』がここ常陸国ひたちのくにを目指したのも、それに乗じて我らが乗り込んできたのもその娘が目的なのよ。『丹生都にうつ姫』……不老不死の仙薬を人の姿としてなした奇跡の存在……そうだろ?」


「!?テメエ、どこからその事を!?」


「儂の遠い遠い親類に都で出仕しておるジジイがおってな。そいつは儂らのところに滞っている坂東への流通を従来通りに戻してもらうようにと朝廷の命令で遣わされてやって来たんだがよう、奴はでな、こっちに言い分を聞かせる代償としてを一つ持ってきたってわけよ」


「儲け話……そりゃあテメエつまり」


「そ。その娘の体を掻っさばいて大陸に売りゃあ、さぞいい実入りになるだろうってな。なんせ徐福じょふく様お墨付きの不老不死のお薬だからな……」



忠良の言葉を最後まで聞く事なく、金平が神速の一撃をその顔に見舞わせようと突撃した。それを予期していたのか、忠良はひらりと身をかわす。



「おっとっとあぶねえ、冗談が過ぎたわい。慌てるな、いくら儂が商売人でも人の子を切り刻んで売りさばくような非道は行わねえさ。ただまあ、その身体の仕組みを解き明かして複製なりなんなり開発することができりゃあそれだけでも十分だろうが。そのためにはその嬢ちゃんがどうしても欲しくってなあ」


「やれるかバカテメエこの野郎!!テメエらなんぞにゃあ指一本触れさせねえぞ馬鹿野郎!!」


「だがどうする?放っといたらその嬢ちゃんは


「うるせえっ!テメエがコイツの何を知ってるってえんだ!!」


晴明せいめいのジジイが言っておったぞ。『丹生都姫は消耗品だ』とな」


「消耗品……?どういうことだテメエ!?っていうかなんで晴明アイツの名前が出てきやがるんだ!?」


「アホかお前は話の筋を追えばわかるだろうが。遠い遠い親類だって言っただろ」


「な……じゃあコイツをテメエらに売り飛ばそうとしたのは!?」


「ま、そういう事になるわなあ。食えないジイさんだが、儲け話に関しちゃあ儂は信頼しとるぜえ」


「あ・の・ジ・ジ・イ・がああああ!!!」



金平がこの場にいない陰陽師に対して地団駄を踏む。



「まあ爺さんの話は置いといてだなあ。要するにその子は起きている限りどんどん自分の体である『金丹きんたん』を消費し続けるんだとよ。貴様もずっと一緒にいるんなら気づいてるんじゃあねえのかい、その子の身体が事に」


「!?」



金平は図星を指されて動揺した。確かに最初にこの子を抱きかかえた時よりも心なしか軽くなっているような感じはしていたのだ。しかしまさか、身体自体を消耗していたとは!?



「で、話は戻るわけだが、陸奥むつに行けばその娘を助ける事ができる。それはこの儂が保証してやろう」


「テメエのどこが保証になるっつーんだよ、信用できるかバーカ!!」



金平はを抱きかかえて安倍忠良に向かって吠える。の身体は変わらず冷たく、苦しげに薄目を開けて虚ろな目で金平を見つめている。



「まあそりゃそうだわな。信じないならそれでいい、そこで娘が最後の一滴まで『金丹』を消費し尽くして消滅するザマを見届けるがいい」


「!?」


「さて、騒ぎを聞きつけられる前に退散するとするかの」


「待て!」



思わず金平は口に出してしまった。



「ああん?」


「…………」


「慌てるでない、儂らはいずれ時満ちれば国境を超えて常陸国へ参る。その時は……ふふ、楽しい事になるぞ」


「テメエ、本気、か……!?」


「おう、今までは帝に義理立てもあるゆえ自重していたが、これから先はわからぬなあ。なにせ常陸を押さえることができれば黒潮を利用して都まではひとっ飛びだからのう、是非とも欲しいところよ」


「テメエ、させるか!!」


「ああそうそう、儂の言葉が信用できんというならば、お前のところにおる陰陽師どのに『我らの元に変若おちみずあり』と伝えるがいい。その後はそいつが説明してくれるだろうさ」


だとう……?なんだそりゃあ!?」


「儂の口からは教えてやらん。楽しみが減るでな、ひっひっひ。覚えておけよ、今は月の加護があってまだもっているが、その娘の寿命は月が欠け落ちる新月までだ。月が消えた時、その娘も消える」


「!?」


「では坂田金平、陸奥にて待つ!」



そう告げるや、安倍忠良はひらりと身を翻して戸外へ飛び出した。金平が即座に反応して内側からとを蹴破るように外へ飛び出す。しかし薬師くすし場の建つ通りにはすでに自分以外人の気配は存在しなかった。

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