鬼狩り紅蓮隊、悪路王と相対するの事

天をくばかりの巨体を支えきれないのか、「悪路王あくろおう」はその身体からボタボタと溶岩を垂らし、地面を焼き尽くして行く。巨人の通った後にはその落ちた大量の溶岩が残されて冷え固まり、一本の通り道となって今もなお白い蒸気を立ちのぼらせている。これだけの量の溶岩を噴出させているにもかかわらず、「悪路王」の身体は痩せ細るどころかさらにその大きさを増しているようにすら見える。


だが、海中では海の水の浮力によって支えられていたその体重も陸上ではその恩恵を受けられないためか、「悪路王」の動きは海上にいた時に比べて段違いに重く、鈍くなった。ようやく陸上に揚がった足も、それ以上持ち上げるは至難であるらしく、ブルブルと震えながら鈍い音を立てるのみである。


とうとう「悪路王」はその自重を支えきれず、ゆっくりと慎重を期するようにしてその両手を利根川の河口に着けた。長い水柱が二本立ち、周囲に即席の雨を降らせる。熱い熱湯の雨である、頼義たちはそれぞれ自分の上着を使って必死にそれを凌ぐ。


長い両手足を伸ばし、背中を丸めて顔のない頭だけをキョロキョロと見回す。まるで出来の悪い高床倉庫のような姿で「悪路王」はいったんその進撃を止めた。



「止まった……のか?」



衝撃に足を取られて尻餅をついた形になった佐伯経範さえきのつねのりが動かなくなった巨人を見上げながら呟いた。



「いえ、まだです。今は安定した姿勢を求めて大人しくしているでしょうが、の仕方を覚えたらすぐにでもまた行動を開始するでしょう」



陰陽師影道仙ほんどうせんは膝の埃を払いながら立ち上がって答えた。これだけの驚異的な存在に対してまるで赤ん坊のような物言いをする彼女に対して金平は苛立ちを隠せない。



「そんなノンキな事抜かしてる場合かよ!!こんなクソでけえヤロウどうすりゃあ倒せるってんだ!?」


「おや、そんな事やってみなければわからないじゃないですか」


「なあ!?」



事もなげに言う彼女に金平は絶句する。



「確かに対象は大きい。重さも中々。ですがそれだけの情報で『アレは倒せない、無理だ逃げろ〜』などと決めつけるのは愚か者のする事です。何よりも重要なのは『敵を知る』こと。少しでも多くの情報を集め、多角的に検証する事で対象に対する理解を深めれば、そこを起点に突破口が見出せるかもしれないじゃないですか」



冷静に至極真っ当なことを言われて金平はぐうの音も出ない。



「じゃあどうしろってえんだ、あのデカブツに一発ぶちかまして来いとでも言いやがるのかテメエは」


「なあんだわかってるじゃないですか。というわけで一発ぶちかましてみてきてください。どかーんと。盛大に」



にこやかにそう言う彼女に向かって金平は脂汗を流しながら睨みつけた。



「さ、思いっきりやっちゃって下さい。ゴーゴー、ふぁいとー」


「あーもう、クソったれがあ!!!行くぞこんちくしょう、こんなとこで死ぬんじゃねえぞ大将!!」



自棄になって金平は愛用の剣鉾の鞘を振り外してかけた。その後を頼義は無言で駆ける。



「まだ月が欠けるには程遠い。今のオレに『死』は無縁だな」



そう呟いて佐伯経範もまたひときわ大きな咆哮を上げて巨人に向かって突進して行った。


両手をつけて四足歩行状態になってから「悪路王」はまだ動きを見せていない。まず最初の一撃は金平が行った。回り込んで巨人の右足に貼り付いた金平は渾身の一撃を巨人に見舞った。その一刀は表面の冷えた岩盤を砕き、その中身に深く食い込んだが、それより先にはまるで手応えがなくズブリと音を立るだけだった。


「悪路王」には肉も骨も存在しなかった。中にあるのは溶岩だけだった。


慌てて金平は剣鉾を引いた。その刀身は一瞬で焼けただれ、高熱にさらされた刃は所々飴細工のようにドロリとその身を溶かされていた。



「……!!クソっ、なんだよコイツはあっ!!」



近づくだけでその身体から発する高熱のために息も出来なくなる。肌が焼け、チリチリと音を立てる。それでも踏ん張ってさらにもう一度一撃を食らわそうと振りかぶったが、その袖がブスブスと黒い煙を立てて火が着き始め、それを見た金平は急いで後退し水中に身を躍らせた。袖の火は消えたものの、飛び込んだ海水も「悪路王」の体温のせいで茹で上がっていてまるで温泉の源泉に落ちたような熱さだった。



「あちあちあち、こりゃあダメだ、接近戦じゃ話にならねえぞオイ!!」



金平が慌てて煮えたぎった海から這い出して逃げて来る。反対側で同時に右足を斬りつけようとしていた経範もまるで歯が立たず、揃って退散してきた。金平の声を聞いた頼義は手にしていた愛刀「七星剣」を鞘に収めた。



「二人とも下がって!!」



頼義は金平たちに避難を呼びかけると、自らはその足を止めて手を天にかざす。



「南無八幡大菩薩、我に七難八苦を供し給え!!」



頼義の叫びと共に空中から青白い雷光が頼義の高く掲げた手の中に収束して行き、その閃光が消えた後には大振りの弓が握られていた。



「…………!!」



金平は頼義の行動を見てその足を止め何かを叫ぼうとする。頼義は金平を静かに手で制し、ゆっくりとその閉じたままになっていた両目を開いていった。

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