第10話 ゴブリン退治


「ちょっと待ってよ! こんな草ばかりの場所で火炎球フレイムボールなんて使ったらみんな揃って焼き芋よ? 火属性魔法は使えないよ」


「誰が芋だ、ったく。 たしかにそうだな…… 集落ごと燃やしちまえば世話がなくていいかと思ったんだが、燃える範囲が広すぎて下手すりゃこっちの森にも燃え移るかもしれないな」


「なら、どうするんですか?」


 どうやらピーニャの意見で最悪の森林火災シナリオは回避出来たけれど、代わりの策に頭を悩ますハルトールはうんうんと唸っている。


「よし、じゃああの見張りは俺がナイフを投げて倒す、とりあえずこの背の高い草むらにわらわらと出て来られると面倒だからな。 その後集落に乗り込んでピーニャは魔法で、フトロスはピーニャを守って俺は遊撃でゴブリンを狩る。 お嬢ちゃん達は後方でピーニャとフトロスの近くにいりゃあ大丈夫だ。 もし怪我したら回復してくれたらいい」


 リーダーであるハルトールが作戦を決めると各々返事をする。

 まぁ大分まともな作戦になったのかな? かなり大雑把だし最初の投げナイフはちょっと心配だけれど。


魔法遅延ディレイマジック魔法三重化トライマジック、【極寒の地より甦りし、霜の巨人ヨトュンの吐息よ、我が敵を討ちし氷雹の槍となれ、氷霜槍アイススピア】」


 おぉ!! ピーニャがいきなり魔法を唱え始めたけれど、なるほど詠唱後即発動しないように待機させているみたい。

 しかも一度の詠唱で同じ魔法を3つ作り出している。


 ピーニャの周りには魔法陣が3つ浮いており、その全てから氷の塊の鋭い先端が見えている。

 すると、ピーニャは同じ動作を更にもう一度繰り返して合計で6つの魔法陣がピーニャの頭上で円状に浮いている。


「ふぅ、準備オッケーよ、ハルト」


「おっし、んじゃ俺のナイフの腕を良く見とけよ!」


 そう言うとハルトールは身をかがめて背の高い草むらに消えていった。


 少しして姿を現したハルトールが見張りのゴブリンに向かってナイフを投げるとゴブリンの痩せ細った腹に突き刺さる。


「ぎゃ!?」


「げぇ!? 失敗ミスっちまった!」


 失敗…… やっぱりナイフを投げて絶命させるってなかなか難しいものよね、たとえ相手がゴブリンだとしても。

 お腹にナイフが刺さったゴブリンは腰の角笛を取って仲間を呼ぼうとする。

 ハルトールが間合いを詰めているけど間に合わなそうだ。


「ルー」


 私が咄嗟にルーを呼ぶと直ぐに察してくれたのか見張りゴブリンに向かって何かを投げた。


 ルーが投げた物は寸分たがわずゴブリンの額に深く突き刺さり、ゴブリンは角笛を吹く事なく崩れ落ちる。


「…………何なげたのかしら?」


「ナイフです」


「さっきチラッと見えたけれど…… 食事用のナイフに見えたんですけど?」


「そうですよ? カトラリーです。 他に使えそうな物を持ってなかったので」


「あのナイフは捨てるのよね?」


「いいえ? 銀食器ですよ、勿体無い。 いまは少しでも節約しなくてならないんですよ」


「ならアレを売って新しいのを買えばいいわ。 ゴブリンの脳に刺さったナイフなんて使いたくないわ。 神もアレは捨てるか売るかしなさいと言っているわ」


「お嬢様の神はそんな事にまで神託を下さるのですか? ほら、冗談言ってないでハルトール達が先に進むみたいですよ」


 見張りゴブリンが死んだのを見て、ピーニャとフトロスもハルトールの側まで移動していた。

 背の高い草むらが切れる場所から一気に集落まで突っ込む算段のようだ。


「悪い、失敗した。 しかしアンタ凄えな? 格好からして只者じゃないと思っていたけど。 本当はアズールの暗殺者とかだったりするのかい?」


「いいえ、ただの執事ですよ」


 私達もハルトール達の下へ行くと、ハルトールがルーに話しかけてきた。

 どうやら何処どこぞの暗殺者集団のメンバーなんじゃないかと疑っているようだ。


「ほら、ハルト早く行くよ! 発動待機中も魔力消費してるんだからね!」


「おぉ、わりぃ。 んじゃ3つ数えて突っ込むぜ!」


 ピーニャはずっと魔法を待機させた状態なためハルトールを急かしている。 しかもピーニャの頭上に浮かんでいた魔法陣は『不可視化インビジブル』までかけられて見えなくしていたため消費魔力も馬鹿にならないのだろう。


「3……2……1! いくぜ!」


 勢いよく走り出して行く3人の後を私とルーは少し離れてついていく。


 粗末な柵で囲われた集落の入り口に辿り着くと早速数体のゴブリン達が向かってくる。

 見張りからの合図もなしに突如現れた敵に戸惑っているようでハルトール達を見てもボーッとしているゴブリンも多い。


「ざっと2、30匹ってところかしら? 厄介そうな魔力の反応はまだ動かないわね」


 ぎゃっぎゃっと耳障りな声を上げながら向かってきたゴブリンをハルトールは難なくショートソードで斬り捨てる。

 仲間がやられた事でボーっとしていたゴブリン達もわらわらと集まってきた。


「待機解除! 順次発動、六連射氷霜槍リボルバーアイススピア!!」


 魔法を発動した事により不可視化が解除された魔法陣が回転し始めると、1メートルぐらいの鋭い氷の槍が順番に発射されていく。


「ぎゃっ!!」


 ピーニャの指が指し示したゴブリンへ向かって発射された氷の槍は的確に急所を射抜いて行く。


 最初に準備する事で戦闘が始まったら詠唱をせずに即時発動できる。 奇襲にはもってこいの運用方法ね。


 ピーニャは優秀な魔術師だし、ハルトールも危なげなくゴブリンを倒している。

 フトロスも地味だけどピーニャの前面で守りつつ近づいてきたゴブリンはメイスで叩き潰している。


 これに治癒師と斥候がいるのか。 バランスの良いパーティね。



 だけれど……アレに勝てるかしら?


 私は1番奥の建物から出てきた魔物を睨む。


 頭に何かの動物の頭蓋骨を被った杖を持つゴブリンと、3メートルはあろうかと思える巨体を持つゴブリン…… あれはゴブリンなのだろうか? ホブゴブリンにしたってあんな大きさは聞いたことが無い。


 血走った目、涎を垂れ流し興奮した様子の巨大なゴブリンはものすごい勢いで走り出すと魔術師であるピーニャを狙って大きく跳躍してくる。


「な、なんだあれはっ!?」


「ひぃ!?」


 気づいたフトロスはピーニャを庇い大きな盾を構えるも、そこにその巨体の体重をのせた丸太の様な棍棒を叩き付けてくる。


 ズドンっと大地を揺るがす様な音が響き、フトロスは盾で防いだものの盾を持つ腕も踏み止まろうとした脚も本来曲がるはずの無い方向へ向いてしまっている。


「ぐぎゃっ! ぐぎゃっ! ぐっぎゃああー!」


 一撃で盾役を破壊する理不尽な暴力の権化が愉しむかのように叫びを上げた。

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