第6話 幼い兄妹


「ここら辺に地上への道がありますね」


 そうルーが言ったのは、バジリスクを倒してから大体10日ぐらい経った日の朝方だった。

 ちなみにあのバジリスクは頭部が吹き飛んでいたので簡易的に埋めておいた。


「ここから地上へ出るとどこら辺に出るのかしら?」


「この地図によるとアルメリア帝国となってますね」


 ルーが見ているのはかなり大雑把なアガルタの地図だ。

 年に一度くらいやってくる行商人から買ったもので、基本的に決まったルートしか通らない為、未開の地域が多く道を外れたら迷ってしまうような場所が殆どだ。


 行商人曰く、アガルタと呼んでいる地下世界はかなり広大らしく、知られていないだけで各地に出入り口があるみたい。

 

「この岩山を登って行くと地上への出口があるみたいです」


 ルーが指し示した岩山を見ると確かに頂上が見えない程に高い山だ……


「へぇ、ようやく地上へ出るのね。 頑張っていきましょう!」




☆★☆★☆★☆★☆★



「地上だぁー!!」


 高い岩山を登り、最後は長い登り坂になっている洞窟の中を進んでいくと外からの陽光が入ってくる穴を見つける。


 久しぶりの太陽の光にテンションが上がり、駆け出て行くとどうやらここは森の中のようだった。


 傾きかけた日光を受けて新緑の葉がキラキラと光る。

 アガルタに居た時は四季が無い為、忘れていたがどうやら今は夏の初め頃らしい。


「……眩しいな」


 ルーが手庇てびさしを作り目を細めて呟く。

 私ですら約4年ぶりの太陽。 ルーは一体どれほどの長い間アガルタにいたのだろうか? 


 急に日光を浴びると刺激が強すぎて目にダメージがあるかと思ったけれど、意外とアガルタには光源があったし、アガレス様のお屋敷には魔法のあかりがいつもともっていたので深刻なダメージにはならないみたいだ。


「キャーー!!」


 久しぶりの地上で感傷に浸っていると、近くから悲鳴が聞こえて来る。


「あら? 子供の声かしら?」


「ええ、向こうから聞こえましたね」


 アガルタで一緒に居て気付いた事は、ルーは耳がとても良い、あと鼻も良い。 それこそまるで犬の様に。


 悲鳴のあった方へ行ってみると、幼い男の子と女の子が走っている。 どうやら何かに追われているようだ。


「きゃっ!?」


「チコ! 大丈夫か!? 早く立って!」


 女の子の方が木の根につまづいて転んでしまい、男の子の方も止まってしまう。

 直ぐに後ろからゴツゴツとした鱗を持つ2メートル近いオオトカゲが見た目によらず俊敏に近づいてくる。


「スケイルリザードですね」


「兄妹かしら? まぁ、とりあえず助けましょう」


 私がスケイルリザードの前に立ち、ルーが転んだ少女を起こしに行く。


 スケイルリザードは私を見ると、シュルシュルと長い舌を出すと、頭を上下に振り始める。


「うふ、もう大丈夫ですよ。 悪いトカゲさんはお姉さんが退治しますよ」


「お姉さん? あ、あんまり俺と変わんねーじゃねーか!? 大丈夫なのか!? 兄ちゃんが戦うんじゃないのか?」


「お嬢様に任せておけば大丈夫です。 そこいらのゴリラよりずっと強いですよ」


「誰かゴリラですって?」


「ゴリラより・・強いって言ったんです。 誰もゴリラとは言ってません」


「ゴリラより強いってこんな女の子が!?」


「まぁ、女の子・・・なんて。 こう見えて私16歳なんですよ」


「う、嘘だ!? ああっ!? 前! 前!! 危ないっ!」


 男の子がびっくりした顔でしきりに前を指差しているので振り向いてみると、スケイルリザードが好機と見たのか飛びかかって来ていた。


「必殺! 聖女アッパー!」


 私を一飲みにしてしまいそうな大きな口を開けていたので顎の下をアッパーで振り抜いたら、ひっくり返ってピクピクとしている。

 ちなみに必殺とは言っても一切の魔力を込めてもいない純粋な身体能力のみのアッパーだ。

 だから多分死んでいない(必ず殺すとは言ってない)。

 そして聖女アッパーって名前は流石に安直過ぎたかと若干後悔している。 


「す、すげぇ…… 聖女アッパー凄え!!」


「スゴーイ! 聖女アッパースゴーイ!」


 少年と少女がキラキラした目をして聖女アッパー凄いと連呼するものだからちょっと恥ずかしくなってきた……


「ゴ、ゴホンッ。 えっーと2人は兄妹なのかしら?」


「あ、ああ。 俺はアントン。 妹はチコっていうんだ! 助けてくれてありがとう!」


「あ、ありがとうございますっ!」


「ふふふ。 どういたしまして。 私はマリー、こっちの無愛想なのがルーよ。 ……でも、どうしてこんな森の中に2人だけできたの? お母さんとかは?」


「……お母さんの病気を治す薬草を2人で採りに来たんだ…… もう薬を買うお金は無いから自分達で探さないと……」


 良く見れば、幼い兄妹は2人共痩せていて着ている服も薄汚れていていつから洗っていないのかと思う状態だった。


「そうか、お母さんに早く良くなってもらいたいもんね。 えらいね、自分達で薬草を探しに来るなんて。 でもね、もう大丈夫だよ。 お姉さんをお母さんの所へ連れてってくれるかな?」


「ぐすっ…… おねいちゃんお母さんの事治してくれるの?」


 小さな女の子が洋服の裾を握りしめて涙を堪えている。

 あぁ…… きっと小さいながらも必死で頑張ってきたんだな。


「勿論! 聖女って言うのは病気の人を治したりもできるんだよ。 だからもう大丈夫」


「……聖女アッパーしない?」


「大丈夫……しないわ」


 後ろでルーが笑っている気配がわかるわ……




☆★☆★☆★☆★☆★



「ここ! ここが俺の家だよ! はやく!」


 お母さんを治してもらえるのが余程嬉しかったのか、2人は私の手を取ってグイグイと引っ張っていく。


 案内された場所は、あまりに予想通りの貧民窟だった。

 家とも思えない様な掘立て小屋が建ち並び、ゴミや糞尿の臭い、果ては動物の腐臭まで立ちこめている不衛生極まりない場所だった。


 その中でも比較的まともな住居に案内され入っていくと、1人の女性が床に倒れていた。


「お母さん!!」


 子供達が叫んで駆け寄って行く。


「私に診せてくれますか?」


 意識は…… ない様だけれど、高熱があり呼吸により胸部が激しく上下している。


「急いで治癒します! まずは『浄化ピュリフィケーション』、『回復ヒール』」


 これでとりあえずは大丈夫かしら? 呼吸も正常に戻った様だし。 熱も直に下がるでしょうから。

 

 それにしても…… それにしても、だ。 あまりにも酷い環境だ。 

 これではせっかく良くなってもまた病気になってしまうだろう。

 この場所の衛生問題から解決しないと……


「お母さん!!」


「おがあざん〜!!」


「んんっ…… アントン、チコ…… 何処に行ってたの? お母さん心配して…… あら? 身体が苦しくない……」


「初めまして。 私はマリー、こっちの無愛想なのはルーと言います。 すみませんが勝手に治療させて頂きました」

 

 2人のお母さんは私に声を掛けられてビクッと肩を震わせたあと、少し怯えたように子供達の身体を自身へと引き寄せた。 けれど、子供達が一生懸命に私達の紹介をしてくれたおかげで無事に警戒は解かれたみたいだ。

 ただアントンよ、私は聖女ゴリラではないよ。


「本当になんとお礼を言っていいのか…… 申し訳ないのですが治療に見合った持ち合わせは何も……」


「いえいえ、無償ですから安心してください。 私の一方的な救済、その一環ですから」


「ごめんくださーい!! 早く出て来て下さ〜い!!」


 ドンドンと激しくドアをノックする音とともに野太い大声が聞こえてくる


「お知り合い……ですか?」


「い、いえ…… その…… 借金取りです……」


 威圧的な声に、大きな音を立ててノックをする。 そしてこの家族の怯えよう……

 借金取りかもしくはそれに類する者だとはすぐに気付いたけれど、やっぱり借金取りか……


「は、や、く! お金返して下さ〜い!!」


 ヒートアップするノックは仕舞いにはボロボロな扉など破壊してしまいそうだ。

 それに借金取りの野太い大声が聞こえる度に子供達は震えてお母さんに抱きついている。



「うふふ。 大丈夫、アフターケアまでちゃあんとしていきますわ」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る