第5話 地上へ向けて


「お嬢様、大穴以外にアガルタと地上を行き来する秘密の通路があるんです。 行商人が使う道ですが、かなり遠回りだし険しい道のりなんですが…… 本当に大丈夫ですか?」


「問題ありません。 この数年でとっても体力がついたし、それに…… 険しい旅路の方が救世の旅感がありますしね。 うふふ」


 地上への道中、ルーが私を心配して声をかけてくれる。 この人はあまり笑わないし無愛想だけれど、アガレス様や私に対していつも気を遣ってくれていた。 きっと心根が優しい人なんだろう。


「それにしても、自分をアガルタへ落とした奴を救いにいくなんて一体どういうつもりなんです?」


「うふふ、私が至らなかったのです。 お姉様の心に邪な魔が棲みつくのを見逃してしまったのです。 きっと私の愛が足りなかったのでしょう。 ですから私はお姉様を愛してあげなくては…… 愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛しまくれば、きっとお姉様も改心するはずですわ。 うふふふふ……」


「えっ…… だ、大丈夫ですか? 顔がヤバイ事になってますよ…… あ、愛するって具体的にはどうするつもりなんです?」


 うふふふふ。 ルーは屋敷に居た頃、ある時期を境に客人からアガレス様の身内として接してくれる様になった。

 私の事を身内として認めてくれた事が素直に嬉しかったけれど、屋敷を出た今でも私をお嬢様って呼んでくれるのはアガレス様の事を心底、敬愛してのことだろう。


「ふふふ。 神の奇跡を体験させるのです。 つまりは治してあげるのです。 魔に魅入られた心を。 でも治す為には一度粉々に壊して入り込んだ魔を追い出さなくてはなりません。 ですから破壊も魂の救済の一環なのです…… 壊して、治して、壊して、治して、壊して、治して、壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して、治すんです。 うふふ。 もう2度と邪な魔が入り込まないように」


 そう言って私は近くにあったサイレントツリーを殴る。 

 この数年で鍛えに鍛えた私の拳は太いサイレントツリーの幹を軽々とへし折る。


「あ、あぁ…… そうですか……」


 何故かルーが若干引いている様に見えるけれど、救済の事を考えていたらお祈りをしたくなってきたわ……


 ──驚くばかりの神の御心、なんと美しい響きだろうか


 ──私の様な者にまで救いの手を差し伸べてくれる


「ちょ!? なっ…… 急に歌いださないで下さい!? お嬢様の歌は何故か結界の様な効果が出るんですから、いきなり歌うと……」


「グアアアアアア!?」


「ギャオ!? ギャオ!! ギャオッ!!」


 其処彼処で魔獣の苦しむ声が聞こえてくる。 私の福音魔法ゴスペルマジックの範囲内にいたみたいだ。

 ジョゼさんとの訓練の成果で飛躍的に上昇した魔力と神聖力により私の歌には結界のような力が生まれ、私の歌が聞こえる範囲内の魔物や魔獣はダメージを受けるみたい。 近ければ近いほど威力は高くなり私が歩きながら歌い続けるだけで周辺の魔物は根絶出来てしまう。


「魔物や魔獣はつまりは"魔"のモノって事ですよね? なら絶滅しても問題はありませんね」


「いやっ……ったく、魔物にしたらいい迷惑ですね……」


 すると前から1匹の黒豹が歩いてくる。


「クーちゃん! お見送りに来てくれたんですか?」


 クーちゃんというのはこの黒豹の事で、アガルタに生息している魔獣の中でもレアな魔獣のクァールの事だ。


「クゥ〜ン」


 クーちゃんが甘い声を出しながら私に頭を擦り付けてくる。

 クーちゃんは体長が2メートルを超えるので擦り付いてくると凄い衝撃が来る。

 私は平気だけれど。


 クーちゃんぐらい強力な魔獣になると私の福音魔法ゴスペルマジックの範囲内にいても動く事が出来る。


「お嬢様、魔獣が絶滅しても良いって言うならその黒猫もそうなんじゃないんですか?」


「あら? うふふ、私猫科の動物って大好きなんですの。 こんなかわいい子が魔の訳がないわ。 だから大丈夫」


 私がクーちゃんの頭を撫で撫でしていると、グルグルと喉を鳴らしてかわいいわ。

 何故かちょっと震えている気がしないでもないけれど。

 この子はお腹を触られるのが好きなのか、私と会うとよくお腹を上にして寝転がるの。 うふふ、とってもかわいいわ。

 

 クーちゃんに別れを告げて更に進んで行く。


 特に急いでいる訳ではないのだけれど、少しでも早く地上へと戻る為に走って移動していく。

 ほんの数年前までは回復魔法だけが取り柄のお姫様だったけれど、今ではルーの本気の走りにも遅れを取らないぐらいの体力を身につけたわ。


「ここら辺は初めて来ますわね」


「そうですね、この森を抜けるとしばらくは岩石地帯になります。 バジリスクなどの魔獣が現れますので気をつけてください」


「まぁ、バジリスクですか? あの猛毒を持ち、視線で石化すると言う伝説上の魔獣……」


「ええ、そうです。 石化の邪視を持っていますので見つけても決して目を合わせない様にして下さい」


 暗緑色の深い森を抜けると、ルーの言っていた通り白銀に輝く岩石地帯だった。


「……なんだか、想像と違ったわ。 これ、岩石? 岩自体が光っているの?」


 私は初めて見る光景に足を止めて岩肌を触る。 太陽の無い地下世界で白銀の岩肌がほんのりと発光して辺りを照らしている。


「たしか、ここの岩や土にはナントカって希少な鉱石が混ざっているらしく、それが光を放つみたいです」


「へぇ、凄い神秘的ですね。 これを持って行けば高値で売れるのでは?」


「売れる、とは思いますが重量があるのと先程言った様にバジリスクが出ますのであまり立ち止まっていられませんね」


「あー…… ルー? バジリスクって何か雄鶏のトサカの様なものがついている大きなトカゲですか?」


「そうです。 よくご存じで…… 」


 うん、なるほど。 やっぱりコレがバジリスクかぁー

 私は目の前にいる赤色のトサカを持つ足が8本もある大きなトカゲど見つめ合っている。


「お嬢様! 早くそこから離れてっ!?」


 目を合わせると石化しちゃうんだっけ? 特に何も…… いや、確かに足の末端から石化が始まっている!?


「『神聖なる回復の光ディバインレストレーション』」

 祈りの力により状態異常を回復する魔法を唱えると、両手に着けている魔法のナックルガードであるオーバーソウルに魔力を注ぎ込む。


纏魂オーバーソウル、エクスシア」


 金色に光る拳をバジリスクの顔目掛けて叩き込むと、後ろの岩山まで吹き飛んでしまった。


「あっ…… 力加減間違えた?」


 初めて見る魔獣だったし、石化されそうになったから仕方ないよね? ね?


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