第3話 大穴の底
銀髪の青年は名前をルーと名乗ってくれた。
「このままここに居ても危ない。 俺の主人の下へ連れて行こう」
そう言って私を抱き抱えると足音を立てずに歩き出す。
本当にビックリするぐらい音のしない歩き方だった。
けれど、さっき魔獣を食べていた魔樹の方へと向かって行くので注意をしようとしたら、口を塞がれた。
「サイレントツリーは雑音を嫌う。 食べられたくなければ静かに進むんだ」
なるほど。 私を食べたい気持ちで思わず音を立ててしまったあの魔獣達はそれで食べられてしまったのか。
暫く2人とも喋る事もせず静かに進んでいく、漸く森を抜けると赤土の大地に変わる。
「もう静かにしなくても大丈夫だ」
「あ、はい。 あの、ここは?」
「もうすぐ屋敷に着く。 詳しく話はその時に」
赤土の大地を進んでいくと、小高い丘があり、それを登ると一気に視界が開ける。
地下にこんな世界があったなんて……
丘から見下ろす世界は暗い色に包まれているけれど、樹木や苔が発する薄緑色の光によってぼんやりと全景が見渡せる。
空には綿あめのような雲が高い天井付近にかかっているが、これも微かに発光しているように見える。
「凄い……」
「これが地下世界アガルタだ」
「でも、どうしてこんな所に人が住んでるんですか?」
「……厳密に言えば、俺も、俺の主人も人間ではない。 見た目はほとんど変わらないけどな」
人間ではない? 亜人種って事なんだろうか? エルフやドワーフ、小人族や巨人族。 この辺りなら見た事があるけれど、見た目が人間とは似て非なる存在だ。 この青年は耳の形も普通だし人間以外に見えないけれど。
「屋敷が見えて来た」
進行方向に立派なお屋敷が見えて来る。
近づくにつれて地面に石畳による道が出来てきて道の横には薄っすら緑色に発光する街灯も設置されている。
「うわっ……」
一体何で灯りを灯しているのか街灯をじっくり見てみると、ガラス張りのランプ部分には森で見た発光する虫が大量に詰め込まれていた。
ちょっとしたグロ画像だ……
そうな事を考えているとお屋敷へと着いてしまう。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ」
出迎えてくれたのは綺麗なブロンドヘアを肩口で切り揃えたメイドの格好をした女性だ。
「まぁ、お客様をお連れしたのですね。 直ぐに主人に伝えて来ます。 少々お待ちください」
「ほぅほぅ、その必要はない」
女性が慇懃に頭を下げると同時に、年老いた嗄れた声が聞こえる。
奥の扉を開けて1人の老人が歩いてくる。
肩には大きな鳥…… 鷲かな? を乗せている。
「アガレス様、森でこの少女を拾いました。 どうやら大穴から落ちたらしいです」
「ほぅ。 あの穴から落ちて来た割には元気そうじゃな。 運が良かったのか、それとも何か秘訣があったのか」
「初めまして。 こんな姿で失礼いたします。 私はルルイエール王国の王族であるマリー・シャントと申します。 ルー様には危ない所を助けて頂きました」
自分が足が折れているから仕方ないのだけれど、抱き抱えられた状態での挨拶なんて初めてで少し恥ずかしかった。
「ほぅほぅ、なるほど。 ルルイエールの姫さまか。 ワシはアガレス。 このアガルタに長年住んでいるただの年寄りじゃ。 怪我をしているのじゃろう? 何も無い所じゃが安全ではある。 ゆっくり休んでいきなさい。 ジョゼ、客室の準備を」
「かしこまりました」
「部屋の準備が出来る迄の間、食事でもどうじゃ? ルー、食堂へ案内してあげなさい。 そしてマルバスに何か作るようにと伝えて来なさい」
「かしこまりました」
「あ、ありがとうございます! こ、この度は歓待して頂き嬉しく思います」
「ほぅほぅ。 子供が無理に背伸びした言葉を使わずともよい。 温かいものでも食べれば人心地つくじゃろうて」
ルーに食堂へと連れて来られ、椅子に座って待っているとルーがお食事を持って来てくれた。
それ程時間が経っていない筈だけど、疲れのせいか物凄くお腹が空いていた。
「ん! おいひいです!」
「それは良かった。 料理長も喜んでいるでしょう」
その料理はいつも王宮で食べているものよりもシンプルで質素だったけれど、とても美味しく、そして温かった。 なぜか自然と涙が出てきてしまう……
食べ終わった頃にアガレスさんがやってくると、泣いている私を見て少し驚いているようだった。
「生憎、ウチには治癒魔法を使える者は居ないんじゃが、よく効く薬ならある。 それを飲んだら今日は休みなさい。 ワシには身体よりも心の方が傷付いているように見える」
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
翌日、すっかり回復しま魔力によって朝イチに足の骨折を治し、その他の細かい傷も治す。
「おはようございます! 昨日は本当にありがとうございました。 おかげさまで生きて今日を迎える事が出来、こんなに元気になりました!」
「ほぅほぅ。 それは良かった」
「それで……後で必ずお礼は致しますので…… もし、あるのなら地上へと帰る道を教えて頂けませんか?」
一刻も早く帰ってエスカお姉様に愛を知って頂かなくては!
それにお母様やテオにとても心配をかけているはずだわ!
「ほぅほぅ。 なかなかにせっかちじゃな。 それよりも暫くここで過ごしたらどうじゃ? 今すぐ帰っても大願は成就出来ないかもしれん。 それならばここで誰にも邪魔出来ない程、強くなって願いを叶えたら良い。 その魔力、神聖力の高さは人の身としてはありえん高さじゃ。 上手く伸ばせば面白くなりそうじゃ」
「あれ……? 私、何があったか話しましたっけ?」
「ほぅほぅほぅ、いんや。 聞かなくても分かる。 普通お姫様は穴から落ちて来ん」
「あはは…… 確かにそうですね」
アガレスさんがとても優しい人で良かった。
実際、今のまま戻ってもまたエスカお姉様に殺される可能性の方が高い気がする。
治癒魔法は得意でも人を直接攻撃するような魔法は覚えていたい。
それならば少し時間が掛かっても殺されないぐらい強くなってから、愛を持って説得した方がいいかも知れない。
「それじゃあ、お言葉に甘えてお願いします!」
「ほぅほぅ。 そうかそうか。 見た所マリーは治癒術師か? 使えるのは光属性の魔法と神聖魔法ってところかの。 それならば先ずは魔法以外の武器を使える様にしようかの。 ルー、武器庫からいくつな武器を持って来なさい」
「かしこまりました」
「魔法以外?」
「ほぅほぅ。 魔術師や治癒師が武器を持つ必要が無いという事はない。 避けるにも逃げるにも体力は必要だし、近接武器が使えれば距離を詰められた時も対処ができる。 そもそもが敵も、魔術師相手なら距離を詰めるのが定石だと考えるじゃろう。 その隙をつける」
「でも、本物の戦士の方には付け焼き刃じゃ勝てないんじゃ?」
「ほぅほぅほぅ、そこら辺の戦士に負けない程の武を積めば良いだけじゃ。 そのためにルーと近接戦闘の訓練を、ジョゼが魔法の知識を。 ワシとは世間話でもしようかの」
少しして戻ってきたルーは幾つかの武器を持って来た。
「こちらから、大剣、片手剣、槍、弓、ナックル、フレイルになります」
どれも特別な光を纏っており、一目で魔法の武器だと察しがつく。
「好きな武器を選ぶんじゃ」
私の答えは決まっている。
いくら武器を持ったって私は人を殺したいわけじゃないのだ。
だから殺傷力の高い武器は要らない。
「これ! これにします!!」
私が選んだ武器はナックルガード。
選んだ後にルーが説明をしてくれる。
「そちらの武器は、オーバーソウルという武器です。 魔法の武器では有りますがナックルガードという性質上、完全に近接格闘になりますよ?」
「かまいません。 これがいいんです!」
だって、私なら殴ると同時に回復をさせる事が出来る。 それならば相手を殺さないで、心ゆくまで愛を教えてあげられる。 そしてココロを救済してあげられる。 うふふ……
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