第2話 大穴の底


 地上からこの大穴を覗き込めば、真っ暗な奈落にしか見えなかったのが、いざ落ちてみれば植物達や虫など、それなりに光源があり、目が慣れれば視界は確保出来た。

 それに──


昼光ルーメン


 私が辺りを照らす光魔法を使うと、暖かな陽の光を思わせる光球が出現し宙に浮かぶ。


「眩しッ……」


 暗闇に目が慣れた所で急に明るくなったので目がチカチカしてしまう。


 周りには背の高い樹木が生い茂り、地面は岩肌に近いのかゴツゴツとした硬さが感じられるが薄っすらと光る苔がびっしりと生えている。


 すると、急に現れた光に森の奥から動物達の息遣いが聞こえて来る……


 目を凝らして樹々の奥の闇を覗くと、金色に光る幾つかの瞳が見てとれる。


 ──魔獣かな…… 参ったな、足の骨がまだくっついていない…… せっかく生きて地獄の底まで落ちて来たのに、結局は死ぬのか……


 少し経つと数頭のオオカミに似た魔獣が樹々の間からゆっくりと姿を現す。


「グルルルルゥ……」


 目を血走らせて涎を垂らし、私を食べる気満々のようだ……


 ──ふふ、せめて痛くないように食べてもらいたいな。 この世に生ける者は誰かの糧になるものだ。 こんな痩せっぽちだけれど、あの子達の今日のご飯ぐらいにはなるだろう。


 そう、諦めの心地で待っていると群れの一頭が先頭を切って飛び交ってくる。

 しかし、次の瞬間その魔獣もその他の魔獣も樹の蔓に絡め取られてしまう。


「ガウガァ!?」


 ──樹木もモンスターなのか…… 魔獣ならぬ魔樹とでもいうのだろうか。


 蔓に絡め取られた魔獣達はギリギリと締め上げられながら樹の上部にぽっかりと空いたウロに呑み込まれていく。


 ──まるで食べてるみたいだ……


 運が良かったのか魔獣に食べられるという目には合わずに済んだけれど、今度は下手に動くと樹に食べられてしまいそうだ。


 ズシンッ!!! ズシンッ!!!


 急に地鳴りがしたと思ったら、遠くに見えた山のような影が動き出した。


 ──巨大すぎるけど、あれも魔獣の一種なのかな…… あんな巨大な魔獣なんて聞いた事もないけど……


 この場所を知って、地上へと戻った人が過去に居たのかどうか知らないけれど、言い伝えの通り正しく地獄で合っているかもしれない。


 飢えた魔獣に、その魔獣を捕食する魔樹、それに全てを踏み潰してしまいそうな巨大な魔獣……


 こんな人外魔境では私の命も正に風前の灯ね……

 独りで自嘲気味に笑うと、せめて足の骨折を治そうと魔力を練り上げる……


 ──それにしても、魔力の回復が遅すぎる気がする…… 普段ならもっと回復していても良さそうなのに。

 治癒魔法による骨折の回復はひとまずあきらめ、このズキズキとする痛みだけでも神経を麻痺させて弱める事にした。


「さて、では祈りますか」


 魔力が足りなくて治癒魔法も使えない、治療出来ないから足も動かない。 そもそも動いた所で魔獣や魔樹に食べられるのがオチだ。


 私は両手を胸の前で組み、目を閉じる。


 きっと、これは私への罰だ……

 愛が足りなかったのだ。 主に向ける信仰に対して隣人に向ける愛に欠けていた。

 エスカお姉様の事もそうだ。 もっと気を配り、魔に魅入られる隙もない程に愛してあげれば良かったのだ。

 愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して……

 でも、一度魔に魅入られてしまったのならば、正気に戻さないといけないかもしれない。

 

 古い魔道具みたいに叩いて治ればいいのだけれど。

 私ならば壊した側から治癒する事も出来るはず。

 壊して治して壊して治して壊して治して壊して治して壊して治して壊して治して壊して治して壊して治して壊して治して壊して治して壊して治して壊して…………うふふ…… 正気に戻ったらきっと涙を流して感激してくれるはずね……


 私は歌うように祈りを捧げる。


 一度、神に届くようにと歌ってみたら魔力の巡りがよく身体が軽くなったのを感じたのだ。

 今の魔力の少ない状態でもこれならば身体の回復に活かせるかもしれない……


 

 ──そうして歌っていたら、確かに身体の調子は良くなってきたのだけれど…… どうやらあの子の注意を集めてしまったのか、巨獣の地を揺るがすような足音ががこちらへと向かって来ている気がする。 というか来た…… というか、このままコッチに来ると踏み潰されるんですけど……


「エレムート! 止まれ! 大人しく住処へ帰るんだ!」


 私が本日何度目かの死を覚悟していると、巨獣と私の間に立ちはだかる人が現れる。


 エレムートって言うのがあの巨獣の名前だとして、素直に人間の言葉など聞くのだろうか。

 けれど、私の予想とは裏腹に巨獣はUターンして帰って行った。


「あのぅ……」


「どうしてこんな所に?」


 巨獣を止めた人が歩いて来ると、侍従が着るような黒いスーツを着た背の高い男の人だった。

 銀色の髪に、整った顔立ち…… こんな地獄にも人が居たんだ……


「私は…… あの穴から落ちてしまって……」


 そう言って上を指差す。


「上から? 落ちてきた? 本当か?」


 何か信じられない物を見たような顔をするけれど、本当だから仕方ない。 私はコクコクと頷いてみせる。


「……まぁ、ここにこんな子供が来れる筈がないが…… 奇跡が重なったとして…… ありえるのか?」


 暫く上を向いてブツブツ言っていたけれど、私の方こそ、こんな所に人が居たことにビックリした。 しかもこんな身綺麗な人が。


「とりあえず、その光を消せ。 この場所では刺激が強すぎる。 それと、さっきの歌……」


 私は言われて昼光ルーメンを慌てて消すと辺りにまた闇が降りてくる。

 歌もうるさかったのかな? あの巨獣が寄って来るほどだし……


「久しぶりに歌など聴いた。 いい歌だな」



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