地獄から始める聖女の救済の旅〜地獄の穴へ落とされたけど最強聖女は物理で救済の旅をします〜

猫そぼろ

第1話 地獄への大穴


 痛い………………


 太陽の光など届かない深い深い穴の底……


 鬱蒼と茂る暗緑色の樹々、本来なら深い闇に閉ざされてしまうような穴の底では、発光する木の実や岩苔、光を放つ虫達によってぼんやりとだけれど辺りを確認する事が出来る。


 痛い………………


 地獄へと通じていると言われるアガルタの大穴──

 そこに落ちて来た・・・・・


 宙に投げ出された身体は重力によって下へと引っ張られる。 そのまま落下してしまえば生き残る事など不可能な深い深い穴。


 だから私はあえて壁に衝突して勢いを殺す。 何度も何度も壁に衝突しては跳ね返りまた衝突する。

 その度に私は、物心ついた頃から使えていた治癒魔法をフルに使い続ける事によってどうにか一命を取り留めた……


 けれど、既に魔力は底を尽き新たな怪我を治せないでいる……

 生い茂る樹々がクッションになったとは言え全身の至る所から激しい痛みを感じる。

 多分、何箇所か骨折もしているな……


 事の始まりはこうだった……





☆★☆★☆★☆★☆★


「マリー・シャント様、貴女を聖女として認定いたします。 これからも傷付き病んだ者達を癒し、その慈悲深き神の如き御心を持って迷える者達を救ってくれる事を願います」


「教皇聖下、ありがとうございます」


 純白の法衣を着た温厚そうなお顔の教皇聖下からお言葉を頂くと頭に聖女の証である福音のティアラを載せてもらう。


 大聖堂の会場からは盛大な歓声と拍手が巻き起こり、大声量でマリーコールまで始まった。

 正直言ってちょっと恥ずかしい……


 けれど、声援に応えるべく微笑み小さく手を振ると、その歓声はますます大きくなった。


 式典が終わり、袖に引っ込むと今度は家族達がやってくる。

「お姉ちゃん! おめでとうー!」


「ありがとう、テオ」


 淡い栗毛色のクリクリした癖毛の男の子がキラキラした目ではしゃいでいる。

 私のかわいいかわいい弟のテオドア8歳だ。


「凄いわマリー。 12歳で聖女に認定されるなんて!」


「ありがとうございます。 エスカお姉様」


「よくやったなマリー! ……本当にお前がジルの娘だったら良かったのにな」


「陛下…… 私如きに過分なお言葉ですわ……」


 私はこのルルイエール王国の国王の娘である。 けれど、いわゆる側妃の娘であり王位の継承権は持ち合わせていない。

 そして陛下が言ったジルと言うのが、皇后様であるジルフィーネ様の事だ。


「あ、あぁ…… いや、エスカ、いまのは……」


「大丈夫ですわ、お父様! わたくしもマリーが本当の妹だったら良かったのに、といつも考えていますのよ!」


 そう、このエスカお姉様ことエスカテリーナ様がジルフィーネ様との間の子だ。


 そんな娘の前でそんな事言うなんて…… まったく、12歳に気を遣わせないで欲しい。

 あと、この場には居ないが陛下には2人の王子もいる。


 私は物心ついた頃から治癒魔法が使え、5歳の頃には一般的な魔術師や治癒師並みの魔力量を持っていたらしい。


 治癒魔法に適正のある人は少ないらしく、そういった人達は神への信仰により、より高度な治癒魔法や神聖魔法を使えるようになるみたい。

 だからだろうか私は毎日毎日、教会へと通い神へと祈りを捧げる日々だった。

 8歳の時には既に神聖魔法の大半を覚え、神官や司祭達、教会関係者に大変驚かれたのを覚えている。 その頃には教皇聖下には神の子と呼ばれるようになっていた。



 聖女に認定されてから暫く経ったある日のこと、王都の治療院でその日の診療が終わった頃にエスカお姉様が護衛騎士と共に慌ただしく入って来た。


「大変よマリー! テオドアが!!」


「テオが!? 一体どうしたのですか!?」


 エスカお姉様のあまりの形相に何か良くない事が起こったのだと思い、立ち上がるとエスカお姉様に詰め寄る。


「テオドアがアガルタの大穴の付近で行方不明になったみたいなの!」


「アガルタ…… 何でそんなっ!!」


 私は居ても立っても居られず走り出す。


「マリー! 馬車を用意してありますわ!」


 早く! 一刻も早く行かなくては! 逸る気持ちを抑え、テオの無事を祈る。


 馬車は王族の使う最上位の物で揺れも少ない立派な造りのものだが、どれだけ揺れてもいいから出来るだけ急いでと御者に伝えると、馬車なグングン加速し、日が沈む前にアガルタの大穴へと到着する事が出来た。


「テオ!! テオドアー!! お願い! 返事をしてっ!!」


 馬車に乗ってから一切喋らなくなったエスカお姉様と護衛の騎士達は何故かテオドアを探す素振りも見せない。


「エスカお姉様! テオを、テオドアを探して下さい!」


 私が協力を乞うと、何もせずに私を見つめてたエスカお姉様達は、急にニヤニヤと表情を綻ばせる。


 えっ? もしかして…… ドッキリ?


「えっ!? もしかしてドッキリですか? テオは落ちたりしてないんですか!?」


「プッ、アーッハッハッハッハ!! アハハハハ! そう! そうよ! 実はテオドアはそもそもこんな所に来てないわ!」


 良かった!! 私は安堵と共にその場にしゃがみ込んでしまう。


「でも…… なんでドッキリなんか? うふふ、完全に引っ掛かっちゃいましたけど」


「アハハハ! ハーっ…… 本当に最高だわ! だってここから落ちるのはアンタなのよマリー」


「……えっ?」


 急に声のトーンが変わったエスカお姉様を見ると、護衛騎士達は私の周りを囲むような配置についている……


「あんたさぁ、聖女とか呼ばれて良い気になってんじゃないわよ! 愛人の子供が調子付きやがって! ちょっと治癒魔法が上手だからって!」


「エスカ……お姉様……?」


 いつもの上品で可憐な顔は醜く歪み、口汚く罵って来る。


 エスカお姉様はわざわざ私に顔を近づけて来て続ける……


「アンタはここで足を滑らせて落ちるのよ。 どこまで続いてるか分からない穴だから確実に死ねるわ。 アハハッ! ぶぁあーかっ!! アハハハハハハッ!」


 突然目の前が真っ暗になってしまったような気分だ…… エスカお姉様が何を言っているのか分からない……

 だって、いままでずっと仲良くしてきたのに……

 

「実はね、帝国の皇子がルルイエールの聖女に興味を示しているらしいのよ。近々会見の為に王国入りする予定があるみたいなの。 うふふ、わかるかしら? 帝国は王国よりも全てにおいて豊かな強国よ。 もしも…… もしもだけれどアンタが帝国の皇子に嫁いだらわたくしよりも上になってしまうでしょう? そんな事とても耐えられませんわ。 それにアンタみたいな芋娘より、わたくしの方が帝国に相応しいと思わないかしら? 安心しなさい、わたくしも治癒魔法の心得はありましてよ。 ですから聖女はわたくしが継いであげるわ!」


 まさか嫉妬? そんな…… 全く気づかなかった…… いや、気付かないフリをしてた。

 私が陛下から褒められるたびにきっと内心では憎しみが渦巻いていたのだろう。 なんとなくその暗い表情で察していた。 察していたのに何のフォローもしてこなかった私の罪だ……

 私は聖女の称号に固執してる訳じゃない、それに帝国なんて興味もないのに……


「エスカお姉様! おやめ下さい! 今ならまだ大丈夫です! 私が黙っていれば…… きっと魔が差しただけなんですよね?」


 あの優しかったエスカお姉様がこんな事……


「はぁ!? 今ならまだ大丈夫ぅ!? なんで上から目線? 魔が差しただぁ!? そういうところよ! もういいわ! スタイン、やっちゃって! アンタが得るはずだった名声も富も栄冠も全てわたくしが頂きますわ! では、ごきげんよう」


「やめっ!!」


 私の直ぐ後ろはアガルタの大穴がぽっかりと口を開けて待っている……

 地獄へ通じていると言われ、ここ数百年だれも穴の底を見た者はいないといわれてる……


 王国も何度も探検隊を送り込んでいるが、一向に誰も帰って来ない場所だ。


 ジリジリと距離を詰めて来る護衛騎士達、私のすぐ前に来ると全員が剣を振り上げる。


 斬られて落ちるか、自ら落ちるか……


 私は僅かな望みにかけて身体を宙に投げ出した……


 

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