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 おいおい嘘だろ。猫助けてトラックに轢かれて死んで、目が覚めたら全身真っ黒毛むくじゃらの猫になってるって。これさ、もしかしてさ……

 いや、もしかしなくてもさ、異世界転生ってやつだよね。

 あの昨今何かと人気の異世界転生だよね!?

 現世で死んで異世界で猫に転生したって事だよね!?

 うっは!マジかよ。あんのかよ、異世界転生。

 もう何から何まで俺の知ってる異世界転生物の展開だぞ?

 てことは、この世界で新たな人生、いや、猫だからニャン生か。

 前世人間。今世猫。

 ここからニューゲームって事でおーけー?

 異世界の事はよく分からないけど、まぁ、何とかなるだろ。

 で、だ。今の状況を整理すると、目の前のこの人達は巨人なんかじゃなくて、俺が猫サイズになった事で大きく見えてた異世界人って事ね?

 オーケーオーケー。謎は解けた。天国でもなければ、巨人でもない。

 つまり、今すべきことは―――更なる状況整理だ。

 今はここから逃げるぅ!

 そう思い立った俺は、立ち上がるとぴょんとバスタオルの上から床に降りて、四足歩行でその場を逃走する。

「あっ、モンスター!ちょっと待ちなさい!」

「あらあら~元気になったみたいね~」

 背後からそんな女性二人の声を聞いて、俺は勢いよく家を飛び出していく。

 外に出ると暖かい日の光と心地よい風が吹く。そんな街並は、木製住宅やレンガ調の建物が横並びに立ち並んでいる。

 行き交う人達がそこで、自分達の生活を送っている。買い物をする人。店番をする人。配達をする人。食事をする人。

 そんな人達を見て、ここは平和な街なんだと悟る。

「待てぇ!モンスター!」

 平和な街には似つかわない大声が背後から聞こえてきた。

「やばっ」

 後ろを振り返り、走ってくる女性達を尻目に俺は駆け出した。


***

「ふぅ。ここまで来れば大丈夫だろ」

 しばらく走り切った俺は、背後を確認し、息をついた。

 さて、ここいらで更なる状況整理だ。ここが異世界っていうのは分かったが、それ以外は何も分からない。

 何という国の何という街なのか。異世界だからやっぱり王様とかいるのか?これからここで暮らして行くなら、お金だって必要になってくるよな。

 いや、いらないか?……俺、猫だし。

 この世界には獣人とか人外の類も共存しているんだろうか。

 まぁ、その辺はおいおいだな。

 とりあえず今すぐ確認すべきは……

「特殊能力だろ!」

 やっぱり異世界と言ったらその人固有の特殊能力だよな。

 ここが異世界って事は、もちろん俺にも能力があるはずだ。

 さてさて、俺固有の特殊能力はなんなんだい。

 俺は身振り手振りで色んなアクションを取ってみる。

 「で、出ない……」

 両手でくうを切り、バタつかせてみたり、ゆっくり動いてカンフーのような動きにしてみたり、その場でしばらく汗をかくが、一向に何か起こる気配はない。

 瞬間、背後から聞き馴染みのある声がした。

「見つけました~こんな所にいたんですね~」

 はっとして俺は後ろを振り向く。

 そこには、先ほどの美女さんが腰を折って、膝に両手を置き、ニッコリと微笑みながらこちらを見ていた。

「ぎょえ」

 結構遠くまで逃げたつもりだったが、追いつかれるとは。

「こんな所で何をしてるんですか?」

 どうする。また、逃走を図るか?

 いや、また、逃げた所でこの人は追いついてくる気がする。そんな気迫がこの人にはある。

 だったら、こうだ。

「あの~ここは何という所ですか?」

 情報とは武器。この人は初見から敵意が感じられないし、分からない事を聞いて情報収集だ。

 ってやべっ。俺今、猫じゃん。普通に話しちゃったけど大丈夫か?

「はい。ここは豊穣女王デーメーテールの異名を持つガイア様が統治されるグランデルア王国です」

 あっ大丈夫だった。って事は獣人族は共存しているって事か?

 美女さんは高揚した様子で話を続ける。

「ガイア様は凄いお方なんですよ。建国からずっとその強大なお力でこのグランデルアの地を守り続けているんです」

 嬉しそうに話すし、とても楽しそうだ。この人はそのガイア様とやらを尊敬してるんだろうな。

「お姉さん、名前は?」

 いい加減名前を聞いてもいいだろう。ずっと美女さんでは彼女に失礼だ。

「私はシュシュ・ヴァニーロンダと申します。この街にある教会で聖女シスターをしております」

 この人、聖女シスターさんだったのか。通りで物腰柔らかで落ち着いた人な訳だ。

「貴方様は何というお名前なんですか?」

 名前を聞かれた俺は、無意識にその口を開いて名乗っていた。

「俺は、ニャス」

 ニャス?なんだそれ。どこから出てきた言葉だろう。何故か分からないが本能が自分はニャスだと言っている気がした。

「ニャス様ですか。可愛らしいお名前ですね」

 俺の名前を聞いて、シュシュはニコッと天使の微笑みを俺に送る。

「ニャス様は旅のお方ですか?この辺ではお見掛けしませんが?」

 そう言ってシュシュは首を傾げた。

「あーまぁ、旅というか新たな門出的な?むしろここからが冒険の始まりみたいな?」

 異世界の人に僕、異世界転生して猫になりましたなんて言っても、頭にはてなだと思うからここは流しておこう。まぁ、言ってることは間違ってないし。

「それでは、寝泊まりする場所なんかないのでは?」

「まぁ、そうなるね」

「それでしたら、是非家うちにお泊り下さいませ」

「えっいいの?」

「はぁい。もちろんです。聖女として救いの手を差し伸べるのは当然の事ですから」

 思わぬ展開になってしまった。まさか、こんなに簡単に宿を獲得できるとは。こちらとしては願ったり叶ったりなので。ありがたい。

「ありがとう。それじゃお言葉に甘えようかな」

「はぁい!それではおうちに帰って朝食に致しましょう」

 そこで俺は頭に浮かんだ気がかりを口にする。

「なぁ、シュシュ。さっき一緒にいた女の子、俺の事凄く警戒してたけど大丈夫か?」

「メルダの事ですね。悪い子ではないので大丈夫ですよ」

 本当かな?結構、言いたい放題だった気がするが。

 まぁ、何とかなるだろう。

 考え事をしていると突如、俺の腹の虫がぐうーと鳴いた。

「それでは行きましょうか」

 言ってシュシュは先ほどいた草原地帯で使っていた青いひし形の石を胸元から取り出した。

「シュシュ、それは?」

「これはワープストーンと言って石に記憶させた場所に瞬間移動できるアイテムですよ」

 なるほど。ワープストーンか。異世界ならワープも現実的か。

「一つのワープストーンに記憶しておける場所はストーン一つにつき1エリアなので、飛びたい場所の数、ストーンを持ち運ばないといけないのが難点です。新しい場所を記憶させると上書きされてしまい、前の場所へは飛べなくなるのも注意ですね」

 いくら異世界でもそう都合よくは行かないらしい。

 俺はシュシュになるほどなと返した。

「それでは家に飛びますよ。捕まってください」

 言われてシュシュの腕を伝って、肩に飛び乗る。

 まばゆい光が石からあふれ出して、刹那俺達はそこから姿を消した。

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