白と灰色、ときどき赤
矢車まろう
帰りの足跡は四つ
「こんなもんかな」
流れる汗をタオルで拭い、彼女が身の半分はあるシャベルを持って数十メートル離れた我が家に戻ろうとした時、ギコギコという音が背後から近づいてきた。
「なつめちゃん。お疲れ様」
「
栄寿と名付けられた百二十センチメートルほどの人形が、球体関節を曲げ伸ばし、銀髪を揺らして棗に近づく。両手に持っていたカイロをそのまま彼女へ手渡した。
「お昼ご飯ができたって、ご主人が言ってた」
「お父さんが? 分かった。すぐ行こっか」
一人と一体が、薄く雪の張った手掘りの道を歩いていく。数歩進む間にも、雪の重みで枝がきしむ音が周囲でこだましている。玄関前へ着くと、棗に腕を引かれていた栄寿が目を少し伏せた。
「なつめちゃんも大きくなったね。あんなに小さかったのに」
「もう十五だからねー」
「そっか……もうそんなになるか」
「と言っても、お父さんの仕事はまだ手伝わせて貰えてないけど……」
棗の父は人形職人である。彼女の隣にいる栄寿のように、文字通り『生きているように見える』人形を制作する彼は棗にとって自慢であり、憧れの存在だった。彼のような職人になることが彼女の夢である。
棗は眉を下げ、弱々しい声音になりながら自身の現状に乾いた笑いをこぼした。
「大丈夫。そのうちご主人もなつめちゃんに人形作りをさせてくれるよ」
「そうかなぁ」
「うん。……ここだけの話、実はご主人。なつめちゃんのための工具をこの前発注してたんだよ」
「……ホント!」
棗は目を煌めかせて栄寿の方へ勢い良く向き直った。赤い耳が更に色づき、白い煙がもくもくと寒空の中に上がっていく。栄寿は少し肩を震わせて棗の手を握りしめた。
「本当だよ。……私が言ったことは秘密ね?」
「やった! うん。秘密にする! やったあ!」
父の最初の人形であり、現在では助手でもある栄寿からの言葉に、棗は小声で喜び、舞い上がって飛び上がる。
今にも父親の下へ駆け出しそうな様子の彼女を年上の人形は引き留めた。ギギと関節を鳴らし、栄寿は棗の手を強く握る。
「下、凍ってる。危ないよ」
「んゎ……ごめんなさい」
「ふふ、そういうとこは小さい頃から変わらないね」
「そういう栄寿さんこそ、ずっと変わってない」
棗はジャンパーについた雪を取り払い、栄寿の手を引いて急いで
白と灰色、ときどき赤 矢車まろう @brgmtmllw
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