第36話 不人気依頼の理由

「無理無理無理無理無理無理無理……」


奮闘する二人から離れてダンジョンの岩壁の隅で体を震わせている俺に、無情なリストが「遠くに行くなよ」と釘を刺してくる。


離れたい、逃げたい。

冒険者協会の新人研修用の依頼がどれだけ優しかったかを俺は思い知ることになるのだった。


ーーーーーー


「リスト、何日分ぐらいの食料を考えてたら良いんだ?」


「そうだな、に移動をしてくれるならダンジョンまでは片道3日、依頼達成するのに大体7日、そこからフォイト湿地まで1日が妥当かな」


初めての遠征に、遠足気分で街に買い物に出たのだが何をどれぐらい用意するべきなのか想像するには経験がなかった。


「食料は現地調達で賄うとして、もしもの時の非常食と料理器具を用意しておいた方がいいのか」


俺とギルバードとリストの三人。

大きめの鍋やフライパン、三人分の食器を揃えて……あと必要と思うものは、着替えは浄化魔法でなんとかなるから寝具かな。


「テントとかいる?」


「あってもなくても平気かな。俺なんかは気にしない」


うん、リストらしい答えだ。島にいた時も見知らぬ俺の横で呑気に寝てたもんな。


売られていたテントは一人用の小さな物で、店主に断り広げさせてもらったが快適とは言えない物だった。俺でこの狭さだからギルバードなら足を伸ばしてゆっくりとはいかないだろう。


あ、なら改造してしまえばいいんじゃないか?

マジックバッグみたいに空間をいじって、気配遮断もつければ見張りとかも気にする必要はなくなる。ついでに空調も整え……寝具とか備え付けちゃえば毛布や寝袋要らなくない?調理器具も食材も全てテントにしまっておけば……豪華なキャンプになるな。キャンプ……キャンプ?キャンプの究極体……。


「……なぁ。なんか良からぬことを考えてないか?」


テントを手にしたまま自分の思考の世界に入っていた俺を、リストが訝しげな目で見ていた。


「失礼だな。いかに快適な旅を過ごすかを真剣に悩んでいる人間に対する言葉がそれか?」


「いや、お前の頭の中は読めん。お手柔らかに頼む」


「ああ、わかってる。任せとけ」


俺も厳しいキャンプ生活なんて望んでない。俺の思う快適なキャンプ生活を一緒に

謳歌しようじゃないか。

テントは元の場所へ戻して、急ぎ鍛冶屋へと向かった。


ーーーーーー


サイズ的に家の中で作るわけにいかないので、訓練所を貸切にさせてもらって材料を並べていく。すぐに魔力切れを起こすからと、見張り役にギルバードが見ていてくれるのでちょっと緊張するのと、張り切っている自分。


材料は魔銀と呼ばれる硬く軽い金属とワーイールという生き物のゴムみたいな皮、大量の砂。そして木材と買ってきた布とシープトンの毛。石を幾つか……。


材料だけ見ても今まで作った魔導具よりもかなり大掛かりだ。

マジックバッグで魔力切れを起こしてしまう今の自分を考えると不安もあるけど、もしもの時はギルバードがいてくれるから大丈夫だろう。


まずは石を魔石に……水、火、風、浄化、時、空間、鑑定。

あらかじめ考えていた個数を作っていく。

そうして次は魔銀で外枠の大まかな形を想像していき、内部へ……細かな設備を一つ一つ……。


「あ……」


電池が切れたように急に抜け落ちる力。

形作っている途中だが、ぐらっと傾いた体はギルバードに支えられていた。


「カズキ君、無茶は「ギルバードさん、そうしていてもらっていてもいいですか?」


ギルバードが魔力を分けてくれているのだろう。触れられていると意識がはっきりしていく。困惑した顔を見せたが、ギルバードの限界までという約束で作業続行のOKをもらった。


一緒についていてくれるというだけでやる気が漲ってくる気がする。

イメージするのは生前、憧れて雑誌を立ち読みしていただ。


最後に大量の魔力を注ぐと、今まで作ったどの魔導具よりも大きな光を放ち、訓練所内を真っ白な世界へと変えた。


「……カズキ君、これは?」


魔力を貰いすぎてしまったか、ギルバードも少しふらついている。


「俺がずっと憧れていた物の……魔導具バージョンです」


訓練所に堂々と鎮座する

とは、俺が憧れて憧れて憧れていながら。

ソロキャンプすら経験できずに終わった夢……。


「キャンピングカー……です」


名前を告げ、ここでは使えないのでアイテムボックスにしまったところで気力が尽きてしまった。マジックバッグは平気だけど、アイテムボックスを使うのにも結構魔力使うよね……。


「マスター……アルを褒めてくれますか?」


マスター?

マスターって誰?

目の前にいるのはギルバードだ。

ギルバードの首に甘えるように腕を回す。

…………。

俺……ギルバードにキスしてる?

驚いて慌ててる姿、珍しいな……いつも通りの人命救助ですよ?

違う、いま俺の胸に溢れてるのは愛おしいという気持ち。


離さない。


守られたい、守りたいという気持ち。


俺、かなりギルバードさんの事、好きだったんだ…………。


恋?

わからない。

ギルバードは男で、俺も……俺も?僕は?


ただ触れ合いたい、触れ合いたいという思いのまま、ギルバードの身体を抱きしめた。

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