第32話 バイブル
リストは普段から緩んでいるし、ギルバードがいつも微笑みを絶やさない人ではあったけれど……今朝はいつにも増して視線が温かい。生温いと言ってもいい。
「メイビさん、あの二人……何かあったんですか?」
いつの間にか依頼から戻って、ちゃっかり朝食の席に着いていたメイビにコソッと話しかけると、心当たりがあるのか無いのか分からないが申し訳なくなる程に狼狽え始めた。話しかけてすみません。
「え……いや、俺は何もっ……ていうか朝食、俺もご馳走になってその……」
「二人ともよく食べると思って多めに用意してたんで大丈夫ですよ」
そういうのは食べ始める前に言うのでは?と思うがしどろもどろの姿に、わざわざツッコむ気にもならない。
ギルバードさんが寝てる間……眠れなくて作った燻製器も上手く言ったな。
厚切りに切ったベーコンをギルバードもリストもかなり気に入ってくれているみたいだ。
俺はカリカリベーコンが好きなので薄切りだけど。
「このベーコンってのは干し肉と違って美味いな!!」
「ああ、甘みのある脂としっかりと効いた塩味が溶け合うな。そして鼻に抜ける香りも良い……ベーコンっていうのはこういう味だったんだな」
ガツガツと食べるリストとじっくりと味わう様に食べるギルバードとの対比が面白……ん?
「ギルバードさんはベーコンを知ってたんですか?」
俺の物とリスト達に出した物が違うと目敏く質問してきたリストに、つい『カリカリベーコンが好き』って答えちゃったんだけど。この街に来てベーコンだけじゃなく、燻製を目にした事無かったから、無いもんだと思ってた。
魚の燻製を作った時もリストは何でわざわざ煙の中に入れるんだって不思議そうにしてたんだけどな。
「俺とリストが冒険者を志したのは、同じ本がきっかけなんだけど、その本の中に出てくるんだよ……『ポートローフのベーコン』って言葉が」
「本……『ドラゴンステーキ』の名前のきっかけってやつですか?」
本の中にベーコン。
「そうそう!!ベーコンの他にもクンタマとかスモークチーズとかな!!」
くんたまにスモークチーズって……。
「あの……その本ってどこで読めますか?」
「興味湧いてきた?」
「はい」
絶対にこの世界の人間じゃなくて『転生者』が書いた本だよね?勇者君か聖女ちゃんかな?あの二人は元気にしてるのかな?
そういえば……この街では1度も『魔王』の名前を聞いてない……魔王が倒されたって話あったかな?
「じゃあ後で俺の家に取りにおいで。貸してあげるよ」
さすが。しっかり移動先にも持ってきているんだな。
「ありがとうございます。楽しみです」
他にどんな料理が乗ってるんだろう。もしかしたら俺の料理の幅も広がるかもな。
ギルバードとリストを衝き動かしたというその本に、俄然興味が湧いてきた。依頼を受けに行く前に立ち寄ってみよう、この間の玄関扉がどうなったのかも気になるし……。
でも、転生者が書いたかもしれない本か……もし他にも転生者がいるのだとしたら、ぜひ会って話をしてみたいな。
ギルバードとリストの視線がさらに生ぬるーくなった気がするのは……きっと気のせいだろう。
ーーーーーー
挿し絵の全く無い本は正直眠気を誘ったが、ページを捲る手は休まらなかった。
文章はかなり稚拙ではあるが『チート』とか……絶対これ書いたの転生者だよな。読んでいて既視感を感じるんだ。ありがちな異世界転生系の小説を読んでいるみたいな錯覚を覚える。
「没頭してるね、カズキ君も気に入ってくれたなら嬉しいな」
軽く読み流すつもりだったのについ読み耽ってしまっていたようだ。ギルバードがお茶を淹れてくれていた。
「子供の頃はね、自分がその主人公になったつもりで近くの森で棒切れを振り回したりしたもんだよ。いもしないアルフレッドに話しかけたりしてね」
「そうなんですね。ギルバードさんでもそんな子供っぽいことしてたんだ」
なりきって冒険者ごっこするギルバード。想像すると可愛いな。
「小さい子供の頃だからね……」
お茶を頂いてから、またページを捲るとある文字が目に入り手が止まる。
小さな実をたわわに抱き、頭を垂れた黄金色の穂。
黄金色の穂……ドキドキと続きを読み進めると……。
「米だぁぁぁぁっ!!」
興奮して立ち上がった俺に、別の本を読んでいたギルバードさんは驚いた様子で顔を上げた。
「コメ?ああ、ハクマイか。白くツヤツヤと輝く粒……全く想像がつかないけれど、主人公が他の食べ物とは比べ物にならないぐらいに愛しているのは伝わってくるよね。ショウガヤキにハクマイ!!とか、ドラゴンステーキにもハクマイがよく合うって書かれているよ」
ステーキに白米とか合って当然だ。
想像するだけで涎が出るほど。
「米、白米があるんですか!?どこで買えますか!?」
シープトンカツだってカツサンドにしたけど米があるなら米が良い、米があるならカツ丼だってできるじゃん!!
「いや、それは物語の中の話だから……実物は見た事ないかな。少なくとも俺が行ったことのある街で食べられているという話は聞いたことがない」
俺の勢いに若干引きつつも丁寧に存在しないと答えてくれた。
「そ……そっか……そっかぁ……」
後ろから、落ち込んだ俺の肩を抱くように近づいてきたギルバードは、俺が読んでいたページを数ページ戻って指さした。
「この作者の生きていた時代とは大きく地形や国の名前が変わってしまっているけれど、この植物の生えている土地の特徴は、現在の地形と照らし合わせるとフォイト湿地に似ている。足場も悪く蒸し暑いくて住みづらい上にダンジョンなどないから、あまり近づくものが居ないんだ。知られていないだけで、もしかしたら……はあるかもね」
与えられた希望にギルバードの顔を見上げると、目があってふっと微笑まれた。
「フォイト湿地となると数日は空けることになるだろうから、カズキ君がDランクになれたら依頼のついでに一緒に行こうね」
「一緒に……」
一緒に……冒険へ……。
「カズキ君がよければ……だけどね」
そう言って、ポンと肩を叩くとギルバードは自分の座っていた席へ戻り、読んでいて本へ視線を戻した。
ギルバードと共に冒険へ。
ギルバードと……一緒に……。
二人で……。
俺も本へ向き直したが、その後の物語は何も頭に入ってこなかった。
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