第30話 【ギルバード視点 2】
この子は……俺の手に負えるのだろうか?
腕の中で眠る少年の髪を撫でる。
艶やかなそれは人間の物そのもので。俺だって魔力の流れを知り尽くしていなければ、人間ではないなんて思いもしなかっただろう。
こんなに幼い寝顔で眠るこの子があんな強力な魔法を使うとはな。
朝食を一緒に食べる約束を交わした次の朝、彼は律儀に朝食を用意して家を訪ねてきてくれた。朝は苦手で寝ぼけていた俺の世話をあれこれと焼いてくれる彼の手際は完璧な物だった。まるでその為に作られたかのような動き……彼は俺を『マスター』呼んだ。
『マスター』それはおそらく『災厄の転生者、魔導具師カズキ』の事だろう。
『僕はマスターの側にいられることが……幸せなんです』
そう涙を流した彼。
『ひとりにしないでマスター……』
訪ねてきたリストを迎えようと立ち上がった俺にしがみつく彼。
『僕からマスターを奪うなっ!!』
リストに問答無用で魔法を撃ち放った彼。
幸い玄関の破壊だけで済んだが、俺の障壁魔法がもう少し遅ければ、リストの肉体強化がもう少し遅ければ……リストでなければ吹き飛んでいただろう。
「ギル様……カズキは一体……」
特級ポーションで傷を回復させたリストも俺の腕の中で眠る少年の顔を覗き込む。おそらく大きな魔法を使ったことで魔力切れを起こしたのだろうが、あどけないものだ。
「うーん……もしかするとかなり危険な『災厄』を抱え込んでしまったかもしれないね」
家にあるストックしてある魔石を全て用意して、彼の中に流れる魔力に自分の魔力を寄せる。
俺もどこまで行っても『冒険者』だよな。
絵本で読んだ冒険者、ドラゴン……そんなものにいまだに憧れ続けている。
こんな危険な存在を腕の中に抱いているのに、怖いよりワクワクが優っている。
「リスト、悪いな……向こうを向いてろ」
リストが彼に惹かれているのをわかっていて、リストに見せるには気がひけるが……このままにもしていられない。
彼のペンダントが魔素を彼の魔力に変換させて取り込ませているようだが、それはとても緩やかなものだ。昔と今では魔素の量も違っているのかもしれない。
彼の唇へ唇を重ねて魔力を注ぎ込んでいく。
前回も感じたが、まるで底なし……魔石から魔力を吸収しては彼の魔力に寄せて吹き込む。
「ギル様……俺の魔石も……」
向こうを向いてろと言ったのに……。
魔石が足りないのに聡く気づいたリストが、自分が持っていた魔石を差し出してくる。
「ありがたく……」
ギルバードの魔石もいくつか使用して、ようやく彼の体が起動を始めた。
涙を流す魔導具……か。
「マス……タ……痛い……痛いよ……」
救いを求めるように持ち上がった手をリストが握りしめる。
「カズキ!?どうしたんだ!?どこか痛むのか!?」
リストの呼びかけに反応するように、ようやく彼は目を覚ました。
「リスト?なんでここに?」
いつものカズキ君に戻っていることに、リストと二人で安堵の息を吐いた。
何事も無かったかのように朝食の準備を進める姿、覚えてないのが嘘だとは思えない。
魔導具師カズキ……彼については遺跡から発掘された以上の情報は無い……が、このままカズキ君を放置しておくには危険過ぎるだろう。
彼の命綱であるペンダントを奪ってしまえば活動を止めることは出来るのだろうが……。
目の前で扉が壊れたのをリストのせいだと思い込み仲良く喧嘩をしている姿を見るとそんな気にはなれなかった。
なにより……カズキ君の作ってくれた朝食はどんな魔物肉よりも美味かった。
ーーーーーー
カズキ君の夕飯をもっと食べたいと渋るメンバーに遺跡の発掘作業を依頼した。
魔導具師カズキが活動していたと言われている王国跡地を重点的に探すように……本当はリストがカズキと出会ったラクドリア島も調べておきたいところだが、危険過ぎる。
向かうなら俺かリストがいなければメンバーを危険にさらす事になる。しかしカズキ君に何か起こった時に制御出来るのは俺かリストだろう……リストでも危ないな。
今は辛うじて、俺はカズキ君から『マスター』と混同されている様だし、俺が彼の側から離れるのは危険だ。
古代文明についての書籍を読み返していると、拠点に戻って来たカズキ君とリストの気配。
もう依頼を終えたのだろうか。
協会から不審がられないよう依頼数を抑えるようにリストにお願いしておいたのは守ってくれたらしい。
リストとの信頼関係も築いて行って欲しいところだな……もしカズキの願いがこの世界の破壊で、それを思い出した時、カズキ君は躊躇いなくこの世界を壊すだろうか?
俺はそれを止められるのだろうか?
俺をマスターと誤認している今ならまだペンダントを奪える。
今のうちに……彼を止めるべきなのだろうか?
「ん?」
カズキ君が本部に向かってくるな……リストはいない……何かあったか?
「ギルバードさん、少し良いですか」
「どうぞ……」
軽めのノックと共に姿を見せたカズキ君の手には……箱?
「どうしたの?今日はもうお休み?なら街の観光でもリストに頼もうか?」
「いえ、まだ依頼は残ってるんですけど……これ、良かったらお昼に開けてください」
「お昼?」
昼ご飯なのか?それにしても箱……。
「お弁当です。自信作なので……お昼を楽しみにしてくださいね」
ここに来た時と変わらない無表情なのだが……声の調子が幾分弾んで聞こえる気がする。
「あまり昼を食べる習慣は無いけど、カズキ君の作った物なら楽しみだな。昨夜のカツ?は本当に感動したよ」
薄っすらとだが、白い頬が色づいているように見える……そういう所は本当に人間らしく出来ている。
止められないよな……。
お礼を伝えると駆け足……目で追うのがやっとだが、それも弾んで見えるとか……リストもそういう所が気になっているのかもしれない。
未知数で恐ろしいのに可愛く見えてしまう。
ーーーーーー
この世のどんな宝箱よりも至宝と思える『弁当箱』に興奮してしまい、午後の依頼を終えて戻って来たカズキ君に感謝と敬意を伝えていたのだが……。
「アルはマスターが大好きです」
カズキ君ではなく、魔導人形の記憶とカズキ君の記憶とが混乱を始めてしまった。
「アル?僕?俺……俺は?カズキ……マスター……」
「カズキ!!戻って来い!!」
カズキ君を呼び戻そうと肩を掴んだリストを裏拳で軽々と中庭の端まで吹き飛ばすと……しっかり抱いていた筈なのにスルリと抜け出し、リストへ向けて静かに歩き始めた……が、身に纏う魔力はいつ暴走してもおかしくないほど荒れ狂っている。
「カズキ君!!」
「マスターと僕の間を邪魔する奴……全て消す」
俺の制止は聞こえていない。
全ての魔力右手に集まっていくのがわかる、あんな物を撃ち込まれたらリストの生死どころか街が……。
「マスターの願いは誰にも邪魔させ「空に放て!!アル!!」
咄嗟に叫んだ名前は、その耳に届いたのかカズキ君の手に集められていた魔力は巨大な光の柱となって空へと放たれた。
パタリと倒れる小さな身体。
魔力を全て放出してしまったのだろう。
「大丈夫か!!リスト!!」
「はい……なんとか」
急いで駆け寄ると、しっかり防御は取っていられた様で意識もはっきりしている。
「まるで『魔王』だな」
あの魔力が無尽蔵で無かった事に感謝するしか無い。
「どうしたもんかな……」
軽い身体を抱き上げると、服の襟元からペンダントが目に入った。
小さな赤い炎が燃えている。その魔力は吹けば消えそうな程に弱々しい。
「ギル様……」
目覚めさせるべきか否か。
ペンダントは小さく脆そうに見えるが、俺の力でも破壊出来そうには無い。
俺にカズキの様な魔導具の知識があれば解体できたのだろうが……。
このままペンダントを隠しておいても、何百年、何千年か後にまた何かのきっかけで目覚めるかもしれない。
その時、俺のように指示を出せる人間がいなければ……?
カズキの願いとは何だ?
それを探れれば願いを打ち消す事が出来るか?
「この世界の命運は俺に掛かってる……なんてな……」
昔読んだ物語の主人公のセリフを真似てみた。
とうの昔に滅んだとされるドラゴンのステーキを食すよりも、難問が伸し掛かっているかもいるかもしれない。
「リスト……お前ならどうする?」
「……どうしましょうか」
二人で空を見上げた。
マシャルの光が……少し欠けて見えた。
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