第29話 ペットと主人

「カズキ君!!」


依頼を終えて拠点に戻るなりギルバードに呼び止められた。

弾む感じに走って近づいてくるギルバード。


「ただいま戻りました。今日の依頼も無事に達成しましたよ」


「本当に自由気まますぎて……疲れました」


報告は義務付けられていないけれど、せっかく会ったのだから達成できたことだけを伝える。リストは疲れた感じに報告しているが、なぜお前がそこまで疲れているのか?

ピクニック弁当を食べた後はリューネ草の束を作る俺の横で居眠りしてただけではないか。


不満にリストの方を振り返りかけた体がふわっと浮かび上がった。ギルバードと同じ視線。

片手で抱き上げられて、すぐそばにギルバードの笑顔がある。


「お弁当?ありがとう。一つひとつ全てがとても美味しかったよ。昨日のカツも感動したけれど、また感動させられてしまったね」


「足りましたか?少ないかと思ったのですが昼食だから大丈夫かと思ったんですけど……」


出かける前に、昼になったら食べてくださいとギルバードには別に弁当を渡してあった。適当に置いて置かれてもちゃんと防腐機能は働いているはず。


「普段は昼を食べることはないから……ただ強烈にカズキ君に会いたくなって待ち侘びてしまったけどね」


手を取られ……手の甲にギルバードの唇が軽く触れた。


うううっうわっ!!信じられないぐらい顔が急激に熱くなって頭がクラクラする。

大丈夫だよね?リューネ草へ納品して報酬を受け取って……ちゃんと洗浄したはず、汚れてないはず!!


「……おい、差別がひどすぎるぞ」


美味しかったかぁ……喜んでもらえて良かった。


「またいつか作ってもらえたら嬉しいな」


「はい……毎日でも……」


面倒な事とか無理やりやらされるのはごめんだけど、ギルバードの為なら、この笑顔の為なら毎日弁当を作っても苦にならないかもしれない……。


「たまにで大丈夫だよ。カズキ君だって依頼で忙しいでしょ?」


忙し……くはない。依頼を詰め込んでいるわけじゃないからな。むしろ抑えられたので時間ができた……が、ここで暇ですアピールをしてサボってると思われるのもな。


「できる限り頑張ります」


「ありがとう」


ギルバードの『ありがとう』の言葉に胸がドキドキ高鳴る。

意識せず輝く笑顔……イケメンはこれだから困る。


眩しすぎて僅かに顔を逸らしたが、頬にギルバードの手が添えられて視線を合わせられ……。


「君を見つけてくれたリストには感謝だね。カズキ君。ここへきてくれて、俺たちのギルドへ加入する事を決めてくれて、ありがとう。これからもずっと一緒にいてほしいな」


あ……頭に……血が昇って、思考が……あ……あ……。


◇◇◇◇◇◇


「マスター……僕はずっとマスターと一緒。マスター、マスター……アルはマスターが大好きです」


誰の声だ?

俺?


僕……マスター……アル……一緒……ずっと一緒。


そうだ、僕はマスターとずっと一緒に、側で、この世界を……。


◇◇◇◇◇◇


目が覚めると辺りはもう真っ暗だった。


ここは?


少しずつ状況を追いかけていく、ここは自分の部屋、自分のベッド、そして隣にはギルバード。


ギルバード!?


慌てて体を起こすとその動きでギルバードも眠そうに目を開いた。


良かった。二人ともちゃんと一切の乱れなく服を着ている。

もしかして一線を……とドキドキハラハラしてしまった。


「ああ……ごめん。魔石のストックがなくて……俺も寝てしまってたみたいだ。カズキ君は?もう大丈夫そうだね」


ゆっくりと体を起こしたギルバードはメガネ越しに俺をジッと見つめてからにっこりと笑った。


「えっと、あの、俺は何を?記憶がなくて、お弁当の話をしてたとこまでは覚えてるんですけど」


「ああ……なんかね。魔力切れを起こしちゃったみたいで……俺が魔力の供給をと思ったんだけどね。俺の方も切れちゃったみたいだ、ごめんね」


申し訳なさそうに謝るギルバードに慌てて手と頭を振る。魔力切れ起こしてぶっ倒れるとか、どう考えても俺の方が迷惑をかけている。

でも、そんなに強い魔法を使っただろうか?記憶に無いのが怖いな。


「カズキ君も元気になったみたいだし、俺はこれで……」


ベッドから起きあがろうとしたギルバードの体がぐらっと倒れるのを慌てて支えた。


「あの……俺のせいなんで、無理しないでここで休んでてください。俺はソファーで寝るんで……」


ギルバードの体を横に寝かせて、離れようとした腕を掴まれる。その手には全然力が入っていない。こんなになるまで俺に魔力を注ぎ続けてくれたのか。


「カズキ君も一緒に……」


力無い表情のギルバード、体調を崩して不安がる子供に頼られているような感覚になる。子供がいた事ないけど、そんな……母性本能をくすぐるってこんな事なんだろうなって思う表情だった。


俺を抱き枕のように体に腕を回して眠るギルバードの寝息。

全く警戒のない安心しきった寝息。

心臓の音……。


一人を寂しいと思ってないのに、ギルバードの存在を隣に感じることに安心を覚えている自分。この気持ちは本当に俺の気持ちなのだろうか?


時折頭の中を掠める記憶のない言葉、誰かの紡いだ言葉。


それは……誰の願いだろうか。



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