第26話 昇格祝い

疲れた顔をしたリストがテーブルに突っ伏している。俺の家で……。


「寝るなら自分の家に帰れって」


依頼をこなして疲れている人間に飯を作らせておいて、人の家で自分は休んでいるとは何事か。働け。


「いや……カズキの昇格祝いをしてやらなきゃだからな」


「なんで祝われる側の俺が働かなきゃいけないんだよ」


とはいえ、リストに任せてもただ肉を焼くだけになるのは目に見えてるから良いんだけど。


「お前なぁ……あの完璧な解体は何処でやったのかとか、1日で薪として使える様に乾燥させた技術は何だとか、焼却場のゴミを燃やした魔法の事だとか……どんだけ俺が苦しい言い訳を考えたと思ってんだ!!」


「ギルバードさんならもっとスマートに出来ただろうにね」


冒険者協会から解体した業者を紹介してくれだのなんだの聞かれ、魔導具の事は伏せなければと「俺がやった」と答えようとしたらリストがなんだかんだと嘘を並べて話を誤魔化していた。


魔導具の事はちゃんと口にするつもりはなかったのに信用が無いな。


「ギル様と比べるなよな……敵うわけないだろ」


リストも大概、ギルバードの信者だよな。俺だけがおかしくなるわけじゃないんだろう。きっと何か人には言えない不思議な力を持っているに違いないな。


フライパンの中にはなかなか良い具合に脂が溜まってきた。


今日はシープトンの肉が大量に手に入ったので豊富な脂身で脂を用意して、シープトンカツを作る予定。


肉好きのリストの為に大きく厚めに切った肉へ塩と胡椒の香りに似た実を砕いた物で下味をつける。


小麦粉をまぶして溶き卵に潜らせ、パン粉をしっかりまぶしたら、よく熱した脂の中へと投入。

ジュワッと大きな音を立ててダイブしたカツを、脂がパチパチと音を立てながら衣を色付かせていくのと同時に香りたつ香ばしい匂い。


あ〜カツなんて何年ぶりだろう。こっちの世界には揚げ物の文化がないようで、ポテトも唐揚げもご無沙汰だったんだ。

久々の揚げ物の匂いにテンションも上がってくる。


コンコンコン……


控えめなノックが聞こえたが揚げ物をしている時に目は離せないので、尋ねてくる人なんてギルドメンバーしかいないのでリストに応対を頼んだのだが……玄関の方でリストがワンワン吠えてるな。


今揚げていたものだけ揚げ終えると火を止めて様子を見に行くと、ぽやんと笑顔を浮かべたサーラさんと顔を真っ赤にして震えているリストの姿。また遊ばれていたのか。


「こんばんは、サーラさん。依頼から戻られていたんですね」


「そうなのぉ。お腹空いたなぁって帰ってきたら、嗅いだ事のない美味しそうな匂いがしててぇ……」


ふわふわした笑顔が話していくうちにギラギラした捕食者の目に変わっていく……。


そうだ、表向きは花畑のようなキャラを全面に押し出してるが、この人もドラゴンステーキのメンバーだ。キングシャドーシャークの最後の一切れを巡る争いにこの人も参加していたんだったな、しかもなかなか引かない。食い意地だけはこの前の肉祭りで目の当たりにしていたんだった。


「私だってぇお願いしたいのにぃ……リストさんったらカズキさんとのぉ二人きりの大事な時間を邪魔するなぁなんて意地悪いうのぉ。ギルさんに取られてばっかりだからってぇ八つ当たりするのよぉ?カズキさんはぁそんな意地悪言わないわよねぇ?私にもご馳走してくれるわよねぇ?仲間だもんねぇ?」


甘えてくるような語尾も、その目が段々キマってくると怖いんですけど……せっかく見た目だけは美人なのに。


「別に二人きりの大事な時間ってわけじゃないんで……いいですよ。そんな目を血走らせなくても……幸い肉は多めに手に入ったんでご馳走しますって、リストが特別っていうかその……」


ギルバードとリスト以外にはあまり見られたくないものが部屋の中にゴロゴロしているだけ。

でも仲間、そうか俺も仲間か……ずっと陰キャボッチだった俺にはなんか擽ったいな。かなり癖の強い仲間達だけど。


「ほらぁ、カズキさんはやっぱり優しいわぁ」


先ほどの捕食者の笑顔から悪魔のような笑顔に変わったサーラさんは、なぜか壁に頭を押し付けて体育座りしてるリストの背中を持っていた杖で突いている。仲良いな、この二人。


「あ、メイビさんも良かったら……」


サーラさんの後ろに隠れるように立っていたメイビさんも物欲しそうな目でジッと見てきていた。そんな目で訴えずに声をかけてくれたら良いのにと思うけど、サーラさんとリストが話しているとこに割って入るの勇気いるのもわかるわ。


こちらから声をかけるとサーラさんの体はビクッと跳ね上がった。なぜかこちらをジッとメイビさんまで体をこわばらせる。

メイビさんちょっと存在感が薄いんだよな。他が強すぎるってのがあるけど、コミュ障気味の人なのかもしれない。だからこちらを見ていても話しかけると、本人が驚いた顔をするのかもしれない。


「メイビさん……いるならぁ声を掛けてっていつも言ってるのにぃ勝手に人の背後を取るのは失礼よぅ?」


「いや、そんな、依頼から帰る間からずっと一緒にいたじゃないですかぁぁぁ……」


メイビはひたすらサーラさんに頭を下げ続ける。ランク的にはサーラさんの方が上なのだろうか?他の仲間がどのランクなのかその辺を聞くの忘れてたな。食事ついでにみんなの情報も聞いておくか。


でも……どうしようかなぁ。ご馳走するのは良いけどあんまり家に入れて、色々見られるのは……あ、広場に運べば良いんじゃ。どうせならギルバードにも声を掛けて、仕事とか忙しくないかな?大丈夫かな?


「せっかくですからみんなで広場で食べますか?たくさん用意しておくので後ほど集合ってことでどうですか?」


「それは俺もお呼ばれして良いのかな?」


ザッと空気が変わるような感覚と共に今まさに頭に思い浮かべていた人が現れた。


「腕によりを掛けて頑張らせていただきます!!」


サーラさんが一際で微笑んでいたように見えたのは気のせいだろうか。

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