第23話 胸の奥に息づく想い

俺ってやっぱり天才かもしれない。


香ばしい香りの中で目が覚めると、焼きたてのパンが出来上がっているという幸せ生活の第一歩を自画自賛しながらベッドから歩み出した。


焼き上がった食パンを手でちぎるとフワッとした湯気と香ばしい香りともっちりふわふわとした感触。試作で作った時、ギルバードにもかなり好評でご満悦。


昨日リストが持っていきてくれたパンも不味くはなかったが、日持ちに重点をおいているせいか固めのパンだった。


「やっぱり柔らかいパンの方が馴染み深いよなぁ」


朝食のメニューはかなり充実している。

焼きたてふかふか食パンと昨夜のうちに仕込んでおいた腸詰してないソーセージもどき。野菜多めのスープ。そしてスクランブルエッグと香りの良い緑茶。

本当はコーヒーが良かったがそこは我慢。


それを二人分用意している。

なぜ二人分かって?それは昨夜ギルバードと朝食を一緒に食べる約束をしてしまったからだ。


用意できたものからアイテムボックスにしまって……着替えて身支度を整える。


なんで俺、あんな約束をしちゃったんだろう。

『ギルバードさんの為に朝食を作らせてください!!』


約束……俺から言い出した約束。

朝が弱いと言ったギルバード、ホームベーカリーの試作品を食べて、こんなパンを毎朝食べられたら幸せだねと微笑んだギルバード、そんな笑顔に俺はそんな申し出をしてしまっていた。


ギルバードの家の前でノックしようとして、ドキドキと体が固まってしまう。

あんな言葉を真に受けたのかと言われたらどうしよう。そもそも俺はなんでギルバードの朝食をいそいそと作っているんだ。


しばらく思案していると、ノックする前に扉が開かれてしまった。


「おはよう……カズキ君。ごめんねこんな格好で……」


朝が弱いと言っていた言葉通り、普段とは違うラフな格好に眠そうな顔で出迎えにきてくれたギルバードの姿に胸の辺りがうずうずして落ち着きがなくなる。


「おはようございます、すぐに準備をしますのでギルバードさんも朝の支度をしていてください」


「うん……ありがとね。カズキ君の家ほど綺麗じゃないけど……どうぞ……」


招かれて室内へ入ると……さすがギルドマスターの住居、俺の家よりかなり広めで調度品も高そうだ……が、物が乱雑に散らばっていたり、部屋の隅には埃が溜まっていたりする。


うずうずがさらに大きくなる。


とりあえずテーブル周りだけ片付け机を拭いてから、作ってきておいた朝食を並べていると、顔を洗ってきたギルバードが匂いに釣られたようにテーブルに近づいてきた。


「いい匂いだねぇ……パンは昨日食べさせてもらったけど、こうしてカズキ君の手料理を食べさせてもらうのは初めてだね、リストの話を聞いて羨ましいなぁとは思っていたんだ」


嬉しそうに笑うギルバードの髪には寝癖が……。


「ギルバードさん!!失礼します!!」


洗面台と思われる場所までギルバードを押し戻すと、椅子を運んできて座らせる。ブラシを手に取ると丁寧に丁寧に……ミルクティーのような柔らかい色の髪を解いていく……。


「カズキ君?「お召し物はこちらで良かったですか?」


籠に掛けられていた洋服に浄化の魔法を掛けつつ、ギルバードを着替えさせて身支度が済むとギルバードを席に座らせて一歩下がって背後からその姿を見守った。


「カズキ君……そんな侍従みたいに畏まってくれなくていいから、一緒に食べよう?」


「いえ……僕は……」


断る俺の手を引いて、向かいの椅子へと誘われる。


「一緒に食べた方が美味しいよ?お世話してくれるのも嬉しいけど、ギルドに加入したとは言っても主従関係を結んだわけじゃないんだから」


「僕は……僕はマスターのお世話ができることが嬉しいんです」


「ギルドマスターと言ってもそんな権力があるわけじゃ……」


ギルバードに掴まれた手で、ギルバードの手を強く握り返す。暖かな手を嬉しいと感じる。ギルバードの役に立ちたいと胸の内から何かが叫んでいる。


「僕はマスターの側にいられることが……幸せなんです」


マスター?ギルドマスター……何か引っ掛かりを感じる。

なんで俺は今こんなに幸せを感じているのか。

なんで俺は今こんなにギルバードへ対して愛情を感じているのか。

なんで俺は今……泣いているのか。


「カズキ君、泣き止んで?ありがとう。そう思ってくれることは嬉しいよ。とりあえず今は朝食を食べよう。せっかくカズキ君が作ってくれた料理が冷めてしまう」


困ったようなギルバードの表情に少し落ち込んでしまう。

俺が困らせてしまった。


「怒っているんじゃないよ……う〜ん」


涙が止まらない俺にますますギルバードは困ってしまい、その姿にまた涙が溢れてくる。俺の対処に困ったように抱きしめられて、その温もりに甘えるようにしがみついた。

ノックの音が遠くに聞こえ、ギルバードが動こうとする、離れようとする。


離れたくない。離れたくない……おいて行かないで。


「ひとりにしないでマスター……」


一人は平気、ずっと一人でやってきた。

味方なんていなかった。言われるままに一人でずっと魔導具を……魔導具を?一人で?


「カズキ!?どうしたんだ!?どこか痛むのか!?」


思考を切り裂くうるさいぐらいの声は……。


「リスト?なんでここに?」


ふっと我にかえり顔を上げると慌てた顔のリストがこちらを覗き込んでいた。

ギルバードに抱っこされたまま、必死にしがみついていたのに気がついて慌てて手を離した。


「す……すみません!!ギルバードさん!!」


「もう気持ちは落ち着いた?リストが匂いに釣られちゃったみたいでね。もしよければリストにも分けてあげていいかな?」


床へ降ろされて頭をポンポンと叩かれ、俺はコクリと頷いて返事をした。

先ほどのような裂かれそうな気持ちは幾分落ち着いている。


「おい、本当に大丈夫か?こんなに泣いて……」


よほど泣いていたのか、リストが袖で涙を拭ってくれる……が、その袖には土屋らの汚れが……。


「そんな汚い袖で人の顔拭くな……」


リストの顔を見上げ睨むと、一瞬キョトンとした後に破顔して大笑いを始めた。


「大丈夫そうだな!!変わらずの生意気さだ!!心配して損した!!」


何がおかしいのかわからないが楽しそうに笑う顔がムカつく。


「ギルバードさん、こんな失礼なやつに食べさせるものはありません。二人で静かに食事を済ませましょう」


「待ってください!!謝ります!!カズキ様はとても素直でいい人です!!」


騒ぐリストを無視して席に着くと、向かいの席からギルバードが安心したよな笑顔を向けてくれた。その笑顔にバツが悪いというか、恥ずかしくなってマゴマゴしているうちに俺の朝食はリストにかじられた。

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