第20話 冒険者デビュー

ジュウジュウと音を立てているのは月兎のチチリ草巻き。大葉に似た爽やかな香りがたっている。


「いやぁ、悪いな。朝から催促したみたいで」


「みたいじゃなくて、催促だろ」


焼き上がった肉を皿に盛り付け、席に着いて待っているリストの前にドンッと置いた。


優雅に朝食を楽しみながら、今日の予定を立てていた所に、朝から元気の良いノックと共に押しかけてきた男に肉を強請られた。


「このパンと交換って事だからな。今日は朝食の食材が少ないから交換を受け入れたが、毎朝押しかけて来ても無駄だからな」


毎朝やってこられたらたまったもんじゃない。


「わかってる、わかってるって。しかしすげぇ部屋の中綺麗だな!!俺の家とは別モンだ」


「俺はお前と違って綺麗好きなんだよ」


リストの持ち込んできたパンの真ん中を割って、肉を挟む……レタスやキャベツなんかの野菜があれば最高だったけど、これだけでも朝食感が増す。


「綺麗好きってレベルじゃあないけどな……」


「食べないならしまって俺の昼ご飯にするけど」


あまりジロジロ見られると良い気はしない。皿をしまおうとするとリストは慌てて俺の手から皿を取り上げた。


「食べるに決まってるだろ!!昨日だって本当はカズキにキングシャドーシャークの調理頼みたかったが、疲れてそうだったから我慢してたんだ!!」


……気を遣ってくれてたんだな。かなり夢中になって食べてたけど。


美味そうに角兎の大葉巻きを食べる姿に気持ちが和んでしまう。


「これから冒険者協会に行って依頼を受けてみようと思う」


「それが良いな!!早くランクが上がれば俺達と同じ依頼を行動出来るようになる!!全力でサポートするから大船に乗った気で行けば良いよ」


そういや依頼に着いてくるとか登録の時に言ってたな。胸をドンッと叩いてみせる姿は頼もしいが……。


「いやいやいや。Gランクの依頼にAランク冒険者を付き合わせるのおかしいだろ。自分でなんとかするから、お前はお前の依頼をやってろよ」


ーーーーーー


「こ……これがいま受注出来るGランクの依頼になります」


震える手で協会受付嬢の出してくれた紙の束を、俺も引きつった笑顔で受け取る。


「カズキ君、期日に間に合えば受ける依頼は一つじゃなくて良いから『ロモギ草の採取』と『ボアロフの討伐』と『コールゲンの肉の確保』『バチス村迄の荷物運び』を受けるのがお勧めかな」


……どうしてこうなった。


俺が見ている紙の束から、後ろから覆いかぶさるように覗き込んできたのは……ギルバードさん。 

Aランク冒険者を連れ回せないと断ったらSランク冒険者が着いてきたんだが?


「この4枚なら同じ地域で効率良く回れる。ランクアップには同じ系統の依頼だけじゃなくて幅広く経験を積むことが求められるからね」


「は……はい……」


言われるままに4枚の依頼書を受付嬢へ差し出した。

しつこいリストの同行を振り切りながら一人協会へ向かおうとしていると、ちょうど自宅から出てきたギルバードさんに「なら俺が着いて行こうかな」と言われ断れないままこんな事に……。


Sランク冒険者様がGランク冒険者のお供とか……昨日はリストの登場に目の色変えていた受付嬢様達も今日はそれを通り越して畏れられてるよ。


どうして俺、ギルバードさんの言葉は断れないんだろう!!


ーーーーーー


「協会からの依頼で派遣された者です」


依頼書を見せて身元を証明するのだが……依頼主であるお婆さんも驚きの目で後ろに立つギルバードさんに釘付けだ。


「いえ、その……買った物を家まで運んで貰うだけの依頼で……銅貨3枚だけで……」


しどろもどろになりながら手を合わせて拝みだすお婆さん。そりゃそうだよね、まさかそれだけの仕事にSランク冒険者が来るとは誰も想像しないよね。


「運ぶ荷物はこれですか?運ぶのはあくまで俺なので……気にしないでください」


大きな背負いかごと4つのパンパンに詰まった袋を持ち上げた。来る途中にマジックバッグを使うのは有りかと、ギルバードさんに確認したところ、やはり人前で使うのは避けたほうが無難との事、かさばるが重くはないので問題はない。


「うちの期待の新人なんですよ」


「あらあら、そうなんですねぇ。ドラゴンステーキさんに加入させて貰えるなんて凄いわ〜」


ギルバードさんがお婆さんの話し相手をしてくれているので俺は荷物運びをしつつ周りの風景を楽しむ余裕がある。


二人の後ろをついていきながら話をなんとなく聞いているとドラゴンステーキの世間の評判は悪くはなさそう……むしろ尊敬?畏怖?されている様な印象を受ける。初めは戸惑っていたお婆さんもずいぶんと打ち解けてきていた。


ギルバードさんもお婆さんが歩きやすいように段差とかがあるとそっとサポートしてるしな。


「噂はよく聞いていましたけど……近くで見ると本当にいい男ねぇ」


「ありがとうございます。ご婦人もとても素敵ですよ。幸せなご家庭を育まれてきた事が笑顔に表れています」


……お婆さんの目が恋する少女の様にも見えるのは気のせいだろう……恐るべし。


家でお茶をと引き止めるお婆さんをなんとか振り切ってバチス村からの帰り道は街道を離れて森の中へ進路を取った。

村へ向かいがてらこの森にロモギ草の群生地があるのはマップで確認済み。


「初めて来た土地で、よくここがロモギ草の採取ポイントだとわかったね」


「え……えっと……」


俺の後を何も言わずに着いてきてくれていたギルバードさんはふと立ち止まり訪ねてきた。


不思議そうでもこちらを探るでもなんでもない……ただ静かな笑顔で……。

それでもその笑顔には逆らえないなにかがある。誤魔化せない、嘘をつけない力。


「マップで……確認をしたので」


ブンっと左手にマップを作り出して見せる。


「マップ?う〜ん……リストからカズキ君が左手を見ていたとは聞いていたけれど、やはり俺にも何も見えないな。魔力が集まってるのはわかるんだけど」


そう言ってマップのある場所な手をかざすけれど、俺が拡大や縮小したりするようには触れないみたいだ、それどころか他の人には見えてもいないらしい。


「魔導具だけじゃなく、カズキ君にはまだまだ未知の力があるみたいだね。ギルドマスターとして君の力、全てを知っておきたいな」


命令ではない。

なのに……この人に全てを見せなければいけないと……そんな笑顔だった。

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