第13話 思ってたのと違う
「なななななっ……」
にこやかな王子様は俺を軽々と抱き上げると脱衣所へと歩き出した。
脱衣所?あ、俺裸!!濡れてる!!
そうだ、確かお風呂から上がろうとして……。
「もう大丈夫?」
脱衣所に降ろされて、大きな布に包まれ、体を拭かれる。その手はとても優しくて暖かい。
「あの……俺……」
「ああ、ごめんね。君、息をしてなかったからさ。人工呼吸」
唇に指を当ててニコッと微笑まれるが……にこやかにサラッと怖いこと言ったな!!
「俺は息をしてなかったんですか!?」
俺、死んでたって事!?もう何があってもペンダント外さな……あれ?いまペンダントしてないよね?この状況の原因にペンダントは関係ない?
「そうだよ。無理かなって駄目元だったけど上手くいって良かった。あ、言い忘れてたね。はじめましてカズキ君。ドラゴンステーキのギルマスを務めてるギルバードです。よろしく」
へぇ〜……ギルマスのギルバードさん。
ギルマス……ギルマス!?
ドラゴンステーキのギルド長!?
「あなたがリストが言ってたSランクの……」
想像してたのと違う!!
リストの尊敬する人でSランクの凄腕でドラゴンステーキなんてギルド名にしてて……絶対厳つい筋肉バキバキゴリゴリのおっさんだと思ってた!!何この優男、しかもなんか会話がぬけてるし。
「カズキ君の話はリストから聞いたよ。ご飯がとっても美味しいんだってね。所属ギルド決めてないなら、ぜひうちにきてほしいなぁ」
「いや、あの、そうですね……じゃなくて!!俺死にかけてた!?なんで!?」
「ん~君にわからない事は俺にもわからないなぁ。とりあえず服を着てそれからゆっくり話をしよう。俺は本部で待ってるね」
暖簾に腕押しとはこういう事かと思うような手応えのない返事で、踵を返してギルバードは脱衣所を出て行った。
「は?え?なに……」
全く状況が理解できない。
はっきりしているのは俺は息が止まっていて、あの人に助けられたって事?
急いで服を着て、追いかけようとした時……またぐらりと世界が揺れた。
まただ……なんで……。
床に倒れ込み、起き上がろうとしても力が出ない。這って助けを呼びに行こうとしても体が……動かな……。
「また?大丈夫?」
伸ばした手を誰かが握ってくれた。
握られた手から暖かいものが流れ込んでくる。これは……あの感覚に似ている。
ペンダントを付けた時、あの時の暖かくて生命力が身体中に染み渡っていくような……。
「ギルバード……さん……僕……なにが……」
かろうじてそう声にすると、体がふわりと浮かんだ。
「あっちでゆっくり休もうか」
抱えられて部屋を移動し、ソファーで抱っこされたまま体を委ねる。
なんとも恥ずかしい姿だが……今はこの心地良さから離れたくない。ギルバードさんと触れ合っている部分から暖かいものが流れ込んでくるのを感じる。
「落ち着いてきたかな?今までは平気だったんだよね?何か変えた事はある?こんな状況になった事に身に覚えはあるかな?」
「変えた事……ペンダント……外した」
「ペンダントか……それは何処に?」
アイテムボックスからペンダントを取り出すとギルバードへと手渡した。
あれ?なんで俺……素直に渡してるんだろ?
「なるほどね……もう2度とこれは外さないほうが良いと思うよ」
ギルバードはペンダントを手に取ると見定める様に見つめてから、俺の首へとチェーンをつけてくれた。
「はい……」
逆らえない、その事に疑問も湧かない。
ただギルバードの言ったことに従うだけ……初めてあったばかりの男なのに。
「カズキ君、俺はリストの事はとても信頼しててね。彼があれほど褒めちぎる人間はそうはいない。それだけでも十分加入してほしい理由になるけど……」
ギルバードさんはペンダントに人差し指でトンッと触れた。緑色だった炎が青く変色していく。
「あんな姿を見てしまったら、心配かな?落ち着くまででも側に居てくれると安心なんだけど……脱退するのにも規約とかないからさ」
「ありがとうございます」
「じゃあ冒険者登録済んだら、うちに加入してくれるかな?カズキ君の為の家も用意して待ってるよ」
「はい、お役に立てる様に僕も頑張ります」
彼の言葉はけして命令ではない。なのに……何故か自分の意思が霧散する。彼の言葉は絶対。彼の望むままに……。
「うん、もう大丈夫そうだ。歩けるよね?きっとリストが不安で部屋の中を歩き回っているよ。早く戻ってやらないとね」
「はい」
膝の上から降ろされ自分の足で立つが、先ほどの様な目眩はもう起きない。
前を歩き始めたギルバードの背中を追って後について歩く。けして強い気配というわけではない。むしろリストの方が強そうにさえ思う。人徳?人徳だけでSランクになれるほど冒険者というのは甘い世界なのだろうか?
そういえばギルバードは魔導具を持っていると言っていた……よほど強力な魔導具なのかもしれない。
「リストお待たせ。カズキ君にも来てもらったよ、これからの事を3人で話し合おうか」
ギルバードが扉を開けた瞬間、部屋の中を落ち着きなく右往左往していたリストがピタリと動きを止めてこちら見て嬉しそうに尻尾を振った……様な幻覚が見える。
「はい!!じゃあまず我がギルドのアピールポイントを……」
「それはもう海の上で十分聞いた。とりあえず俺は冒険者登録してくる。それからギルドへの加入手続きさせてもらうよ」
意気込むリストを手のひらで制す。
ギルバードさんからも誘われたし、加入の意思はもうギルバードさんへ伝えてあるので却下される事はないはずだ。
「そうだね、まずは登録してしまうのが良いかな」
「え……あ……もうそこまで、では俺が冒険者協会まで案内してきます!!」
一瞬、呆けた顔をし見せたリストだが、すぐにビシッと背中をただすとドヤ顔で任せてくださいとドンっと胸を叩いてみせた。こういうところがAランクで憧れられる存在だろうに、ちょっと俺が舐めて見てしまう原因だ。
「じゃあそっちはリストに全てお任せしようかな」
ギルバードはそう言って部屋の奥の金庫から一つ小袋を取り出してリストへ投げた。ジャラリと音がしてリストの手に収まった袋の中身はおそらく金だろう。
「カズキ君の加入祝い、登録料とそれで装備を見繕ってあげてね。それとリストの生還祝いも……いろいろ無くしてきたでしょ?揃えておいで」
「そんな俺の分までっ!!俺は最後まで任務を遂行できなかったのに……」
悔しそうに歯を食いしばる姿に、ギルバートは笑顔で肩を叩いた。
「キングシャドーシャークを倒せたのはリストの捨て身攻撃のおかげだと二人から聞いているよ。今夜は二人の為にキングシャドーシャークを焼こう、戻ってくるまでにカズキ君用の家の掃除もしておくね」
にこやかな笑顔で部屋から送り出され、廊下でリストと顔を見合わせる。
「なんというか……隙のない人だね」
いや、ぱっと見は隙だらけで貫禄とか威圧感とかはないんだけど、纏う空気というか雰囲気が……。実際戦ったところを見ていないからわからないけど、よほどリストの方が強そうに見える。
「そうなんだよ……なぁんか敵わないんだよな。さて、まずは冒険者協会に登録しに行こう」
「登録か、そういえば俺、身分を証明できるものなんて持ってないな、大丈夫か?」
「ああ。そこは大丈夫、大丈夫」
俺なんて文字の読み書きできなくてもなれたからとカラカラ笑うリストの横を歩く。
ん〜……普通だよな。普通に俺だよな。
そうだよな……なんでさっきは……。
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