第11話 ギルドマスター降臨

「ようこそ、フルジラールへ!!」


数百キロあったはずの海路をいくら俺のホバー機能の補助があったとはいえ、1日で渡りきりやがった男は疲れも見せず、にこやかに自分の住む街を紹介してくれた。


見覚えがあると言っていた入り江に筏を接岸させるや否や走り出した元気すぎる男は数キロ走った後に大きな門の前でやっと止まってくれたのだ。

外の世界をのんびり見て回りたいというのは、そんなに難しい願望だったかと疑問に思うほど落ち着いた時間がない。


門番とリストが何やら話をしているのを聞くとも無しに聞きながら城壁の奥の街に目を向ける。王宮の窓から眺めていた城下町よりは小さそうだが、それでも建物が立ち並び賑わいを見せている。

チャリンという音に視線だけリスト達に戻す。どうやら門番に払うだろう『通行料』とやらを出してくれたみたいだ。


「ありがと……」


「俺たちの拠点まで無事に届けるのが約束だからな」


門番との話を終えたリストは俺の頭の上にぽんっと手を置くとぐるっと視線を街の奥へ向けた。


「俺たちのギルドに所属するしないはさておき、冒険者登録はしておくか?登録料はかかるが街道の通行料無料になるし、家族の情報を得るためにも世界を旅してる冒険者と繋がりを持つのは悪いことじゃないと思うからな」


「登録より加入申請より……いまは宿屋で眠りたい」


体力的な問題ではなく、精神的に疲れた。揺れない床で休みたい。


「そうか、俺も報告しておきたいし先に拠点に向かおうか」


「え、いや、いきなり拠点とか……そうじゃなくて一人でゆっくり休みたいよ」


難色を示す俺にリストは「大丈夫、大丈夫」と笑う。

本当に今は誰かに気を遣うことなく静かにいろいろ考えたいんだが。                            


------


なんだここ……。


「ドラゴンステーキは貧乏ギルドだって聞いたんだけど……」


「ああ、Sランクの冒険者が立ち上げたギルドの中ではかなり貧乏してるよ」


都会の真ん中にポッカリ空いた緑のオアシス。都会の中の大きな公園。そんなイメージ、グランピング場のように小さな戸建が立ち並ぶ中から一つの家のドアを開けると、リストは俺を押し込んだ。


「ここは俺の家だから自由にしててくれ、俺はギルド長に話だけ通しとく。突き当たりが寝室、右が風呂とトイレ、左側がキッチンと倉庫な」


あいつ家持ちなんだ。

簡単に説明をされた通り一人暮らしには十分な機能が揃っている。

ただし……トイレは汲み取り式っぽいし、風呂も自分で水を張って火を起こして沸かせるタイプ。飲料だって水瓶で……これいつの水だ?


好きにしていいと言っていたし、風呂に入らせてもらおうかな。浄化魔法でいつでも清潔ではあるのだが、それとは別にお風呂に浸かりたい。


「この前の水筒と同じような感じで良いよな」


お湯の出る魔導具を作り湯を浴槽へ溜めながら脱衣所で服を脱ぐと、正直意識から抜けていたペンダントが目に止まった。


「あれ?炎の色ってこんな緑色だったっけ?」


記憶ではオレンジがかった赤だった気がするんだが?

まぁいいか、肌身離さずという言葉が頭に引っかかったが、装飾品つけたまま風呂というのもと気が引けてアイテムボックスへとペンダントをしまった。


「はぁぁぁ……最高……」


冒険者たちの体のサイズに合わせた浴槽は一人用ながら十分に広々している。足を伸ばしてゆっくり入れるということは良いことだ……ただ、保温性はないかな。


「少し追い焚きするか……」


指先に小さな炎を宿すとゆっくりとお湯の中へ沈める、ゆっくりと周りのお湯を温めていってくれる消えない炎。こんなのできちゃうとか、俺やっぱりこの世界ではすごいのかもな……ずっと一緒にいたらいずれバレるかもだけど、ギルドメンバーに個人の家を与えてもらえるのならバレる恐れは大分低くなるんじゃないかな。


まだギルドメンバーと顔合わせしてなくて、実際どんな雰囲気なのかとか全然わからないから加入するかどうかはそれからだけど……。


くらっと眩暈がした。

そんなに長湯をしただろうか?疲れていたからかな。

もう上がった方がいいだろうと立ち上がり……目の前が一瞬真っ暗になり、浴槽の中へ倒れ込んだ。


何……なんだこれ……力が……入らない……。


魔力切れ?いや、そんなに大きな魔力は……あ、ペンダント。

思い当たる原因は『ペンダントを外した事』ぐらいだ。

アイテムボックスへ手を伸ばすがいつも掴めるはずのそれは空をきる。


「まほ……使えない……俺……死……ぬ?」


浴槽の縁にもたれたまま出口へ手を伸ばす。


誰か……誰か助けて………………


◇◇◇◇◇◇


『––––はとてもいい子だ。––––、俺の––になって、俺の代わりに––––––』


誰?

わからない

でも

とても懐かしい


待って

いかないで

置いていかないで




僕をひとりにしないで……


◇◇◇◇◇◇


暖かいものが入ってくる。

ゆっくり口から喉を通って……身体中に……広がる、暖かいもの……

もっと、もっと欲しい……。


大きく息を吸い込むと、ぼんやりと視界が戻ってきた。

「っ!?」

一瞬何事か理解できなかったが、目の前には知らない男の顔があり、口に……唇には柔らかく暖かな感触……ふぅぅぅと息を押し込まれるのと同時に先ほど感じた暖かいものが体に染み渡っていく。


あまりの事に硬直していたが、スッと顔を離した男と目があった。


「ああ、気がついた?」


首を傾けるとサラリと淡いベージュの髪が流れ、長めの前髪の隙間、眼鏡の奥の甘いべっこう飴のような金色の瞳が嬉しそうに細められた。


誰?

誰、この王子様!?

そして俺なんでキスされてた!?

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