第9話 いざ海へ……その前に
昨日はリストの提案通り、航海へ向けて食料を集めに1日を費やした。
まだ小型の魔物しか解体できない、解体しているところは見られたくないと伝えるとリストは素直にそれに従ってくれた。
本当に馬鹿正直な男で助かる。まあ、そういう男でなければさっさと『さよなら』していただけの話だが。
幾らかの果物と香草、朧げな記憶だけで作った燻製肉。
あと、もしもの時の為にこっそり自分で狩った魔物の生肉をアイテムボックスにしまってある。こちらは時間経過なしだから生肉だって安心だ。
準備万端整えて、リストが意気揚々と筏を海に浮かべているが……本当にこの筏でこの海を渡る気でいるのだろうか?
丸太を蔓で組んだだけの丸太船。リストの馬鹿力で結んであるから普通にはバラけることはないだろうが……俺は知っている。
MAP機能でなんと波の動きまで読めました。島の近くは穏やかな波なのだが、数キロ進むと豹変する。まるでこの島からの脱出を邪魔するように荒れた波が全てこの島に向いているのだ。
この筏では壊れなくとも、前に進むのすら困難ではなかろうか?
帆をつけて、風魔法で無理やり進めても良いけれど、この筏では船体が風に負けそうだ。
「リスト、大変……この香草が思ったより少ない。味の要になるのに……」
大葉みたいなチチリ草という草。これは島の奥の方まで進まないと見つけるのは難しい。
「そうか……生きるため食えるだけで幸せというものだが、味が良ければさらに幸せ……少し待っていてくれ」
さすが『ドラゴンステーキ』などと冠にしているだけある。何の疑問も持たずにチチリ草を持って森へ走っていったよ。
扱いやすくて良いな。素直な事は良い事だ。
さてと……筏の強化計画だが、出来れば改造した事はバレたくないので極力見た目は変わらないようにしたい。
まず丸太の歪みを減らして隙間無くし……中をくり抜き石で補強しながら空洞を作る。んで、風の魔石で常に空気を送り込みながら空気孔から噴出させ進むホバー船。しかし見た目はどこからどう見ても丸太を括り付けただけの筏だ。
本当はなんか揺れとか軽減したかったけど、そこまでするとさすがにバレるだろう。
「待たせた!!」
改造も終わったところで、ちょうど良いタイミングでリストも戻ってきた……が、その手には大量のチチリ草。
ダメダメな冒険者かと思ったが実はかなり有能なのだろうか?
「これは大量ですね……暫くチチリ草には困らなくて済みそうです」
船旅の途中で冒険者のシステムとかも聞いてみよう。
−−−−−−
「おぇぇぇぇ………」
申し訳無いとは思いつつも胃の内容物を全て海へと還している。
揺れるなんてもんじゃねぇぞ……ずっとジェットコースターに乗ってる気分だ。
身体強化されているはずの身体でも落とされないようにするのに必死……バレても良いから揺れないようにしておけば良かった。
「大丈夫か?無理するな……とは言えないけど、この海域を抜けるまでの我慢だ」
なんでこの男はピンピンしてんだよ。風の力で何とか波に逆らって進めてるけど……こいつ本気でオール一本でこの荒れ狂う波を抜けようと思ってたのか?
「なんでそんなに元気なの……」
ぐったりとしながら身体固定用の蔓に捕まる俺の横で、リストは意気揚々とオールを漕いでいる。
「鍛え方と慣れだな!!」
なんか海の魔物と交戦中に海へ落ちたらしいが……もしかしてその時もこんな筏で立ち向かったのか?強化してこれならただの筏なんて木っ端微塵だわ。やっぱりダメダメ冒険者だな。
背に腹は代えられない、リストが波との応戦に気を取られている隙に、こっそり石を握ると風の魔力を思い切り込めた。
「ごめん……限界……」
「え……?それは魔石?それをどうする気だ?」
俺にとって魔石は魔導具の材料だが、一般に魔石といえば魔法の威力を増幅させる為にあると王宮で教えてもらった。
「リスト、しっかり掴まってて……エアーキャノン!!」
筏の船尾に手を当てて、魔法の名前なんて知らないから適当に魔法ぽく言ってみた。
想像した通り空気砲の如く手のひらから放出された風が、筏ごと俺達を空へと舞い上げた。
「カズキは魔法も使えるのか!!ますます欲しいぃぃぃっ!!」
不穏な台詞を大声で叫ぶのはやめていただきたい。
その後は俺達を乗せた筏は風に乗り……穏やかな海域に辿り着けたところで、着水。
「一か八かの賭けでしたが、上手くいったよ」
大丈夫だったかとリストの様子を確認するが、その瞳はキラキラと輝いており……これはまずい。早々に話題を逸らさなくては……。
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