第8話 星空の下でディナーを
マジックバッグは代々使ってきたものを成人を迎えた時に授かった物。塩と香辛料と包丁はもしもの時の為にマジックバッグに入れている物だと説明してなんとか納得してもらえたが、俺が成人済みだということにひどく驚いていた。
いくらリストより背が低かろうが、王宮の人間たちと比べても驚くほど低くはなかったし、顔を見れば子供かどうかぐらいわかるだろうが。
いちいちリストが騒ぐので、周囲はすっかり暗くなってしまった。
パチパチと小さく爆ぜる焚き火の周りで角兎の串焼きをぐるぐる回しながら焼いていく……オレンジ色の灯りに照らされたリストは今にも食いつきそうな目だが、それでもお行儀よく待てている。
「ほら、焼けましたよ」
【鑑定】で見える『レア』『ミディアム』『ウェルダン』のバーでミディアムとウェルダンの間に矢印が差し掛かったところで、角兎の串焼きをリストへと渡す。流石に魔物肉をレアで食べるのは怖いので強めに焼く。
自分用にも焼けた肉を選んで、じっとリストの様子を盗み見た。
「ああ、良い香りだ……これは食欲を唆る」
リストはごくりと唾を飲み込みながら、焼けた肉の香りを大きく吸い込んだ。そして大きな口を開けるとワイルドに肉へと齧り付いた。力強く噛み締めて……
「美味いっ!!」
ニカっと気持ち良くなるぐらいの笑顔を向けられてホッと胸を撫で下ろす。良かった、毒ではなさそうだ。
「こんな美味い串焼きは街でもそうそう食べられないよ。全く臭みを感じないし、角兎の肉がこんなに柔らかく脂が甘いとは……鼻を抜けるこの香りとピリッとした刺激のあるこの香辛料のおかげで食欲を刺激されていくらでも食べられそうだ!!」
「ありがとうございます」
リストの食レポを一通り聞いてから俺も角兎の串焼きへ齧り付いた。
リストの言うように柔らかく、塩胡椒も利いていて久々に美味しいと感じる飯だった。
ああ、幸せ……充足感に天を仰ぐと真っ暗な闇の空にキラキラと小さな星々の光が瞬いていた。どこまでもどこまでも続く星空。
開放感、解放感……俺はこの先この広い空の下をどこへだって、どこまでだって走っていけるんだという事がしみじみと心に染みて、喜びが湧き起こる。
誰かの為じゃなく、誰かに認められる為じゃなく……自分の為に……。
「カズキ……厚かましいとは思うのだが……」
感慨に耽っていたのにリストに現実に呼び戻された。おずおずと上目遣いでこちらと焼き途中の串焼きとを見比べている。
「リストの体格では串焼き一本じゃ足りないでしょ?俺はそんなにお腹空いてないから好きなだけどうぞ」
男の上目遣いなんて……と思うが、なんか実家で買っていた犬みたいで、ちょっと可愛く思えてきたぞ。許可を得た
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寝床は組み終わった筏の上に落ち葉を敷いた場所を案内されたので、先ほど回収した角兎の皮を落ち葉の上に敷いあた。解体くん1号のおかげで、すぐにでも使える状態にはなっているのだが……ちょっと小さかったかな。
「俺は野宿には慣れてるから、カズキが使ってくれ。というかカズキの物だしな」
申し訳ないと思いつつ、お言葉に甘えて柔らかい毛皮の上に横になった。さすが俺の解体くん1号。臭いなんて全くないし、肌触りも一級品。
「カズキ……明日は携帯できる食料を確保して、明後日には筏でこの島から脱出しようと思う」
「そっか……」
俺は別に脱出しなくてもいいんだけど、ここで暮らすからと言ってもリストは納得しないだろうな。この島でもやっていく自信はあるが、目立ちたくなくて嘘をついた事を後悔するが、なんとかリストから離れる良い方法はないだろうか?
明日、食料の採取中にそっと離れて行方をくらますか?いや、この正義感の塊は見つかるまで俺を探し続けそうだ。
航海中に筏から転落してみる?いや、きっとこの男も海に飛び込んでくるな。う〜ん……どうしたものか。
「カズキ、もしこの島から抜け出せたとして、この先お前はどうするんだ?残酷な事を言うかもしれないが、ご家族はもしかしたら……」
本気で俺の事を心配してくれている瞳に、嘘をついた後ろめたさで胸がズキズキと痛む。ごめん、この世界に俺の家族なんていないんだ。とうの昔に家族と別れた悲しみは乗り越えている。
「わかってる……これから先のことは、ここから抜け出せてから……それからゆっくり考えることにするよ」
とにかくこの男を無事に拠点に送り届けてから、どうするかを決めよう。
「もし……カズキさえ良ければ……」
大きく硬い手が伸びてきて、ぎゅっと手を握られる。
真っ直ぐにこちらを見ている真っ直ぐな瞳。
え!?なに!?なにこれ!?もしかして……この世界に来て初めての恋愛イベント!?男だよ!?リストは見まごうことなく男だよ!?
「俺と一緒に……」
ドキドキというかハラハラというのか混乱して、頭の中はプチパニック。
「俺たちのギルドに加入してくれないか?」
恋愛イベントではなく、普通にギルドへの勧誘だった。
紛らわしい事しやがって……。
「カズキの解体技術、調理技術、マジックバッグに水の魔導具……全てが俺たちのギルドが必要としていたものなんだ!!」
自分の言葉に興奮してきたのか、俺の手を握る手に力が籠もる。これ俺だから平気だけど普通の人だったら骨折れてるぞ。
「俺たちのギルド『ドラゴンステーキ』はこの世の全ての魔物肉を食し
そして……いつの日か幻と言われているドラゴンを探し出し、討伐し、その肉をステーキにして食べることを夢に活動してるんだ!!」
なんかの比喩とかそう言うんじゃなく、どストレートなギルド名だった。
その後も延々とドラゴンステーキへの憧れとこれまでの冒険譚を語るリスト……まあ、わからないでもない。魔物なんて存在しない世界で生きてきた俺でも憧れるもんな、ドラゴンステーキ。
「ギルド長は強くとても面倒見のいい優しい人だ。ギルドメンバーもみんな気さくだし、きっとカズキも気に入ってくれると思う!!」
あ、リストがギルド長なわけじゃないのか。リストは騙されやすそうだが……それでもこれだけ信用してるなら、きっと悪い人ではないのだろう。
「そうだね。それも視野に入れて、考えてみるよ」
「ありがとうカズキ!!」
ぎゅううぅぅぅぅぅっ!!と感極まれりのリストに抱きしめられた。恋愛イベントでないことはわかって、安心はしているが男に抱きしめられて喜ぶ趣味はないぞ。
「……あくまで候補の一つだよ」
「ああ、でもきっとうちのギルド長に会えば気持ちは固まるよ。何よりあの人は狙った獲物は逃さない」
にこりと笑ったリストの笑顔は、食事中に見せた笑顔とは違い、背筋がゾワリと震える笑顔だった。
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