第5話 残念イケメン

なぜこのタイミングでこの魔導具を作ったかというと……


俺は倒れたままのイケメンの手に装備されていた盾をそっと外すと、代わりに水筒の魔導具を握らせた。海水をしこたま飲んで、塩分過多で喉が渇いているだろうと勝手に決めた。水筒というか水袋だけど。


追い剥ぎじゃないよ。ちゃんと対価は置いていくもん。

男の盾とこの魔導具との価値が釣り合うかはわからないけど、足りない分は命を助けたという事で相殺してほしい。


割と大きめな盾、これなら鍋とフライパンと包丁まで作れるかもしれない。


勝手に物々交換した盾をアイテムボックスにしまおうとした手を突然掴まれ……アメジストの瞳がじっとこちらの動きを見ていた。


「君が……助け……くれたのか?」


途切れ途切れの掠れ声、盗み……強制取引を咎められるのかと思ったが、こちらを警戒していた目が柔らかく細められた。あと数時間は目を覚さないだろうという程度に回復を調整したつもりだったが、冒険者と呼ばれる人間の体力を舐めていたのかもしれない。元気とは程遠いが、その瞳には力強い光が宿っていた。


「あの……これは……」


目覚めていなければ漂流中になくなったとでも思ってもらえたかもしれないが、見られてしまってはこの盾を勝手に持っていくわけにはいかなくなってしまった。


「んん?これは……?」


男は自分の手に握られていた魔導具に気がついたのか不思議そうにそれを自分の顔近くまで持っていく。流石にまだ体を動かすだけの力はないようだ。今がチャンスではなかろうか?


「飲み水を出す魔導具です。勝手とは思うのですがこの盾と交換してはいただけないでしょうか?」


どうだろうか……俺の見立てではこの盾の素材はただの鉄。これが魔鉄やそれこそミスリルならとても交換条件としてかなり狂ってしまうが鉄の量産品ならよほどの思い出がこもってなければ魔導具の方が価値は上のはず……魔石を4つも使ってるしな。


「は?魔導具?」


男の目が大きく見開かれる。なんて感情表現の豊かな目だろうか。やはり駄目だったろうか……助けずに身包み剥げば良かった、最悪いまこれを持ち逃げしても追い付かれる事はないだろう、などと良からぬ考えが脳裏を掠めたのを表情に出さないように努めて無表情に徹した。


「失礼、これはどうやって使えば?」


「ここの飲み口に直接口をつけて吸ってもらうか、全体をギュッと握ってもらえれば水が出ます」


ちなみに直接口をつけても浄化の魔石のおかげで綺麗になるから間接キスなんてならないぞ。


自分の職人としての気配りに満足しながら頷いている前で男は横たわったまま説明した通りに口をつけて水を飲み始めた。


ゴクゴクゴクゴクゴクゴク……

ゴクゴクゴクゴク……


いや、長くないか!?

いくら喉が渇いていたからとはいえ、溺れるんじゃないかという勢いで水を飲み続けている。


「ぷはっ……はぁ……どれだけ飲んでも水が無くならない。本当になのか!?」


まだ動けないだろうと思っていた体を飛び起こして男は水筒を震える手で大事そうに包み込んだ。


喉が渇いていたんじゃなくて、魔導具かどうかを疑っていたのか。水筒の魔導具は作ってなかったけど、水道の魔導具なら嫌というほど、この世界の全家庭に普及させるつもりなんじゃってレベルで作り続けさせられていたものの一つ。水を出し続ける魔導具は特段珍しいものではないはずだ。魔導具の相場を俺は知らないけれど、あれだけ大量に作ってきたんだ飽和状態で珍しくもなく、値も落ちているはずだ、何をそんなに慌てる必要があるのか?


「それで、この盾と交換してもらえるんですか?」


使用したんだから買い取れよ?と念じながら男を見ていると、男は剣、防具、果ては服まで脱いで下着一枚に……何故?イケメンだが残念な奴か?


パンツ一丁の男が俺に向けて土下座をしている……これはどういう状況か?


「とてもとても俺の装備なんかで釣り合う物ではないですが!!どうかこの魔導具を譲ってください!!拠点に戻ることが出来たら全財産差し上げても!!」


「?????」


魔導具とはいえ、ただの水筒だぞ?生活雑貨じゃないか、それに全財産だと?


「いや……この盾だけで……剣を手放し裸一貫でどうやって拠点に帰るんですか?とりあえず服だけでも着てください」


頭を激しく横に振って魔導具を握りしめる男。その姿に、王宮で聞いていた貴族たちの話と平民との暮らしとでは、魔導具に対しての認識にかなり差があるのかもしれないと、初めて知ることとなった野田。

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