第4話 砂浜散歩

足どり軽くし過ぎたか……。

もう少し散策をしながらと思っていたけれど、あっという間に海へたどり着いてしまった。


もう少しこちらの外の世界をゆっくり堪能してみようと思ったんだけどな……時間はたっぷりあって焦るもんでも無いから、今はこの世界の海を堪能してみようか。


少し歩きづらい砂浜を波打ち際まで近づいてみると、懐かしい潮の匂いに包まれる。引いては寄せて、寄せては引いての波の音……こういうところは地球と変わりないんだな。


ぱっと見た限りでは貝とか小魚は見当たらない。目を……眼をこらして見たら多分気配を追えるのだろうが今はそこまでする気にはなれなかった。頭が別の事へ向いていたからだ。


潮……塩こそ魔導具の出番じゃないか?


この大量の塩水、ここから塩を得ようとするとおそらく膨大な手間がかかるだろう。敵に塩を送るという言葉があるほど、生きていくのに塩は欠かせない物なんだろうからな。体のメカニズムは知らないが、食事だって塩があればなんとか食える物になるような気がするし。


海水を取り込んで水と塩に分ける……えっと、塩を作るには水を蒸発させていけば良いんだっけ?

大まかな構造と素材を考えつつ、頭の中で出来上がりを思い描く……塩が出来たら保管しておく容器も必要だな。ガラス瓶とか……何かのゲームで砂からガラスを作ってたっけ?いけるかな?


製作に使用する予定の物は砂と石。

主な部分はガラス製で石で浄化、火、風の魔石を作り出す。個人で使用する程度の物が作れたら良いから小さめの簡易的な物で……素材に想像と魔力を流し込むと用意していた素材が光を発し形を変えていく。


そうそう……上から海水を流し込む箇所と水と塩を分解する箇所と塩を溜める箇所の簡単な3段階。

想像した形にグニャグニャと素材が混ざったり分離したりを繰り返し姿を変え、想像する仕上がりへと近づき……一層眩い光と共に、目の前には想像した通りの物が浮かんでいた。


パッと見は太めの漏斗。

上の広がった部分に蓋代わりに被せてあるグラスで海水を掬って入れると、真ん中の部分で浄化や火や風の魔石の力でなんやかんやして……下には塩だけが落ちてきてセットしてある小瓶に溜まるという極々シンプルな物だ。


「成功かな?」


恐る恐る試しに海水を流し入れるとちゃんと下の瓶に白い小さな顆粒が溜まっていく。

指先に少しとって舐めてみると記憶の中にある塩と寸分の違いもない、ちゃんと成功している。


「難しい理屈なんてわからなくても欲しい物が出来上がるのがこの能力のすごいところだよな」


自分の作品を持ち上げ見上げてみると、ガラスが太陽の光を浴びてきらりと輝いた。


王宮に箱詰めされていた時は新しい物を作る事よりも既存の魔導具の複製を延々とやり続けていたので、こうして一から自分で考えて作るのは同じ魔導具作りでも少しワクワクしているのに気がついた。


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砂浜を海に沿って歩いて、幾つかのお散歩の成果がアイテムボックスに溜まった。貝殻や打ち上げられていた海藻、流れ着いていた小汚い瓶とか武具の残骸?皮やら布のボロボロの切れ端などが主。魚影を見かけた時にアイテムボックスに入るように念じてみたり、生きている貝を見つけて入れようと思ったが、どうやら生きている物を入れる事はできないと発見があった。


「食料を確保するには獲物はしっかり仕留めてからって事になるのかな」


そんなわけで今現在、手持ちに食料となり得るものは海藻ぐらいなもの。森の中へ戻れば果物なんかは手に入るかもしれないけれど、空腹を感じているわけではないので焦りはまだなかった。


「剣とか落ちてたら鍋とか作れるんだけどな……」


落ちていた布片たちを集めて新たな布を作ろうとしたけれど、それは上手くいかなかず、浄化の魔力を流し込みながら『どんなに拭いても汚れないタオル』を想像しながら作ると成功したことから【錬金】的な事はできず、あくまで【魔導具】である必要があるらしいともわかった。


鍋を作るならどんな【魔導具】にするか……ずっと中身が冷めない鍋とかどうだろうかと思ったが、冷めていく段階で味が染みると聞いたことがあるので煮込み料理に向かなくなってしまう。

単純に火がなくても加熱できるとかどうかな?火属性の魔石を底に埋め込めば簡単にできそうだ。


流石に金属は重くて漂流物の中にはなさそうだな。砂を使ってガラスにできたから鉄とかなんやらの鉱物が含まれた石を使えばやれないことはなさそうだけど、それを見定める目は俺にはない。いちいち【鑑定】で探していくのも気が遠くなる話だし、金属装備の漂流物発見が一番手っ取り早いと思う。


拾った木の枝で地面を突いたり、軽く掘ったりしながら砂浜をさらに進んでいくとは落ちていた。変わったところとか違和感とかそんな物は感じさせずに、普通にそこに落ちていた。


「生きてる……のかな?」


恐る恐る棒で突いてみても反応はないが、僅かに肩が上下している。

死体かと思ったけれど辛うじて生きてはいるようだ。目覚めて初めて会う人間がこんな出会いとは。


俺を追ってきた王宮の兵士……とかではないよな?

これでよく沈まずに陸へ辿り着けたもんだと思う装備をよく確認してみたが王宮の兵士たちとは違うものの様でひとまず安堵の息をつく。


できる事なら人と関わりたくないが見殺しに出来るほど心は強くないので、生命に関わらない程度に回復魔法を掛けて【鑑定】で確認してみる。実は盗賊とかで目覚めていきなり殺される可能性もあるからここは慎重に……。


【リスト】

■冒険者ギルド『ドラゴンステーキ』所属

■キングシャドーシャークと交戦中に船外に転落。瀕死状態でラクドリアの浜へ流れ着く。


『ドラゴンステーキ』?ふざけたギルド名だが、ロマンを感じる。欲しい情報が優先して表示されるようで、その後には年齢や性別、身長体重や異世界物っぽいステータスが細かく表示されている。


「リストのリスト……」


ボソリと口に出してから妙に恥ずかしくなって、誤魔化すようにうつ伏せに倒れ、体半分を海に浸けたままの男の体を海から引っ張り上げて浄化を試みた。


目を閉じていてもイケメンとわかる風貌に少し妬みを持ちつつ、優しい俺はアイテムボックスから皮のあまりと石と木を取り出した。


大きくある必要はない。手のひらに乗るサイズの水袋を想像……中には水の魔力を込めた魔石と浄化の魔力、氷、火の魔力を込めた魔石を入れて木で飲み口……。

魔導具の完成形を思い描きながら魔力を流し続けるとハンディサイズの水袋が完成した。


「飲んでも飲んでも水が出てくる水袋の完成。尚且つ浄化の力で衛生的で多少の温度管理機能付き」


暑い地域では冷たい水を、寒い地域では暖かい白湯を……我ながら完璧な心遣いだ。

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