第6話

 えーと、川西仁です。

 今、ちょっと落ち込んでるので元気がないです。そこは、許してね。


 私は、なんで誘いを断ったんだろう?

 トキシックと仁くんに結ばれてほしかったから?


 ――違う。


 だって、そうだったらまた別の方法がある。

 じゃあ、私は……。


 私は、仁くんのことが好きじゃないの?


 いや、そんなことない。

 こんなの、ただの気の迷いだから。

 気にする必要はないの。

 だって、ほら。

 仁くんからまたLINEが来てる。

[7/27が無理なら、その次の日は?その日なら、祭はやってるよ]

 神様は、私にチャンスをくれた。

 もう一度、やり直すチャンスを。

[うん、その日なら空いてるよ]

 その文字を打って、送信ボタンを押……そうとした、その時。

 脳裏に、トキシックの言葉がよみがえる。

 ――トキシックなんて、いいの。大丈夫、だから。

 私は、自分に言い聞かせるようにして心の中でつぶやいた。

 深呼吸をして、送信ボタンを押した。


 ――七月二十八日。

 私は、紺色の浴衣を着て駅へと向かう。

 駅が、仁くんとの待ち合わせ場所だ。

「あ、仁くん!」

 仁くんに向かって手を振る。

 すると、向こうも手を振り返して私の方に駆け寄った。

「仁ちゃん、浴衣着てきたんだね。かわいい」

「えっ?」

 今、かわいいって言ってくれた。

 思わず、顔が熱くなる。

 私の顔を見て、ようやく気付いたというかのように仁くんも顔を赤らめた。

「……あ、あはは、似合ってるでしょ。お母さんに着せてもらった」

 この場をどうにかして切り抜けようと、急かすようにして話す。

「あ、ほら、電車来たよ」

 電車の中に入ると、かなりの人が乗っていることに気づいた。昨日は、もっと混んでたんだろうな、と思う。

 私たちは、肩を寄せ合うようにして座る。

 ――満員電車よ、ありがとう。仁くんと物理的な距離を縮めることができました。

「混んでるね」

「そうだね。やっぱり、祭の直前だからかな?」

「そうかもね」

 そして、会話が終わる。

 ――ああ、駄目だ!何か話題を見つけないと!というか、この状況が恥ずかしすぎて正常な判断ができない!

 仁くんも同じことを考えているのか、時折「うーん」と考え込んだり、急に顔を赤くしたりしている。


 そうこうしているうちに、目的の駅についた。

「うわーっ、涼しーっ!」

 私は、大きく伸びをする。

「さ、早く神社の方に行こうか」

 祭は、神社で行われる。夜空に鳥居が映えるから、このへんでは結構人気の祭だ。

 ふらふら歩いていると、お面を売っている屋台を見つけた。

「あ、ちょっと待っててー」

 そう言って、お店の方へ向かう。

 私は、セルロイドのお面を買って、斜めにかぶった。

「じゃーん」

 腰に手を当てて、仁くんの方を見る。

「買ってきたんだ。似合ってるよ」

 そう言われるのを期待してたけど、やっぱり照れるな……。

 あたりを見回すと、カップルや家族連れが多くいた。

 ――私たちも、周りから見るとあんなふうに見えるのかな。

 ふと、そんなことを考えてしまう。

「僕たちも手つないだ方がいいのかな」

 突然、仁くんが言ったので、しばらくは理解できなかった。

「……え?」

 やっとの思いで絞り出した声が、これ。

「あ、いや、別に……その」

「違うの!嫌じゃ、なくて……。むしろ、嬉しいって、いうか……。ただ、驚いただけ」

 うまく状況が整理できないまま、必死に言葉を紡ぐ。

「だから、いいよ」

「……ありがとう」

 そして、私たちは手をとり合う。

「あ!花火売ってるよ」

 仁くんが、一つの屋台を指さす。

「本当だ。買う?」

「うん」


 神社の前の広場にあるベンチに腰掛ける。

 線香花火を手に取り、火をつける。

「きれいだね」

 小さな生命いのちが燃えて、輝いているみたいだ。

「ずっと、このまま続くといいね、私たち」

「うん」

 線香花火はいつか消えるけど、私たちの恋はいつになっても終わらない。

「……花火、消えちゃったね」

「でも、結構長かったんじゃないかな」

「そうだった?」

「うん」

 私は、仁くんの肩にもたれる。

「大好きだよ」

「僕も」


 ――ありがとう。

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