第4話

 私、川西仁。


 本当に、仁くんからOKをもらえたのか、信じられない。

 私なんかで、いいのかなって……。

 優しい彼のことだから、気を使ってくれたのかもしれない。


 でも、それは、ありえちゃう……かもね。


 読者のみなさんに質問。

 付き合うって、具体的にどういうことをすればいいですか?

 デート?そんなことくらいわかってるんだって。

 問題は、いつごろからそういうことをするか、ってこと。

 そういや、作者の知り合いに、付き合ってもいないのに卒業式の後の打ち上げで手を繋いだりしてた人がいたんだって。すごいなあ……。


 ――七月中旬。

 ある日、私は仁くんにこう言われた。

「僕、トキシックに告白されたんだよね」

 私は、その時、こう思った。

 ――ふーん、意外と、遅かったな。

って。

 トキシックのことだから、早く済ませたいと思ってるのかと……。

 あいつ、乙女なところもあんのね。

「トキシックって、男が好きだったんだね」

「わかんないよ。女のことも好きかもしれない」

「この多様性の時代に、それくらいどうでもいいのかもしれないけどね」

「あはは、そうだね」

 仁くんは、今、藍さんのことをどう思っているんだろう。

 私は、あの時からずっとそう考えている。

 それを聞くには、とても勇気がいる。

 でも……。

 しあさってからは、夏休み。

 仁くんと会える日も、減るかもしれない。

 だから、今のうちに聞いておきたい。

「あのさ、仁くん……」

「どうしたの?」

「失礼、かも、しれないけど……。今、仁くんは、藍さんのことは好きなの?」

 彼は、一瞬目を見開いた。

 でも、それをごまかすように笑った。

「そんなことは、ないよ。だから、今、こうして仁ちゃんと付き合ってる」

「……うん、ありがとう」

 私としては、もっとはっきりした答えが欲しかった。

【違うよ、僕は、仁ちゃんのことが好き】

そう、言ってほしかった。


「ねえ、私たち、付き合って一か月くらい?経ってるじゃん」

「……うん、そうだね」

「まだ、何もできてないね」

「……うん」

 恋愛小説もちょっとなら読んだことがあるけど、付き合ってどれくらいに手を繋ぐとか、そういうの、書いてなかった。逆に、付き合う前にそういうことしてる小説のほうが多かったかも。

「……手、繋いだ方が、いいかな」

「……繋ぐの?」

「仁ちゃんが、いいなら」

 私は、嬉しかった。

 ずっと、藍さんのことよりも私のことが好きだなんて、信用できなかった。

 でも、仁くんから言ってくれたから、やっと……やっと、自覚することができた。

 ――ああ、仁くんは、本当に私のことを好きでいてくれるんだな……

って。

 私は、うなずく。

 といっても、二人とも、どういう風に手を繋げばいいのかわからない。

 お互いがぎこちない動作で手をのばす。

「あはは、もうちょっと、リラックスしないと」

「そういう仁ちゃんもリラックスできてないよ」

 私たちは、笑う。

 そして、とても自然な動作で手を繋ぐ。

 そして、家に向かって歩き出す。


「姉ちゃん、なんか上機嫌だな」

「あ、ひろむ。あんた、よくそんな難しい言葉、知ってたね」

「姉ちゃん、俺のこと舐めんなよ。ほら!社会のテストで、七十四点取ったんだぞ!」

「……あの、それ、全っ然すごくないけど」

「るっせえなあ!そういう姉ちゃんこそ国語のテストで八十二点じゃねえか!」

「いや、中学生のテストと小学生のテストを比べないでほしいんですけど。あと、私のテストのほうが難しいのに私のほうが高得点ですけど」

「……」

 弟は、沈黙した。

 これで、私の勝利!


 まあ、でも、なかなか賢くなった、あいつは。

 私の機嫌がいいことに気づき、その上「上機嫌」という言葉まで知ってたんだから。

 普通の人に比べれば、大したことないんだけど。


 自分の部屋に行き、自分の右手を眺める。

 ――本当に、仁くんと手を繋いだんだ……。


 やっぱり、実感が湧かなかった。

 

 次回に続く……。

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