第14話 決闘

「俺に頼みがあるんだろ、いいよ」


 静かな湖面に波紋を広げるかのように、周囲の空気を変える。

 オルレアは、まっすぐに革ジャンの男の目を捉え、冷たいが確固たる声で続けた。


「だから、そいつらを放せ」


 凍りつく冬の風のような冷たさと、絶対的な力が込められた、その一言が革ジャンの男たちに無言の圧力をかけ、彼らの体は自然と緊張で強ばった。

 チンピラたちは一瞬オルレアの覇気に圧倒され、手を離してしまった。その手は、まるで重い枷を外されたかのように震えている。


 オリバーとルーカスは、自由を取り戻したものの、まだ動けずにその場に立ち尽くしていた。

 オルレアは、彼らに柔らかな視線を向け、今まで見せたことのない優しさがその声に宿る。


「これに懲りたら、オイタもほどほどにな。じゃないと、怪我するぞ」


 オルレアの声は、厳しさと同時に優しさが滲み出ており、まるで温かい日差しが冷たい霧を溶かすかのような雰囲気がある。

 彼は、ふと後ろを振り返り、チンピラたちに視線を向けた。その瞳には、再び冷徹な光が戻り、彼の内なる強さを示した。


「さぁ、俺たちも行こうか。授業に出なくてはならんので、早く済ませたいんだ」


 切れ味鋭い刃のように、冷たく確かな決意を込めた厳かな口調でオルレアはチンピラたちに語り掛ける。

 彼らは一瞬、彼の言葉に動揺したが、革ジャンの男は不敵な笑みを浮かべた。


「大した度胸の持ち主だな」


 その言葉には、わずかな驚きと敬意が込められていた。

 オルレアの態度と言葉が、彼らの予想を超えたからだろう。オルレアは一度だけ彼に目を向け、軽く頷くと、再びオリバーとルーカスに向き直った。


「後は俺に任せて、お前らは学校に行け。遅刻するなよ」


 まるで旅立ちを告げる最後の言葉を言い残すと、オルレアはチンピラたちに囲まれながら、静かに歩みを進める。

 その背中には、確固たる自信と不屈の精神が宿っており、彼の存在が彼らの前にそびえ立つ城のようだった。


 オリバーとルーカスは、オルレアの姿が遠ざかるのを見届けながら、トボトボとした足取りで学院に向かい始める。

 二人の歩みは重く、まるで彼らの心がその重さに引きずられるようだった。


「なぁ、オリバー。アイツ……一人でも大丈夫だよな」

 

 ルーカスが言葉を絞り出すように呟いた。

 彼の声は、風に吹かれて消えゆくかのように小さく、かすかだった。


「何が言いたいんだ?」


「お前も知っているだろう、ボス・グラントの強さを。裏社会においても、かなり腕の立つ魔術師として知られてるんだ。その……ツァラトゥストラ先生が、無事でいられるかどうか……」


 ルーカスの言葉は、心の奥底から湧き上がる恐怖をそのまま表していた。

 ボス・グラントこと、ハインツ・グラントは、外見こそ荒々しい脳筋バカのように思えるが、彼の魔法術がどれだけ優れたものか、曲がりなりにも魔術の薫陶くんとうを受け、その目で見てきた彼らは理解していた。

 

 彼らは知っている。あの男は本当に強い。並の人間とは次元が違うと。

 仮に彼らのクラスメイトが束になって一斉にかかった所で、無駄死するだけだ。

 もっと言えば、戦闘ということに関しては、エデンガルド魔法学院の教授ですら、太刀打ちできるか分からないほどである。

 魔術師として、それだけ両者の力量差は懸絶けんぜつしているのだ。しかし、オリバーはその不安を振り払うかのように、ぶっきらぼうに答える。


「知るか。あんな奴、どうなってもいいだろ。俺たちには関係ない」


 オリバーのそれは、まるで冷たい鉄の壁のように、感情を拒絶し、自分自身を守るための防御のようだった。けれども、その防御は薄く、脆く、風に吹かれる砂のように、容易に崩れてしまうものだった。


 「でも……アイツ……俺たちのために……」


 ルーカスの呟きが途切れると、深い沈黙が二人の間に広がった。

 オリバーはそんな彼の言葉に反発するように、急に立ち止まり、肩をいからせて叫んだ。


「俺たちが助けに行っても、何かできるか。むしろ、邪魔になるだけだじゃないか」


 オリバーの言葉は、自分たちを正当化するためのものであり、恐怖と罪悪感を隠すための仮面だ。だが、彼の言葉が消えた後に残るのは、静寂と不快感だけだった。

 彼の心は、まるで嵐に揺れる船のように、安定せず、揺れ動いていた。そして、その沈黙は二人の間に重くのしかかり、まるで時間が止まったかのように感じられた。


「くそ……」


 オリバーは小さく呟き、拳を握りしめた。

 彼の心には、オルレアの姿が焼き付いて離れない。彼の冷たい言葉や、冷静な態度が、今は鮮やかな炎のように彼の心を焼き焦がしていた。

 

「あんな奴に借りを作ったままじゃ、気分が悪い」


 オリバーは、何かを決意したかのように、強い目をして言った。その言葉には、彼の内なる葛藤と決意が滲み出ていた。


「オリバー……」


 ルーカスもオリバー思考を感じとったのか、彼をまっすぐに見つめる。


「行くぞ」


 オリバーは、ルーカスの腕を引っ張り、学院とは反対の方向へと走り出す。彼の足音は、決意に満ちており、その後をルーカスも必死に追いかけた。


 朝の光が二人を追いかけるように、彼らの背中を照らしていた。

 風が彼らの髪を乱し、彼らの心の中に嵐を巻き起こす。

 彼らは、ただ走り続けた。オルレアを助けるために、そして、自分たちの心に宿る後悔と恐怖を乗り越えるために。



◇   ◇



 オルレアは、冷たい朝の空気の中、チンピラたちに囲まれながら路地を進んでいた。彼の歩みはまるで、時間そのものが彼のために緩やかに流れているかのように悠然としている。


 古びた路地は、やがて広い空間に繋がり、薄暗い倉庫のような場所へと彼らを導いた。倉庫の高い天井には、無数の蜘蛛の巣が張り巡らされ、わずかな光が窓から差し込んで、影を伸ばしている。

 壁には、古びたポスターや落書きがところどころに残り、この場所がかつて何かの拠点であったことを示唆していた。

 ハインツは、広い空間の中央で立ち止まり、まるでこの場所が彼の王国であるかのように誇らしげに周囲を見渡す。


「ここが俺たちのアジトだ」


 彼の声は、静かな空間に響き渡り、その音が壁に反射して遠くまで届くが、オルレアは、興味を示さない様子で軽く肩をすくめる。


「あっそ。それで、早く要件を教えてくれないか? 俺は忙しい身分なんでね」


 その無関心な態度は、一流の俳優が無意味な舞台に対して冷ややかに振る舞うようだった。

 ハインツの顔には一瞬、苛立ちが浮かんだがすぐにそれを押し隠し、冷静さを取り戻した。そして、オルレアの問いに答える。


「決闘だ。オルレア・ツァラトゥストラ、お前に決闘を申し込む」


 オルレアは、その言葉を聞いて一瞬だけ考え込んだように見えたが、すぐに冷ややかな声で応じた。まるで彼の言葉が日常の雑事に過ぎないかのように。


「決闘ねぇ……」


「俺が勝ったら、昨夜の一件を無かったことにしてもらいたい。それだけだ」


「そんな回りくどいことをしなくても、普通に頼めばいいんじゃないか?」


「悪いな、それは俺の流儀に反するんよ」


 ハインツの返答が、あまりにも時代錯誤すぎることもあって、オルレアを一瞬ポカンとなった。

 その無駄な手続きに対する拘りは、古代の儀式を守り抜こうとするかのような頑固さを感じさせる。

 

「流儀か……」


 オルレアは、ふと唇の端を緩める。

 その顔には、面白さと感心が混じり合った表情が浮かんでいた。

 彼は少しの間、ハインツの顔を見つめ、次の言葉を探すように沈黙する。

 その目には、相手の固執する信念に対する敬意と、どこか嬉しさが映し出されていた。


「そうだな。流儀は大切だ」


 オルレアの声には、静かな賛同と共に、どこか柔らかな暖かさが感じられた。

 その言葉は、時代を超えて語り継がれるべき真理のように、重く響く。しかし、その瞬間の静寂を破るように、彼は一歩踏み出し、目を細めてハインツを見つめた。


「それで、もしお前が負けたら、どうするつもりだ?」


「その時は、命を取るなり、好きにしろや」


 荒れ狂う嵐の中で揺るぎない岩のように、堂々としたハインツの物言い。そして、その瞳には、運命を受け入れる覚悟と、自らの誇りを守り抜く決意が込められていた。

 オルレアは、しばしの間その言葉を噛み締めるように黙っていた。そして、静かに頷く。


「随分な自信だな」


「俺もヴァレンティーノ家を敵に回して、無事で済むとは思うほどアホじゃない。こっちは、命懸けなんよ」


 オルレアの微笑みには、表面的な余裕を超えた深い洞察があった。

 彼の瞳には、ハインツの覚悟に対する敬意がうかがえ、その口元には淡い笑みが浮かんでいる。まるで、厳しい風雨の中で揺るがずに立つ古の灯台に対する敬意を表しているかのようだった。


「なるほど、お前は自分の立場をよくわかっているんだな」


 オルレアは一瞬、何かを考えるように目を伏せた後、再びハインツを見上げる。

 その瞳には、冷静さと共に、奇妙なほどの寛容さが浮かんでいた。


「あいつらを人質に取ったときは、正直、ぶち殺そうと思っていたけど、止めだ」


 オルレアはゆっくりとそう告げた。その声は、荒れ狂う海の中に沈黙をもたらすかのような、静かな力強さを持っていた。


「その決闘、受けてやるよ」


 オルレアは、ハインツの目をじっと見つめ、その挑戦を受け入れることを宣言した。その言葉は、戦士たちが互いの決意を認め合う儀式のように、重く、しかし清々しく響く。


「俺が敗けたら、昨日の一件は無かったことにしてやる。もちろん、フローゼにも話を通してやるよ」


 表情こそ軽薄であるが、オルレアの口調は、どこか取引を超えた誠実さが滲んでおり、暗闇の中で輝く星のように、揺るぎない光を放っていた。


「さぁ、始めようか」


 オルレアは軽く腕を回し、戦闘準備を整える。その動作には、無駄のない優雅さと、鋭い集中力が宿っていた。

 ハインツは、彼の真摯な態度に一瞬驚きを見せたが、すぐにその目に再び戦士の目となる。


「お前ら、手は一切出すな」


 ハインツは冷静な声で命じ、部下のチンピラ達に目を向けた。


「音に聞こえし、エデンガルド魔法学院の講師が相手なんだ。つまらん決闘にはならんだろ」


 オルレアとハインツの間には、緊張の糸が張り詰めた。

 二人の戦士は、互いの存在を認め合い、これから始まる戦いに向けて心を整えていた。

 彼らの周囲には、静かな空気が漂い、その場の全てが戦いの開始を待っているかのようだった。


 オルレアは、深く息を吸い込んで目を閉じる。

 その瞬間、彼の全身からは静かな力が溢れ出し、周囲の空気が微かに震える。

 彼の内なる力は、眠れる巨竜が目覚めたかのように、徐々にその姿を現し始めた。


 一方、ハインツもまた、己の内なる力を解放し始める。

 その姿はまるで獅子のごとく荒々しく、猛々しいものであった。

 彼の体から発せられる魔力エネルギーは、周囲の空気を震わせ、まるで嵐の前触れのように緊張感を高めていた。


「<白雷の龍を放つ魔法ゼクラトニード>!」


 ハインツの叫び声が響き渡ると同時に、彼の周囲に白い光が急速に集まり始める。

 その光は、まるで天空から降り注ぐ雷のように激しく、見る者の目を奪うほどの輝きを放っている。やがて、その光は一つに収束し、巨大な龍の形を取った。

 龍の瞳は鋭く輝き、その身体は無数の雷鳴に包まれている。


 オルレアに向かってうねりながら襲いかかる白い龍は、まるで天地を揺るがす雷の化身そのものだった。

 その動きは流麗でありながらも圧倒的な力強さを備え、その一撃一撃が大地を裂き、空を切り裂くかのようだった。

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