第11話 誰がお前なんかに相談するか
数日が過ぎ、学園の静けさがようやく戻ってきた放課後。
生徒たちの多くは帰宅し、校舎の廊下には淡い夕暮れの光が差し込んでいた。
オルレアは自分のデスクに座り、積み上げられた書類と睨めっこをしている。
彼の眼差しには深い疲れと、ここ数日間の出来事に対する苛立ちが宿っている。
そんな時、ドアが控えめにノックされる音が響く。
オルレアは面倒くさそうに目を上げ、「入って、どうぞ」とぶっきらぼうに答えた。すると、ドアがゆっくりと開き、オリバーとルーカスが顔を覗かせる。
「先生、少しお話があります」
オリバーが言い、ルーカスも同調するように頷く。
「なんだ、何か問題か?」
オルレアは冷淡に問い返す。
彼は学生たちの小さなトラブルや相談ごとに時間を割くのを嫌っている。しかし、オリバーとルーカスの真剣な表情を見て、その態度を少しだけ和らげた。
「まあ、いい。何の用だ?」
「先生に、相談がしたいことがあるんです」
「他の教授に相談した方がいいんじゃないか? この学院にはもっとまともな大人がいるだろう」
オルレアは冷ややかに提案するが、オリバーとルーカスの二人は首を横に振る。
「違うんです、先生。俺たちには、ツァラトゥストラ先生しか頼れる大人がいないんです」
「本当に、先生じゃなきゃダメなんです」
ルーカスが強い口調で言うと、オリバーもそれに同意する。
その言葉にオルレアは少し驚き、そしてため息をついた。
彼の心には微かな感情の波が広がっている。
自分が頼りにされることなど滅多になかったからだ。ましてや、数日前に半殺しにした生徒に頼られるなど、通常考えられないだろう。
「わかった、わかった。話を聞いてやるよ。入って来い」
「いや、この学院では話したくないんです」
オルレアは、ため息をつきながらも、彼らの真剣な表情に折れる形で許可を出すが、オリバーは首を横に振る。
「そうか。それなら、俺の家に来るか? そこなら誰にも聞かれることはないだろう」
オルレアが彼の家で話すことを提案すると、二人は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに納得した様子で頷いた。
彼らにとって、彼の自宅での会話はよりプライベートなものであり、安心できると感じたのだろう。
「それじゃあ、行こうか」
オルレアは無造作に肩をすくめ、二人を案内するために先に立つ。彼らが向かった先は、このローウェンの町の中でもひと際立派な貴族屋敷だった。
オルレアの家、というのは正確には彼が居候している、フローゼのものではあるが、この屋敷は、ヴァレンティーノ家の栄華を物語るかのように、荘厳な佇まいを見せていた。
高い鉄製の門がそびえ立ち、その奥には広い庭とヴィクトリア様式の邸宅が広がっている。
「こんなに大きな家に住んでるんですね」
オリバーが、信じられないという顔で呟く。
ルーカスも同じように、目を丸くしてその壮麗な光景を見つめていた。
「まぁ、色々あってな」
オルレアは苦笑いを浮かべながら、彼らを案内する。
屋敷に入ると、その内部はさらに壮麗だった。
外装と同じくヴィクトリア調の豪華な内装が、訪れる者の目を楽しませる。
天井からは豪華なシャンデリアが下がり、金色の装飾が施された壁が高貴な雰囲気を醸し出していた。
広々とした廊下には、美しい絵画や彫刻が飾られており、どこか古風な典雅さが漂っていた。
「いや、本当に凄いですよ」
「初めて来る奴は、大体そう言うよ」
ルーカスが呆然とした表情で言うと、オルレアは軽く肩をすくめながら答えながら、彼らを客間へと案内する。
客間もまた、広々としていて、優雅な雰囲気に包まれていた。大きな窓からは庭の美しい景色が見渡せる。
「ここに座って待っててくれ」
オルレアは、二人にソファーを勧める。
ソファーは柔らかく、深い緑色のベルベットで覆われており、座り心地が良い。
オリバーとルーカスは、少し緊張しながらも、指示された通りに座った。
「すぐにお茶を用意してくるから」
そう言ってオルレアは、キッチンへと向かう。
棚からティーセットを取り出し、お茶を淹れる準備を始める。
その動きは手慣れたもので、短時間で紅茶と茶菓子を用意した。
数分後、オルレアはトレイに乗せたそれらを持って客間に戻ってきた。
彼は、二人の前にトレイを置き、それぞれのカップに紅茶を注ぐ。
「どうぞ、召し上がれ」
オルレアは、少しぎこちなく微笑みながら、二人にお茶と茶菓子を勧める。
彼らは、その温かいもてなしに少し驚きながらも、感謝の気持ちを込めて紅茶のカップを手に取った。
「それで、話ってのは何だ?」
オルレアは自分もカップを手に取り、二人を見つめる。
彼の目には、疑念を抱きながらも真剣な光が宿っていた。
オリバーとルーカスは互いに目を見合わせ、一瞬の躊躇の後、深呼吸してから重い口を開く。
「3、2、1……」
そのカウントダウンが何を意味するのか理解する前に、オリバーとルーカスは急にソファから跳び上がり、オルレアから距離を取った。
まるで、何かが起こるのを予期しているかのように。そして、その瞬間――。
轟音と共に、壁が破壊され、白い電撃が龍のようにうねりながら部屋に突入する。電撃はのたうちまわり、オルレアを標的にして一直線に向かってきた。
彼は反射的に防御魔法を展開し、魔法のバリアで身を守る。
暴れ狂う電撃はバリアにぶつかり、眩しい閃光を放ちながら弾かれた。
「いったい何のつもりだ……これは」
オルレアは瞬時に状況を把握しようとするが、次の瞬間には壊れた壁の向こうから、十数人の武器を持った男たちが現れ、土足のまま部屋に踏み込んできた。
彼らは一目で分かるほどに荒っぽく、反社会的な雰囲気を醸し出している。
部屋に侵入してきた男たちは、一様に武器を手にしていた。刀剣、チェーン、棍棒――それぞれが危険な光を放ち、彼らの顔には凶悪な笑みが浮かんでいた。
その中の一人、リーダーだと思われる男が、オルレアに向かって一歩前に出る。
短く刈り込まれた黒髪と鋭い目つきに、体格はがっしりとしており、年齢は30代後半と思われる。
顔には無数の傷跡が刻まれており、その中でも特に目を引くのは、右頬を斜めに走る長い傷跡だった。
筋肉質な体は、厳しい生活の中で鍛えられてきたことを物語っている。
彼の服装は、一般的な街のギャングとは一線を画すもので、全身黒ずくめの革ジャンとブーツ、そして首には太い金の鎖がぶら下がっている。
その服装は豪奢でありながらも、荒っぽさを感じさせるものだった。さらに、無精髭が伸び、鋭い目つきが彼の顔にさらに一層の凶悪さを加えている。
「お前、なに人の子分に手を出してるんだよ」
その声は冷たく、怒りに満ちていた。
彼の視線はオルレアを貫き、まるで獲物を狙う獣のようだった。
オルレアはその視線にさらされながら、状況を飲み込むのに数秒かかった。
「もうお終いだよ、お前」
オリバーの一言が、まるで氷の刃のように部屋の空気を裂いた。
それは、オルレアにとって避けられない現実を突きつけるものだ。
彼は一瞬、心の奥底に寂しさを感じたが、その感情を表には出さない。
「……そうか。まぁ、どうせこんな事だろうとは思ってはいたがな」
淡々と言うが、どこかもの悲しさを感じさせる口調だ。
こような展開をある程度予測はしていたが、やはりそれでも思うところはあったようだ。
「初めから分かっていたなら、どうして疑いもせず、俺たちを家に招き入れたんだ?」
ルーカスは自分たちが完全に優位に立っていると確信しているかのようであり、その問いかけには挑発が混じっている。
オルレアはその質問に対して、少しの間、考え込むように目を閉じた。そして、ゆっくりと息を吐きながら、静かな声で答える。
「お前たちが相談したい事があるって言うからだろ」
その返答は予想外に冷静であり、真剣さが感じられる。
どんなに軽薄で皮肉屋の態度を取っていても、彼は教え子たちを見捨てることはできなかった。いや、教え子でもなかったとしても、手を差し伸べていただろう。
彼は不器用ではあるが、一本筋の通った倫理を持つ男だからだ。
オリバーとルーカスは一瞬その返答に戸惑ったが、すぐに冷酷な態度に戻った。
「お前なんかに相談するわけないだろ」
オリバーがそう呟くと、オルレアを嘲笑う冷たく卑しい笑いが部屋に満ちる。
革ジャンの男は彼に近づくと、無表情のまま彼を見下ろし冷たく命じる。
「とりあえず土下座しろ」
その命令は、部屋の空気を一層重苦しくさせる。
オルレアは一瞬、その言葉に反応しようとしたが、次の瞬間、目に入ったのは破壊された家具の数々だった。
壁に大きな穴が開き、フローゼが大切にしていた装飾品が床に散らばっている。
「これ、結構、アイツ気に入ってたやつなんだけどな」
口から漏れたその言葉は、彼の内心の動揺を隠しきれないものであった。
軽く笑ってみせたが、その笑みはどこか悲しげだ。
「おい! 舐めた口きいてんじゃねぇぞ!」
男の怒声が響き渡ると同時に、オルレアは力強い拳で殴られ、床に倒れ込んだ。
鈍い痛みが顔面に広がり、口の中に血の味が広がる。
彼が倒れ込むと、リーダーの男は無情にもその顔を靴で踏みつけた。
重く、冷たい圧力がオルレアの頬に押し付けられる。
「落とし前として、三百エリオンばかり用意してもらおうかな」
エデンガルド帝国においては、貨幣の基本単位を『エリオン』としている。
また補助単位として『フラメル』『ギルート』が採用され、1エリオン=100フラメル/1フラメル=100ギルートとし、10進法としている。
「払えないって言うなら半殺しにした上で、お前がこいつら脅してたこと、学院にばらすだけだ。こんな良い家に住んでるんだ、安いもんだろ」
男の冷酷な声が部屋に響き渡る中、オルレアは一瞬の沈黙を守る。
静かな時間が過ぎると、彼は深く息をつき、目の前の男を鋭く見据える。
その視線には、恐れや怯えの色は一切なく、むしろ冷静な判断と冷ややかな知性が宿っていた。
「まったく愚かさの代償は高いな。お前達もそう思わないか?」
その一言は、目の前の男たちの存在を全く恐れていないという彼の強さを示している。
部屋に漂う緊張感がさらに高まり、男たちの視線がオルレアに集中する。
「まぁ、お前たちが支払う代償に比べれば、安いものか」
顔を踏まれたまま、オルレアは冷ややかな笑みを浮かべる。
その表情には怯えも屈辱もなく、自信と皮肉が込められていた。
その姿に、男たちは一瞬たじろぎ、彼の胆力を感じ取ったようだ。
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