第10話 体罰、いや暴力事件だ

 次の日の朝、理事長室は嵐のように荒れていた。

 その嵐は怒りのエネルギーとなり、部屋の空気を震わせ、四方に響き渡る。

 ギュスターヴの顔は怒りで紅潮し、握りしめた拳は細かく震えていた。

 彼の目には怒りの炎が宿り、その視線は鋭くオルレアを突き刺している。


「君、気は確かかね? 生徒を半殺しにする教師がどこにいる?」


 ギュスターヴの言い放つ鋭い言葉が、空気を切り裂く。


「君には、常識ってものがないのか」


 ギュスターヴはオルレアに問い詰めると、オルレアは頭を垂れ、言葉を探しながら、やっとのことで声を絞り出した。


「すみません。酒を飲んでキレると、見境がなくなるもんで」


 オルレアの言葉は頼りなく、言い訳にすらならないようなものであった。

 この瞬間、ギュスターヴの怒りはさらに勢いを増し、彼の顔は一層赤く燃え上がる。


「酒を飲んでキレただと? それが教育者の言うことかね。こんなことが世間に知れたら、我が学院の評判がどうなるか、分かっているのか!」


 ギュスターヴの叱責は稲妻のように鋭く、オルレアの心を打ち砕くかのようだ。

 オルレアは肩を落とし、まるで嵐の中に立ち尽くす木のように、無言でその場に立っている。

 彼は深く息を吸い込むと、冷静を装いながら冷酷な声で言い放つ。


「もう君と話していても時間の無駄だ。最初にも言った通り、クビだ。今すぐ、この学院から出て行ってくれ」


 オルレアは顔を上げ、言葉を探すが、何も見つからない。

 そんな中、フローゼが一歩前に出る。

 彼女の顔には慈愛の光が宿り、その声にはまるで我が子を庇う母親のような意志が込められている。


「この男は確かに、怠け者で、皮肉屋で、都合が悪くなれば嘘をつきます。本当にどうしようもない人間です。しかし、理由もなく暴力を振るう男ではありません。何か理由があるはずです。それを、きちんと調べてください」


 フローゼの訴えは静かだが、深い情熱が込められている。

 ギュスターヴは一瞬、その発言と彼女の家柄に圧倒され、冷たさを和らげるかのように表情を緩めた。


「ヴァレンティーノ女史、確かにあなたの言う通りですが、暴力はどのような理由であれ、容認できないのですよ」


「理由を聞かずに処分するのはあまりにも一方的です。この学院の教育者として、それが正しい判断ですか?」


 ギュスターヴは厳しい態度で答えるが、フローゼはなおも食い下がる。彼女の言葉には、オルレアに対する揺るぎない信念が感じられる。

 彼もまた、彼女が自分のために頭を下げる姿に心を揺さぶられ、じっと見つめる。そして、静かにため息をつき、口を開く。


「もういいよ、フローゼ。俺のせいなんだから」


「何もよくねぇよ!」


 フローゼはオルレアを鋭く睨みつけ、怒りを込めて声を張り上げた。

 その声は雷鳴のように鋭く響き、ギュスターヴをも困惑させる。しかし、彼は冷静を保とうと努め、その視線を再びオルレアに向けた。


「ヴァレンティーノ女史、あなたの熱意は理解します。しかし、この男は我が学院の名誉を穢したのですぞ。そして、暴力が事実である以上、何らかの処分は避けられないのです」


 ギュスターヴの声は冷徹な刃のように響き渡り、オルレアは深く息をつき、まるで重い雲を払いのけるように肩を落とす。


「ありがとな、フローゼ。でも、もうこれ以上は無駄だ。俺は自分の行動に責任を取るよ」


 静かに感謝の言葉を述べながら、フローゼの肩にそっと手を置く。

 その手は温もりを伝え、彼女の心に一瞬の安堵をもたらした。


 その瞬間、理事長室の扉が控えめにノックされた。

 開かれた扉の向こうには、二人の男子生徒、オリバーとルーカスが立っている。

 顔にはまだ痛々しい痣や傷が残り、昨夜の暴力の痕跡が生々しく残っていた。

 彼らの姿は、過ぎ去った嵐の後に残された傷跡のようだ。


 「心配はいらない。この男はすぐにクビにするからな」


 ギュスターヴは彼らに向かって安心させるようにそう言うが、オリバーとルーカスはそれを無視すると、一歩前に出てオルレアに向かって叫んだ。


「辞めないでください、ツァラトゥストラ先生。俺たちが間違ってました。これからも愛の鞭をよろしくお願いします。俺たち、一生先生についていきます!」


 その言葉に、理事長室は一瞬、時が止まったかのような静寂に包まれる。

 フローゼもギュスターヴも、彼らの言葉を理解するまでに時間を要し、驚きと困惑の表情を浮かべている。

 オルレアは、その言葉に少し驚いた様子を見せたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。


「そうか。お前達ならわかってくれると信じていた」


 オルレアは冷静な口調で言うが、その目には生徒の成長に対する期待と喜びが映っているようだ。

 ギュスターヴはそんな状況に困惑しながらも、内心の葛藤を押し隠して問いかける。


「君たち、本当にそれでいいのか?」


 オリバーとルーカスは真剣な表情で頷き、「はい、理事長。俺たちは、先生の教えを受けるべきだと心から感じました」とオリバーが言い、ルーカスも続けて「俺たちは、先生の元で更生します。だから、先生を辞めさせないでください」と熱意を込めて訴えかけた。


 ギュスターヴはしばらくの間、思考の迷路に迷い込んだように黙り込む。

 彼の顔には、保身と公表された時のリスクを天秤にかけるかのような葛藤が現れている。しかし、やがて重い決断を下すように、彼は深く息を吐き出す。


「この事態を再度精査する必要があるかもしれない。しかし、今回のことは決して軽視できるものではない。ツァラトゥストラ先生、君の行動については厳重に注意し、再発防止に努めてもらう」


「わかりました。これからはより一層、行動に気をつけます」


 オルレアは静かに頭を下げる。そして、その声には、彼自身の責任を受け止める覚悟と、これからの指導に対する強い決意が込められていた。

 フローゼもギュスターヴに感謝の言葉を述べ、「デルボア殿、ありがとうございました。私の方からも二度とこんな事が起きないように指導いたします」と付け加える。


 「まあ、これで一件落着としよう。しかし、今後は一切の問題行動を許さない。しっかりと指導に当たるように」


 ギュスターヴは渋々ながらも頷きながら、しっかりと釘を刺す。

 その声には、学院の秩序を守るための決意と、揺るぎない厳格さが感じられた。


 オルレアは再度頭を下げ、オリバーとルーカスを伴って理事長室を後にする。

 廊下を歩く彼の表情は冷静さを保っていたが、心の奥底には一抹の安堵が広がっていた。まるで、荒波の中で一瞬の静寂を見つけた船のように。


 北館の一階に差し掛かると、オルレアの態度は突如として豹変する。

 彼の声は鋭く、まるで鞭のように二人の生徒に向けられた。


「頼むよ。打ち合わせ通りにやってくれ。もう少し遅かったら、本当にクビになっていただろ。俺、言ったよな。クビになったら、あの女に殺されるって」


 オリバーとルーカスは肩をすくめ、怯えたようにオルレアを見つめる。

 その瞳には恐怖が宿り、その視線はあたかも闇夜に怯える小動物のようだった。

 オルレアはその怯えを無視して、さらに畳み掛けるように言葉を畳みかける。


「だいたいな、お前らが麻薬なんかに手を出すのがいけないんだろ。もう二度と手を出すなよ」


 彼の声はまるで冬の嵐のように冷たく響くが、二人の生徒は何も言わず、視線を地面に落とした。

 その態度に苛立ちを隠せないオルレアは、声を荒げる。


「返事は、どうした?」


「はい……」


「もう少し勉強しろ。ほら、さっさと行け」


 オルレアがオリバーとルーカスの背中を軽く押すと、二人はお互いに目配せをし、急いでその場を離れた。

 彼らの背中は、小さく丸まり、まるで逃げるように廊下を駆け抜ける。


 すべてが丸く収まったと考え、彼はほっとした笑みを浮かべた。

 その瞬間、ふと後ろを振り向くと、そこにはセレスティアが立っていた。

 彼女の顔には冷たい軽蔑の色が浮かんでいる。

 目は鋭く、まるで氷の刃のように彼を射抜き、唇は冷たく引き結ばれている。

 オルレアはその視線に一瞬たじろいだが、すぐに態度を取り繕うとする。


「あなたは講師として、いや人として最低です」


 その言葉はまるで氷の刃がオルレアの心を深く刺し貫いたかのようだった。

 その言葉の一つ一つが、まるで氷の刃となって彼を切り裂くようだ。

 彼はその場で何も言えず、ただ彼女の言葉を受け止めるしかなかない。


 セレスティアはそれ以上何も言わず、鋭い視線を彼に投げかけたまま、静かに教室へと向かって去っていく。

 彼女の後ろ姿は、まるで冷たい風に吹かれて去っていく孤高の狼のようだった。


 オルレアは彼女の後ろ姿を見つめながら、心の中で苛立ちと諦めが交錯した。

「面倒な奴に見つかったな……」と内心で呟き、彼女が去っていくのをじっと見つめていた。

 その眼差しは、静かに燃える炎のように彼女の後姿を追い続けていた。

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