???~変貌悪意~


「許せませんわ絶対にっ」


 ヒルダワイバンの圧に負けて逃げ出したガリリアは悔しさに奥歯をガリリと噛み鳴らし、後ろを着いてくる取り巻き達オルテナとマッチェムを強く睨んだ。二人はその剣幕に顔を反らす。


「わたしがあんな目に合わされたのに貴女達はよくもッ」

「む、無理ですわあんなの」

「そうですわ、噂の冷徹令嬢になんて敵いませんわよ」


 己の保身に逃げる二人に「役立たず」と吐き捨て爪をガリガリと噛み、父に言って二人の家との付き合いを打ち切ってやろうと考えた。取り巻きなんてまた変えればいいだけだ、それよりも許せないのは玩具でいようとしなかったギゼラと冷徹令嬢ヒルデガルダだ。痛みは無いなどと嘘ぶいたあの女を許せないまだ手は痛む男みたいなバカ力めと憎々しく眼を血走らせる。


「あ? ちょっとおどきなさい邪魔ですわよッ」


 イライラとした中で目の前に立ち尽くす女生徒にガリリアは悪態をついて退くように声を荒らげる。


「貴女達、とても醜いですね?」


 目の前の女生徒は涼やかな声でガリリア達に挑発的な言葉を吐き出し、ガリリアのこめかみに太い血管が走る。怒りを顕にして近づく。


「ああ、酷い顔、とても素晴らしい」


 薄く笑う女生徒を「バカにしてッ」と強く押してつき飛ばそうとするが、その華奢に見える身体はビクともせず逆に尻餅をつかされた。更なる屈辱に睨み返そうとするがその見降ろす笑顔がどこまで深い闇に引きずり込んでくる錯覚に陥り知らず歯をガチガチと鳴らしていた。


「怖がらなくてもいい。直ぐにそんな恐れはどうでもよくなりますから」

「ッ!?」


 笑顔崩さぬ女生徒はガリリアの顎を細指二つで撫で立ち上がらせると後ろで身を寄せあって震えるオルテナとマッチェムも一瞥し、ガリリアの顎を押し、三人の身体をぶつけさせた。


「まぁ、兵隊としては充分」


 女生徒は笑顔のままに呟くと、ガリリアの下顎を撫で何事も無いように通り過ぎて行った。後には暫くと立ち尽くす三人組だけが残された。




 ***





(夢のようだった)


 ギゼラは夢見心地に授業を終えて、寮の自室に帰ってきた。いつもと変わらずなガリリア悪魔達から虐められるかと思われた今日、冷徹令嬢と噂されていたヒルデガルダに助けて貰えた。彼女らから救っていただけた。美しくカッコイイと思えた、胸の高鳴る憧れとは彼女ヒルデガルダの事を言うのであろうと確信が持てた。お付きのメートヒェンに失礼な態度を取ってしまったが彼女もとても優しい人だった。黒い感情を向けてしまった事に恥ずかしくなった。いつかは謝れたらいいな。


 ギゼラは前向きに学園生活を送りたいという勇気を貰えた。虐めに臆することは無い。ヒルデガルダの凛と気高い精神に並び立ちと思えた。もはや、ガリリア達を恐れようなどとは思えなかった。


(だけど、彼女達はあのあとどこに?)


 ガリリア達はヒルデガルダに締め上げられた後、教室には戻ってこず残りの授業はギゼラにとって久しぶりに心休まるものになった。彼女達からの虐めを受けなかった事により今の前向きな心になっているギゼラではあるが、授業そのものを彼女達がボイコットするメリットの無さに不可解なものを覚えながら自室の扉を開けた。



 瞬間、ギゼラの身体は自室に引きずり込まれ声を出す間もなく口塞がれ組み伏せられた。


 二人がかりな強い力に押し潰されてゆく恐怖のままに顔を上げさせられ涙溜めた黒目がちな大きな目に映ったのはルーメメイトでは無くガリリアのものであった。


 昼間の復讐をするために無断で部屋に侵入し待っていたのか。一瞬と恐怖思考の中でそう考えたが、ガリリアの顔にはいつもの歪んだ醜悪な笑みは無く、ただ、薄白い表情の無い顔が見下ろしてくるだけであった。


 それは逆に別種の恐怖になった。ガリリアの顔が覆い被さるように近づいてくるとか細い声が耳の奥へと吸い込まれてゆく。


「ッッ!?!?」


 理解し難い唸りあげる声が脳髄に響き渡り身体の全てが黒い感情に塗り潰され自分の存在が希薄となっていくのを感じ、大粒の涙が流れゆく。


 ──嫌だ、助け──ヒル──……──



 グダリと屑折れたギゼラの身体を組み伏せたオルテナとマッチェムが離れると両腕をついて立ち上がりギゼラは前髪を掻き上げて黒く大きな瞳を怪しく輝かせて呟いた。


「はい、仰せのままに」


 と。


 ギゼラがゆっくりと歩み出すとガリリア達はかしずくようにその後を追った。







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