ワイバン~ギゼラ~


 ──というわけだ。先ずはバイゾッド兵器庫とされている人物を突き止めねばならない。

(というわけ·····と言われましてもワタクシ、貴方と共に戦うとはまだ一言も言っておりませんけど)


 ワイバンの恐らくはかなり重要であろう話を右から左に聞き流していたヒルダは話の途切れるタイミングで己の意見を告げた。


 ──???。すまない言っている意味が、それでは私と共にガイゾーンと戦うつもりは無いと聞こえてしまったのだが? いや、そんなことは──

(一言一句たがわずその通りね。なぜワタクシがあんな恐ろしい目にもう一度あわなければならないのかしら、それは理不尽というものではないかしら)


 ワイバンの首傾げ声にヒルダは己の意志を冷とした声の響きで告げた。


 ──いやいや、今のは冗談ジョークと取らせていただきたいのだが、君は侵略者から愛する緑の大地を護りたいとは思わないのか? ダメだ、その秘めた熱き心に嘘をついてはいけないッ!

(ワタクシと完全に融合できないと言っておきながら何故ワタクシの心に熱が秘めていると思えるのかしら? 結果的に貴方に命は助けていただけたけど、こちらはただ戦いに巻き込まれただけ、故郷を愛する気持ちもどちらかと言うと希薄なのよワタクシは)


 ワイバンの段々と暑苦しくなる説得をヒルダは冷ややかに返す。夜の子どもな性格ならばムキになって反論をしただろうが、昼間の冷徹令嬢の前では説得なぞできぬと理解すべきであると暗に告げたつもりだ。


 ──しかし、戦う時は私が前面に出ると──

(戦いの光景も痛みも共有されるとわかってしまっているのにワタクシが傍観者を気取れると思って?)

 ──しかししかし、今まともに戦えるグレートソルジャーはいまこの世界では私だけのはずなのだ。精神融合を果たした君の意思が揃わなければヤツらに対抗する事はでき──


「ひとりでやれと言いましたでしょっ!!」


 戦いを拒否する事を認めるのはガイゾーンとの戦いに敗北すると意味するのだとワイバンはヒルダへと更に熱く説得を試みようとしたその時、怒鳴りつけるような声が過敏な聴覚に響き、廊下を早歩いていたヒルダの脚がピタリと止まる。三階へと登る階段へとヒルダの顔は向いていた。


 そこにヒルダの意思は無い、つまりは。


「何やら気になる声だな、行ってみよう」

(また、貴方は舌の根も乾かぬうちに)


 またしてもヒルダから身体の主導権を無意識に奪っているワイバンだ。己の中にある正義に準じ階段を速歩で登っていた。聴覚に過敏と反応した怒鳴り声には嫌なものしか感じないと紅玉色の瞳が不快に歪んでいた。






 ***




「この荷物は貴女ひとりで運ぶように言いましたわよねギゼラさんッ」


 ヒルダワイバンが荷物を運び込んだ三階空き教室の中で苛立ちの荒らげ声をあげる顔立ちの良い女生徒はギゼラと呼ぶ小柄な女生徒をキツく睨みつける。長い前髪で眼元が隠れる程に俯き身を震わせているギゼラの小動物めいた反応に更に苛立ちを強めていく。

 ギゼラにしてみれば見上げれば恐怖の対象がそこにいるのだ、震え止めて顔をあげることなぞ出来はしないだろう。


「せっかく役立たずでノロマな貴女に相応しいお仕事を差し上げましたのに。こちらの親切を無駄にされるだなんて飼い犬に手を噛まれるようね。そう思いますでしょ、オルテナさん、マッチェムさんっ!!」

「ええ、そのとおりですわガリリアさま」

「まったくもってっ」


 ガリリアと呼ばれた女生徒は両脇に侍らした取り巻き二人にも同意を求める。背高いオルテナとふくよかなマッチェムもイヤな笑みを浮かべながら頷く。この空間に味方なぞいないギゼラはますます顔を上げることもできずに震えを止める事はできない。そのダンマリな反応がやはり気に食わないと整いだけはする顔を近づけてギゼラをキツく睨み更に酷い言葉をガリリアはぶつける。


「貴女みたいな成り上がり貴族の娘が学園の授業を受けるだなんておこがましいんですのよ、召使いのように荷物運びをモクモクとこなす方がお似合いでしょうに手伝って貰うズルなんてして。ハッ、しかもその少ない口から絞り出した答えがあの噂の冷徹令嬢ヒルデガルダさまに手伝ってもらえただなんて。血も涙もない冷徹さまがそんなお優しい偽善をするわけが無いでしょうッ! 嘘をつくなら──」


 だが、という言葉ワードを聞いた途端、ギゼラの前髪の奥に隠れた黒目がちな大きな眼が強く睨んでくる。ガリリアは思わず「ひっ」と声を上げて後退る。


「あの方は、ヒルデガルダさまは噂どおりな冷徹じゃありませんでしたッ。貴女達みたいな弱者を虐めることばかり楽しむ悪魔なんかじゃないっ! あの方の優しさを偽善だなんて·····許せない。撤回してくださいガリリア!」


 いつものようなだんまりな仔犬ではないギゼラの反抗に動揺としつつもガリリアは自分を「悪魔」と称され尊敬もなく己の名を呼んだギゼラに怒りをあらわにしてガリリと奥歯を鳴らしその手を振り上げる。


「貴女みたいなたまたま貴族になれただけの小娘が学園に通うなんてだけでもおこがましいのにこのわたしを悪魔だなんて侮辱してこのッ──」


 ガリリアは己の手で力の限りに引っぱたかねば気がすまぬとまさに悪魔の形相をギゼラにむける。いつものように暴力を振るわれようともギゼラは、それが更に酷い暴力へと繋がると分かっていてもこの一発からは逃げないと反抗の怒り眼を更に強めた。


「っッ·····ぁ」


 だが、振り上げられたはずの腕は頬を叩きには来ず、代わりに空気をさくような速度で誰かが目の前に現れたのだ。ギゼラは思わずと顔を上げていた。


「さすがにこれは見過ごせないな。割り込ませていただく」


 空を割く風圧に巻き上がった前髪から開放された黒目がちなギゼラの輝く眼は、その凛と気高き真白な横顔を見つめていた。


「イタイイタイィッ! 離してッ! キィィィッ!」


 ガリリアが痛がる声をあげてヒステリックに暴れようとするがヒルダはその手を離そうとはせず紅玉色の瞳で厳しく睨み真っ直ぐとした声をあげた。


「それほど力は込めてはいない、騒ぐ程の痛みなど無いはずだ。この手は彼女に暴力を二度と振るわないと誓うのであれば解放させていただく」

「な、何よ、このわたしに命令をするだなんてッ、オルテナさんマッチェムさん早くこの暴力女を何とかしてッ」


 人の事は棚と上げ、ヒステリックに暴力と声をあげ助けを求めるガリリアだが、取り巻き二人はオロオロとするばかりで何もしようとはしない。なおもキイキイと唸るガリリアから反省の色を指し込むは難しいと判断したヒルダワイバンはその手を静かに離し、代わりにその身をギゼラの盾とし彼女を護る。


「あまり戦闘手段を惑星有機体生命に向ける事は好まないが、これ以上の悪を執行しようというのであれば私にも考えがある」

「なぁにをゴチャゴチャと訳の分からない事を、わたしにこんな事をしてタダで済むとは思わない事ですわね。オルテナさん、マッチェムさんやってしまいなさいっ」


 堂と盾となり立つヒルダを憎々しげに睨むガリリアは取り巻き二人に命令を下す。来るかとヒルダワイバンが構えを取る。


 が。


「いやその、わたし達はそんな暴力だなんてものは、ねぇ」

「そうですわ、そんな野蛮な事はせずともお話し合いでも」


 取り巻き二人はヒルダに気圧されて両手上げ降参と苦笑いだ。


「なっ、貴女達わたしの言うことが聞けませんのッ! パパに言いつけますわよッ!」

「で、ですけどあれは噂の冷徹令嬢さま」

「わたし達、自分の命は惜しいのです」


 まるで言うことを聞かない取り巻きにキィィと歯軋りをしてガリリアはヒルダを睨みつける。


「噂の冷徹がなんぼの物ですのよッ! わたしの玩具おもちゃを取ろうとするなんて許せ──」

「──〝黙りなさい〟」


 怒り任せに近づこうとしたガリリアの前でまるで目の前にした熱の輝きが急激に凍てつくような雰囲気を見せヒルダの見おろす紅玉色の瞳が氷柱のようにガリリアの心を突き刺し「ヒィッ」と声を上げて威勢の良さは何処へやらと口を震わせる。


「こ、ここコ──」

「鶏の真似がお上手なこと·····ハァ、不快ね貴女達。消えなさい、今すぐ」


 ヒルダの抑揚の無い冷とした声にビクッと弾かれるように「覚えてなさいッ」の捨て台詞だけは威勢よくガリリアは逃げてゆき「置いてかないでガリリアさまっ」と取り巻き二人も退散した。


「みっともない」


 ヒルダは小さく息を吐くように呟いて周りを見やる。どうやら騒ぎが大きくなりすぎたようだ。授業を終えた野次馬な多くの生徒達がゾロゾロと廊下から覗くようにこちらを見ている。教師達がやってきて面倒事になるのもマズいとヒルダは後ろで熱した視線で見上げてくるギゼラを一瞥し。


「着いてきなさい」


 と一言だけ呟き音もなく空き教室を後にし、ギゼラもその背を追った。

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