ワイバン~神という存在~

(言った傍から身体の主導権を奪われてしまうだなんて、貴方にとって約束とは反故とするもの?)

 ──すまないそんなつもりは無かったのだが、救わねばと身体が勝手に動きだしてしまった。


 先程の小柄な女生徒を救った一件で身体の主導権を再び奪われた事に冷えた声を漏らすヒルダにワイバンは心底と申し訳なさげではあるが起こした行動に後悔は無いと言いたげな力強さで言葉を返す。ヒルダとしてもあの落下から頭の打ちどころ悪く死なれてしまっては寝覚めが悪いだろうと思い直しそれ以上ワイバンを責めるのは止めとし、今の時間ならば誰も邪魔は入らないだろう渡り廊下へと脚を向けていた。



 ※※※



 ヒルダは渡り廊下に到着すると「リンドヴラームの大穴」を見下ろす。


 ──ほう、随分と巨大な空洞クレーターだな。この等身で見ると壮観と見える。

(ワタクシ、あそこに貴方がいたのではと思えるのだけれど?)

 ──……なに?


 ちょっとした見物人がはしゃぐような感想を漏らしているワイバンにヒルダは世間話でもするように言った。ワイバンは妙に首を傾げているような声の響きで短く返してくる。その返しがおかしくて笑えるのか妙に腹立たしいのか判りづらいモヤモヤを胸の中心に覚えつつヒルダは重力結界ジ・ウォールの張られた中空に手のひらを合わせながら大穴をしばらく見つめ、もうひとつのモヤモヤとした疑問をワイバンへ問うてみた。


(そもそもと貴方は、何処から来ましたの? 口ぶりからしてこの地の者ではないと分かりますけど)

 ──言ったはずだ、私はグレートソルジャーでありそれ以上でもそれ以下でも無いッ。だがそうだな、何処から来たかと問われればあの「空の上」からやって来たと答えるべきだろうな。

(ソラノウエ?)


 空の上と言われ、ヒルダは無意識に空へ視線を移す。晴天な雲ひとつ無いどこまでも広がる青空。あの上からやって来たという意味が今ひとつピンとはこない。


 ──厳密には「空の向こう」側にある遙かな「宇宙」からガイゾーンの侵略を止めるために仲間と共に「太陽系銀河」にやってきた。

(ウチュウ?タイヨウケイギンガ?……まったく聞いたこともない言葉ね)

 ──君が夢の中で見た真っ暗な空間。それは恐らく宇宙であり、太陽系とは──まぁ、存在が分からぬと理解するのは難しいと思うが、星空の世界と言った方が分かりやすいかも知れない。

(星空の世界?……随分とロマンチストな物言いだけど、あの空の果てにあんな真っ暗な世界が広がっているだなんて信じられるものでは無いわね)


 ヒルダは悪夢の中で真っ暗な空間を漂う甲冑腕の自分を想像する。あんな寂しく空虚な世界が空の上に存在するるなぞ、どうも考えつかないのだ。


 ──しかし、実際にこの蒼の惑星ホシの先が私の知る宇宙に繋がっているかは皆目と検討もつかないがな。恐らく私は時空の歪みを超えてこの世界に堕ちて来たのだと思われる。


 またヒルダの理解範疇に無い事をワイバンは平然と言う。アオノホシ、ジクウノユガミとヒルダの知識には無き事を言ってのける。ただひとつ理解できたのは。


(貴方、落ちてきたと言うけど、あの空の向こうから落ちて来たという事で間違いは無いのね?)

 ──あぁ、その通りだ。

(……なら、貴方はドランヴェール王国に伝わる王国神話の神そのものかも知れないわね)


 ヒルダは神という存在を半信半疑と感じながらもすとりと納得といく奇妙な感覚が胸に広がっていた。

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