変身令嬢

ワイバン~一方的な~


 ドランヴェール王国──王都リンドヴラーム──貴族学園・二階教室。


 ──そろそろ私と話をしないか、ヒルダ嬢。


 席に着き、授業開始をつまらなげにいつも通りに青空を眺めながら待つヒルダへと耳奥に集中的と響かせるワイバンの声が聞こえてくる。ヒルダはそれがまるで聞こえないと微動だとせず、青空を眺め続ける。


 ──無視を決め込まれる理由も分かるが、ふむどうしたものか。これではガイゾーンの侵略に対抗する作戦会議を行えない。しかし、同じダンマリでも夜の君の方が分かりやすく可愛げチャーミングがあったものだが?

(……黙ってくださらないかしら?)


 声が聞こえてから一晩中と無視を貫いてきたヒルダであったが、さすがにここまで耳奥をほじくられる様な響きを浴びせ続けられればこの冷徹と呼ばれる昼間の性格と言えど我慢はできぬものだ。とびきりと冷たく凍てつくような声を心内に念と響かせる。


 ──どうやら、ついに根負けをしてくれたようだ。これは私の勝ちというわけだな。

(勝ち負けの問題は無い。黙りなさいと言いました)


 昨日から妙にイラつかせてくれるワイバンに平静を保つのは冷徹と恐れられる昼間のヒルダと言えど難しい。こちらの性格が鉄面皮な無表情でなければ顔に出て周りにも不思議な眼で怪しまれた事だろう。


 ──ふむ、黙ればこの後にでも作戦会議に応じるという事でよろしいだろうか?

(小癪な解釈をいたしますのね貴方。ワタクシの好きな言葉でお返ししましょうか。三択の内から「いいえ」「いいえ」「いいえ」それ以外の言葉は拒否します)

 ──ふむ、それは一択しか無いと付け加えるが難しいものだ。私はグレートソルジャーとしてガイゾーンの侵略に立ち向かわねばならず、精神融合を果たした君の協力がなければそれも困難といえる。ここは「はい」の選択肢も入れて貰えると助かる。分かっていただけないだろうか?

(あまりにも身勝手な殿方は嫌われると相場が決まっているとご存知では無くて?)

 ──ハッハッハ、私には惑星有機体生命のいう性別というものは無いと昨日の夜に教えたはずだぞヒルダ嬢。忘れてしまったのか?

(……分かりました、最後の選択肢として「沈黙」を加えましょう。ワタクシが再び黙れば解決というもの)

 ──なにッ、待ってくれ。それは困るというものだ。せっかく君が応えてくれたこのチャンスを──

(──チャンスは無きものとなりました。授業の邪魔をしないでくださる? では、さようなら)


 こちらの言葉を聞きはしない一方的なワイバンの声に応えたのが間違いとヒルダはアーベント歴史教諭が入室すると同時にワイバンにシャットダウンと別れを告げた。耳の奥で「待ってくれないかッ」と慌てた声が響くがヒルダは未練がましいと冷徹を最大限に活かし無視を決め込み授業を受ける姿勢を取る。正直、アーベント歴史教諭の授業を受けた方がマシだと思える日が来るとは思わなかったヒルダである。


「はぁい、みなさぁん。おはようございまぁすっ」


 当のアーベント教諭は朝から興奮した様子でマズイ演技の舞台役者のような喋りも上機嫌にさせている。これはこれでヒルダをうんざりとした気分にさせるのではあるが。


「みなさぁんッ、先日はドランヴェール王国の地に遂に神が降り立った記念すべき日でぇす。今日の授業は特別に先生が徹夜で作りあげた「神の奇跡」を唄う朗読劇特別授業といたしましょうねぇっ。さあ、この新たな王国神話はわたぁしの語りで深く世に刻まれるかぁも知れませぇんねぇ」


 アーベント教諭が言う神の奇跡とは昨日のワイバンとガイゾーンバイゾッド・ドリバとの戦いを言うのだろう。ヒルダには未だ信じられない事だが、あれは夢ではなく現実に起きた事だという。ドランヴェール王国の最南端に群生する「ギガティシュ大森林」の一帯にワイバンの巨体は現れ交戦を行ったようである。ワイバンの鋼鉄体と一体となっていたヒルダには正直、あの小さな植物の密集が大森林の巨木とは思えなかった。そもそもと、貴族学園から大森林までは距離が離れすぎていて大森林にいたという実感が湧きずらいのもある。


「はいはいはぁい、それではぁ始めましょうぅ。神の奇跡いぃのぇーぃおぅ」


 とにかく、今は上機嫌なアーベント教諭の下手なオリジナル神話語りを聞くことにしようとヒルダは暇潰しと耳を傾ける。恐らく授業はこの語りで時間を大幅に超えて完全に潰れる事だろう。生徒も半数は夢の中にご招待に違いない。


 ──あの男はいったい何を言っているのだ。まるで超音波攻撃E・M・Pを食らわされるような不快音を鳴らし始めたのだが、まさか君達はこれに耐えられる超人かッ。


 アーベント教諭の声音調節にワイバンが堪らぬと声を響かせてくる。あまり聞き慣れない表現をするがどうやらこれを不快だと思う感受性はあるらしい。


(これは、先日の貴方を讃える語りをするための準備運動のようなものとでも言っておきます)


 ヒルダは無視をすると決め込んではいたが、気まぐれでワイバンに教えてやる。


 ──私を讃える?

(そう、彼の信じる神である貴方のための語りを今から始めるそうよ)

 ──神、どういう意味だ?

(そのままの意味でしょう。アーベント先生は先日の貴方を神さまだと信じきっているというこ──ッ?!)


 ヒルダはつまらなげに巻き毛を指で触りながら応えていると、突然机を手のひらで押し叩き、目線が立ち上がる違和感に支配される。


「それは違うなッ間違っているぞッッ!?」


 突然に大きな声を発している己に気づき紅玉色の瞳を皿と大きくして「はいぃ?」と音程を間違えて歌うかのような呆けた声を漏らすアーベント教諭と生徒達の唖然とする視線を集中させてしまうのであった。

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