ヒルダ&ワイバン~現実へと~


「ヒルダお嬢さまッ、お嬢さまッ」

「ん……ゥ」


 聞き馴染みのある声が聞こえ、ヒルダはゆっくりと目を開ける。紅玉色の瞳を虚ろとさ迷わせ、制服姿のメートヒェンの心配気に見おろす顔へと焦点を合わせるとしばらく眺めた。


「あぁ……メートヒェン」


 抑揚の無いまるで心なぞ削りきってしまったような氷結とした声。細指で唇に柔く触れ、僅かに息をいた。この声の響き、心内に子どもじみた無邪気をまるで感じられない。外を見ずとも今の時間帯が昼間である事を理解できる。ヒルダはベッドから身体をゆたりと起こした。メートヒェンがその身体を支えてくれようとするが、ヒルダは手だけでそれを必要ないと制した。


「すみません、うなされていたご様子でしたので」

「起きただけよ、心配はいらない……うなされていた、また? あぁ、だからそんな大きな声でワタクシを起こしたのね……メートヒェン、何故ワタクシ達はこんな所にいるのかしら? こんな格好のまま寝ているだなんて」


 心配気なメートヒェンの声と表情に納得としながらも氷結な声だけはいつものように突き放したものになってしまうヒルダは、なぜ自分とメートヒェンが寮の自室にいるのかとたずねる。はしたなく制服を着たままベッドに横になっているなぞ、子どもじみた夜の人格ならばともかく、昼間の自分ならば有り得ないはずであり、メートヒェンも着替えさせはするだろう。


「その、覚えていらっしゃらないのですか? 寮と学舎を繋ぐ渡り廊下でクララ・シェンフェルトさんと立ち話をしている最中にお嬢さまのご気分が優れなくなったようでしたので自室にお連れしてからしばらくベッドに横になっていただいたのですが。あの、気分がまだ優れてはいないのでしょうか?」


 メートヒェンが窓の白いカーテンを開けながら、経緯を説明する。まるで覚えていないヒルダの様子にメートヒェンの眉が下がり心配しているのがよく分かる。

ヒルダは中空を見つめたまま目を瞑り、もう一度小さく息を吐いた。


「そう……」


 どうやら、今まで見ていたものは本当に夢だったようだ。ヒルダは身体が突風に煽られリンドヴラームの大穴へと落下したこと、鋼鉄の巨人ワイバンと融合し、鳥の怪物との交戦、妙な空間で顔を合わせ言葉を交わした事を体感したようにハッキリと記憶している。だが、あれは己の見たただの夢なのであると、現実の自分はただ気分が悪くなってベッドに横になっているのだと納得をした。アレが現実だと思うことがどうかしていると瞑った瞳をゆっくりと開けた。


(なんて幼稚な夢なのか)


 あまりにも突拍子も無い夢を自分が見たと思うとヒルダは頭が痛くなる。夜の子どもな人格に引っ張られて見た夢だろうか。しかし、先程見た夢には妙に生々しいものを感じてもいるのは確かだ。


「ヒルダお嬢さま、今日はが立て続けに起こりましたので、体調を崩されるのも仕方のない事だと思います。きっと、心身共にお疲れだったのです」

「……信じられない事?」


 メートヒェンの言葉が妙に気になり、ヒルダは中空に顔をあげたまま紅玉色の瞳を流すようにメートヒェンに向ける。


「何が起きて?」

「え? あの、それも覚えていらっしゃらないので」


 ヒルダがまるで記憶喪失になっているようだと不安と心配を綯い交ぜとした表情で駆け寄ってくる。どうやら誰しも知って当たり前な出来事が起きているようだ。


「意識がまだ夢の奥にいるのかも知れないわね。意識が覚醒仕切るまで時間がかかりそうなの。簡単に説明して貰えるかしらメートヒェン」

「……はい」


 ヒルダの様子がやはりおかしいと思いながらもメートヒェンは昼過ぎに起きた「奇跡」を口にした。


「ドランヴェール王国の地に「神」さまが降臨されたのです。この眼で見た訳ではありませんが、我々は救うために厄災を滅ぼしてくださったのだと先生方が仰っていました」

「神さま?」


 いつものヒルダならバカバカしいと話を袖にするような内容だ。敬虔な王国信徒であるならば、神の存在を信ずるがヒルダの心に信心は無い。だが、あの巨大な顔が神という言葉に重なり、瞳を閉じる。


 ──神とは、大袈裟な事だな?

「ッ──……」


 突然と身体全体に響く声にヒルダは一瞬と眼を丸くするが、目の前のメートヒェンに気づかれぬように平静と表情を無くした。


 声はヒルダを気にせずと一方的に話しかけて来る。


 ──君と私が接触をするきっかけを作った落下事件の事は目撃者全ての記憶を超法規的措置で書き換えさせて貰ったが、私達とガイゾーンの戦いを無かった事とするのは難しかったようだ。しかし、神と厄災か。確かに君たち惑星有機体生命のボディサイズでは超嬢的な戦いに思えたかも知れないが──

「──黙ってくださる?」


 あまりにも一方的にツラツラと話を続ける声が身体全体に響き過ぎて妙なイラつきを覚えて思わずと冷たい声が口を吐いた。


「あの、ヒルダお嬢さま?」

「なんでもないのよメートヒェン」


 突然のヒルダの「黙れ」という言葉に自分が言われたかと緊張した顔をするメートヒェンになんでも無いと返す。メートヒェンは複雑な顔をしたが、主のなんでも無いという言葉に一礼をしてそれ以上は言葉を発しなかった。


(なんてこと)


 身体全体に響く声にあのワイバンという存在と邂逅したあの夢が夢では無く現実であるのだと否が応とも理解できてしまったヒルダは嫌な予感しかしないと知らず息を深く吐いた。





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