ヒルダ&ワイバン~共生関係~


 ──泣かないで。

「……ぇ」


 その優しく響く声に一瞬、時を止め、ワイバンの紅の眼をヒルダは見つめた。無機質な結晶集合体のような巨大な眼に淡い暖かさに包まれてゆく光の灯りが見えた。まるで、変わりに泣いてあげるからと言ってくれているようにヒルダには感じられた。まるで別の人格がそこに現れたようだ。もしや、ワイバンも自分と同じように二重人格をその身に宿しているのではと思えた。不思議と不安や絶望がない混ざったヒルダの心は晴れていくようである。


 ヒルダは無言で眼を瞑り、不安な潤みを消し、打って変わった強気な紅玉色の瞳でワイバンを見つめ「泣いてないわよッ」と返した。


 ──そうか、ならばいい。


 ワイバンの全身に響く声は先程の母親があやしてくれるような優しさの響きよりもすくっと大地に立つ昔物語の戦士のような力強さをヒルダは感じた。やはりそれは別人のようだ。ワイバンはまるで何事も無かったように話の続きに戻る。


 ──それでは、ガイゾーン精神侵略の説明に戻ろう。理由はまだ不確ふたしかだが君の場合、精神侵略による蝕みの影響は薄いようだ。

「でも、アタシの二重な性格は物心つく前からずっと一緒だったものなのよ? それでもその精神侵略ていうものの影響は薄いって言うの?」

 ──ああ、その「二重な性格」というのを自分で認識出来ている時点で蝕みの影響が薄い証拠にもなっているのだ。本来は惑星侵略をしやすい土壌を作り上げる惑星現地先兵を生み出すための手段がガイゾーンの精神侵略だ。奴等ガイゾーンにとって長らく不確かな疑問をもたらす人格を不安定に残し続ける意味合いメリットは無い。先兵化対象の本来持ちえる人格を別な液体同士を混ぜてひとつの別液体に変化させるように速やかに消す方が効率はいいからな。


 ワイバンが思案するように顎を掴むような姿勢を取って粛々と語る。本来であればとうの昔にガイゾーンという得体の知れない侵略者の傀儡にされていたのかも知れないと考えるとヒルダは何とも言えぬ恐ろしさに再び心が潰されてしまいそうになる。


 ──だが君は、どうやら「なにか」に護られている可能性が高いのだ。それが幼少期のままから成長しない人格を含め、侵略の蝕みを食い止めているのかもしれん。

「ちょっと、幼少期の頃から成長しないって、どさくさ紛れにアタシがお子さまだと言いたいわけッ」


 目の前でズケズケと遠慮なしと言ってくるワイバンがいなければ再び暗く涙に沈んでいたかもしれない。


 ──それで、君には「なにか」に護られている心当たりはあるだろうか?


 ワイバンは失礼を口にしているとは思ってはいないようで、そのままの遠慮なさで質問をしてくる。ヒルダは何とも言えぬ表情で顎に指を添えて一応と心当たりとやらを考えてはみる。


「……分からないわそんなの。子どもの頃からずっと心が二つな状態なんだもの、分かるわけが無いじゃない。けど、強いて言うなら「悪夢」をずっと見てはいたの」


 が、やはり心当たりなんてものは出てきはしない。一応とずっと抱えているもうひとつの悩みを口に出してみる。


 ──悪夢?

「そう、真っ暗な世界に漂う悪夢。バラバラな鉄の塊を見上げて凄く悲しくなって。でも、何かを終えられた安堵感もあって、誰かと話しながら目の前にある綺麗なものに手を伸ばすの、その手は傷ついた白い甲冑のような手で、アタシはその綺麗なものを「アオノホシ」と呼んでいて、それで」

 ──待ってくれッ。


 悪夢の内容を語るヒルダにワイバンの巨大な顔がズイと近づいてくるものだからヒルダも話中断に意味はなくとも後退る。


「な、何よ、人が恥を忍んで詳しく聞かせてあげてる時に。ホントはこんな話ひとに聞かせたくなんてないんだから、貴方が人かは疑わしいけど」

 ──すまない、だが言わせてくれ。その真っ暗な世界には煌びやかな君たちが夜空に見上げる星のようなものはあったか?

「まぁ、よくよく考えたらあったかも知れない。そこだけはもしかしたら悪夢の中ではマシな方だったのかもね。他が強烈過ぎて記憶に残りずらかったけど」

 ──話していた誰かの名は分かるか? それと、その腕は私の腕と似ているか?

「ええと、確か「ウィンゼル?」て名前だったと思う。その腕は確かに夢の中の腕に似てはいるけど言ったように傷ついてたしそんな暗い黒と赤の混じりじゃなくてもっと綺麗な白と青の芸術品のような腕だったわよ」

 ──……そうか。


 ワイバンは何処か腑に落ちたと言いたげな声を響かせて何も見えぬ虚空を見上げているようであった。ひとりだけ納得しているんじゃないとヒルダは言い返そうとしたが顔が下に向いて近づいてくるので気圧され押し黙る。


 ──ヒルダ嬢。

「な、なによ?」


 真剣とした声の圧にヒルダは怯みを隠せずとも虚勢を張った声を返す。ワイバンの実際には身体全体に響いてくる真剣な声に一応と耳を傾けるポーズを取ったのだ。ワイバンは言う。


 ──今は君を混乱とさせてしまうため言い控えるが、私には確かに君と共にいなければならぬ理由ができた。

「理由、理由てなに? 混乱させてもいいから答えてちょうだい」

 ──今の君にはまだ受け止めきれぬものだ。時がくれば、話そう。それではしばらくよろしく頼む。

「よろし──ちょっと、よろしくてなによ?」

 ──君には不本意ではあると思うが、君と私の精神はひとつの共生関係を結んでいる。君の惑星有機体の優先順位は君のものである事を約束する。だが、ガイゾーンと戦わざるを得なくなった際の宇宙鋼鉄体の優先順位はこちらに委ねていただく。

「ちょっちょっちょっとうっ、なにを言っているのかまるで分からなくなってきているんですけどッ。絶対に理由を話しなさいッ! とんでもなく重要な事なんでしょそれッ!」


 ズイズイとひとり納得しているワイバンが話を進めているが、ついていけないヒルダはまた戦う可能性がある事も踏まえて冗談ではないとワイバンに詰め寄るだけ詰め寄って説明を求めた。


 ワイバンは簡潔に言う。


 ──つまり、この蒼き惑星世界、厳密には異なる次元世界だろうここは既にガイゾーンの侵略を受けている。グレートソルジャーの使命としてこの世界を救うために私と君は奴等と戦わねばならないのだ。

「戦うッ! イヤよあんなのはッ、野蛮な事はひとりでやってちょうだいッ」

 ──悪いが、融合した精神は私たちで一組の生命を共有している状態。現状、ヤツらと戦えるグレートソルジャーは私のみ、故に、戦えるのは私達しかいない。すまないが、共有する君には色々と諦めて欲しい。それ以外はまったくこれっぽっちも迷惑はかけないとここに誓おう。

「もう既に迷惑掛かってるのが分かって言ってるッ!」

 ──それでは、そろそろ君の惑星有機体生命を元の世界に戻そう、通常生活での身体の主導権は言ったとおり君に託した。こうして面と顔を合わせて話せなくはなるが、いつでも精神に問い掛け私を呼んでくれたまえ。交代の合言葉は「変身チェエィィンジッグレートソルジャーワイバンッッ!!」だッ!

「アタシの話を聞き──て、何よその恥ずかしい合言葉! 絶対に言わないからッ!?」


 ワイバンの一方的な言葉と冗談じゃないと叫ぶヒルダの声と共に空間は歪み世界は暗転とした。




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