ヒルダ&ワイバン~精神融合~


 ──どうした、私の話はまだ始まったばかりなのだが?

「いきなりだのだなんて言われてそのまま、はい、分かりました。なんて何事もなくっ、話を進められる理由ワケが無いでしょッ」


 ワイバンは親指で胸をつくポージングのまま不思議げな声をヒルダの頭に響かせるが、聞き捨てならない言葉が続けばヒルダも黙っていられるわけが無い。人差し指を指揮棒の如く振り回し、ワイバンに指を突きつけワナワナと口を戦慄かせる。


「融合て、このよく分からない存在とアタシはひとつになってることッ」


 これは新たな悪夢なのだと頭の中で結論を無理やりにでもつけているヒルダは振るった人差し指で自分の顔とワイバンの顔を交互に振り子時計のように指す。この巨大な兜顔と融合をしてるなんてたまったものでは無いと空間を泳ぐようにして後退る。


 ──その反応は仕方なきにしても少々と私のセンチメンタルなハートにも傷が付くというものだ。しかし、精神融合をしている時点で後退っても大した意味はないと付け加えておく。ここは私の精神異次元スピリットスペース、距離なんて概念は無い。

「気持ちの問題てのがあるのよッ! というか、そもそもその精神融合ていうのは何なのッ」

 ──ああ、あの時、私の目の前に落ちてきた君を救いだすにはこれしか方法はなかったのだ。本来は了承を取るべきではあったが、時間は残されてはいなかった、すまない。

「うわっ、ちょっ、勝手にひたってんじゃないわよッ、その時の状況を説明するよりも精神融合てのを詳しく説明しなさいと言っているのアタシはッ。義務があるでしょ説明の義務がッ! さぁ説明しなさいアタシに義務を、果たしてッ!」


 感傷浸りなワイバンの下がってくる頭にビクリとしながらも、ヒルダは「説明」と「義務」を連呼して後退りから逆に空間を蹴り上げるようにして詰め寄ってゆく。ワイバンは「精神融合」について彼なりに簡単とした説明を開始する。


 ──ザックリと言ってしまえば我々グレートソルジャーには惑星有機体生命の精神と融合する能力がある。更にザックリと言えば一個体、精神を二つ持つひとりの人間になるという事だ。


 ザックリと雑に説明をされている事にヒルダは妙にイライラとした感情が湧いてくる。一応と聞く姿勢は取るが、堂としたワイバンの説明はまだまだ終わってはいない。


 ──君が暗闇から私の目の前に落ちてきた瞬間、咄嗟に精神融合という手段を取ってしまった。本来は本人の決定意思と共に行う処置であったが、超次元的措置として独断で行ってしまった。先程も言ったように君を助けるには一刻の猶予も無かった。事実、君の身体には急速な重力加速度落下による負荷が掛かり過ぎており損傷ダメージも受け始めていた。もし、私の足元まで落下していれば間違いなく肉体その物が砕けて弾け飛びバラバラになる以上の惨状をむかえ君の身体は物理的に失われていた事だろう。


 サラリと言ってくるワイバンから見るも無惨な死を迎える瞬間だったと話されて流石にヒルダも今更ながら恐怖に身震いをする。ワイバンの話はまだ続く。


 ──だが、その身体への損傷ダメージもこの精神異次元スピリットスペースに収納できた事により、既に回復しているはずだ。これは精神異次元スピリットスペースに蓄積される「コズモエナジー」の治癒効果ヒーリングだ。君の肉体には傷ひとつとない事も確認している、そこは安心してくれたまえ。精神異次元を開ける程の力が鋼鉄体に戻らなければ君も私も消滅していたかも知れんが、まぁ結果はオーライというヤツだ。


 サラリと簡単に添えるように恐ろしい事を言ってのけるこの兜顔にヒルダはイラッとすると同時に身体を隅々と確認されたのかと身震いする。もし助かったとしても身体に傷が着く事に耐えられはしないだろうが、それはそれこれはこれである。そもそもこれは夢であると一応の結論はしつこい様であるがつけているのである。しかし、男性的な喋りをする相手に身体を確認されたなぞヒルダにとって気持ちのよいものでは無い。


「そこについては、夢だとしても不満はありますが、助けられた事には感謝だけはします。では、この身体は綺麗に助かった、貴方もこの空間で回復できました。という事で、この「スピリットスペース」とかいう場所から解放してくださいませ。その精神融合とやらをもうパッパッと解いてしまって──」


 妙に突き放しな丁寧口調のヒルダは身体を全快とさせ、自分ヒルダを助けたという目的は達成しているのなら解放してくれても構わないはずだと巨大なワイバンの兜顔をヒラヒラと仰ぎながらご立腹な顔のまま要求する。


 ──いや、それは無理だ。一度融合した精神を剥がすには慎重を有する。無理に剥がすと君の精神は私側に引っ張られ、それこそひとつの精神体として完全に君が私に吸収されてしまうリスクが高い。

「ちょっと、なによそれッ!」

 ──落ち着きたまえヒルダ嬢、更に言うと君の精神には。グレートソルジャーとしてそれを見過ごす分けにはいかないのだ。

「せ、精神が、侵略? 何を──」


 ヒルダは荒げた声をあげようとするが、それよりも先にワイバンの説明が入り込む。


 ──私がこの惑星の地下に堕とされてから幾年と経過しているのかは判断しかねるが、この世界は既にガイゾーンの侵略の標的とされている。精神侵略はヤツらの侵略手段のひとつであり、我々が惑星有機体生命と精神融合を可能とするようにヤツらも惑星有機体生命の精神に入り込む能力を持っている。我々と違うのは、ガイゾーンの精神融合は強制的に生命を蝕み傀儡とするものである。知らぬ間に入り込まれ、精神そのものをヤツらの精神へと歪められる。気付かぬ間に、ヤツらは侵略の第一段階として惑星現地先兵を作り上げてゆくのだ。

「ちょっと……そんな、冗談はやめてよ……」


 ワイバンの精神侵略の説明にヒルダの中に堪えようのない恐怖心が生まれる。知らぬ間に自身が訳の分からない存在に操られている可能性を信じたくは無い。


 ──君にも心当たりはあるはずだ。例えばまるで別の人格によって感情が制御できないなど。

「っッ──……それは」


 心当たりがあるというものでは無い。自身の昼と夜に入れ替わってしまうような二重の人格、ずっと、己の中で生まれたものだと思っていたこの人格が、得体の知れない存在によって歪められた結果なのかも知れないと考えたくは無いのだ。嫌ってはいるが、物心つく前から冷徹といえる心見せぬ感情とも、癇癪を起こすこの子どものような感情とも不自由ながらずっと付き合ってきた、どちらが元の自分かなんて分かるわけはないが、どちらも共に生きてきた半身だ。両方とも自分自身であると信じてきたのだ。今更、歪められて植え付けられた人格かも知れないと認めたくは無いのである。



 無意識に己の身体を抱くヒルダの紅玉色の瞳は不安、恐怖、絶望の混じった感情の渦に耐えきれ無いと潤み揺れていた。

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