ヒルダ&ワイバン~異次元邂逅~


 ヒルダは気づけば淡い光に包まれた空間の中にいた。先程まで訳の分からない甲冑のような巨大な身体で怪物と戦い、よく分からない身体全体に響く声にまるでわけの分からない一方的な名乗りを聞いていたはずだ。それが今は消え、こんな何も無い真白な光の空間を漂っているという事は、やはりあれは夢でありこれも夢の続きであるのだと納得し、ヒルダは胸を撫で下ろす。その胸を触る細指も甲冑ではなく白肌の直に感じる自身のものだ。この空間の浮かびも奇妙な夢であるが先程の悪夢に比べれば何千倍もマシだとヒルダは深く安堵の息を吐いた──


 ──お目覚めかな?

「マ゙ッッッッ!!?!」


 ──瞬間、鎧兜を被ったような巨大な顔が目の前に現れ、ヒルダは心臓が止まりそうな程に紅玉色の瞳を剥いて声にもならない悲鳴をあげていた。まるで自分があげるとも思えない程ヒドイ悲鳴だ。


 ──すまない、驚かせるつもりは無かったのだが。


 目の前の巨大な兜顔は特に動じる事も無く。紳士的な声で礼儀正しく謝罪をしてきたが、ヒルダの混乱はそれどころでは無く「何がどうして、アタシはなんでよッ」と己でもよく分からない言葉を口走る。


 ──落ち着きたまえ、ここは私の精神異次元スピリットスペースである。君と顔を合わせて話したくご招待した。ハッハッハッ、なに心配する事は無い、ここには私と君しかいない安全圏だ。危害を加える存在なぞ粒子体とて侵入させる事は無い。


 巨大な兜顔はヒルダがここが何処なのかと尋ねてきたのかと勘違いをしているのかここは安全だと諭してきた。が、しかしヒルダにとってこんな得体の知れない存在デカブツと二人きりな空間なぞ安全圏では無く動物の檻のようなものだ。閉じ込められた恐怖感しかない。気分は猛獣を前にする草食獣である。


「こんな、こんなバカな夢を見るなんてアタシはどうかしているのよッ」


ヒルダは自慢な赤の巻き毛を抱えあげるようにして首を旋風と振り乱す。本当に頭はパニックというものだ。そんなヒルダを落ち着き払って眺めた兜顔は改めて重低声を響かせる。


 ──私には惑星有機体生命の夢を見るという現象を理解することは難しいが、これは紛うことなき現実だ、目を背けないで私の話を聞いてくれ嬢。

「なんでぇッ、アタシの名前をッ!?」


 これが現実だと言われる事よりも、己の名前をこの兜顔に知られているという事にヒルダは素っ頓狂とした声をあげる。


 ──君も私の名前を分かっているはずだ、現実逃避せず私と向き合えば頭に浮かんでくるだろう。


 あくまでも冷静で紳士的な声を崩さない兜顔に絆されたヒルダは混乱とした頭の中で冷と心を落ち着かせる。

 確かに目の前の兜顔の名前を理解できる事に震えた声を絞り出しての名を口にする。


「グレ……イバーン?」

 ──それは違う間違っているぞッ! 正しき私の名はグレートソルジャー・ワイバンッ! はい、もう一度叫びたまえグレートソルジャー・ワイバンッ!


 どうやら間違っていたらしい。結晶体のような紅の巨眼にブワリとした輝きを放ち強い声で訂正を要求してきた。


 目潰しを食らったような眩しさと彼の暑苦しさがヒルダは妙に癪に触りムカりとした感情を彼にぶつけた。


「何よ、何なのよッ、そんなの大した違いは無いじゃないッ。こっちの方が長くなくていいじゃないッ」

 ──大した違いではなあぁいッッ! 名は大切なものなのだッ! 君とてヒルデガルダの愛称ヒルダを「ヒルガル」と敵対勢力のような名前に間違われればとッても嫌な気分になってしまわないだろうかッ!

「う、そんな間違いは有り得ない、でも確かにとッても嫌……ちょっと、これってムキになるほど重要な事?」

 ──重要な事だ。名は意志、生まれ落ちた時より最初に与えられし誇りであるのだッ!


 どうにも紳士的な声を崩してしまう程には彼は名に誇りを持っているらしいとヒルダは簡単ながら理解する。これはこちらが大人な対応を見せなければいつまでもたっても話が前に進まないとも思えた。譲歩した方が話は早いという判断だ。


(ふふん、アタシってば大人……て、ちょっと待ってちょうだい?)


 どうも、今の自分は夜の子どものような人格で喋っているようだと気づく。やはりこれは夢である可能性は捨てきれないと再び逃避するヒルダ。そう思うと、何だか目の前の巨大な顔に狼狽するのも馬鹿らしい。紅玉色の瞳を細めて結晶体のような紅の巨眼の緩くなっている輝きをジッと睨んで腰に手を当てたヒルダはふんぞり返って話を聞いてみる事にした。どうせ夢なら退屈しない話を聞かせて欲しいものだと言わんばかりである。


「それで、ワイバンさん? 話はザクッと逸らしちゃったけどアタシとアナタがどういう状況か説明してくれるんでしょうね?」

 ──あぁ、もちろんだ。それでは説明をさせていただく。


 兜顔──改めワイバンは頷くと、巨大な甲冑のような親指を立てて己の紅の宝石のような胸の中心部を突き、状況説明を開始した。


 ──先ず、だと言っておく。更に分かりやすく言うとにある。私の精神異次元スピリットスペースに君が存在できているのは融合が成功と──

「──ちょちょっ、ちょっと待ちなさいってッッ」


 いきなりトンデモ無い事を口走るワイバンにヒルダの頭は再び混乱に陥るのであった。







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