精神融合

異大戦士~ワイバン~


 暖かい、ヒルダの精神はそう感じていた。己の身体が既に存在しない事は何故だかすぐに理解できた。今の自分は「精神・魂」のみの存在であると。ただ「死」とは暗く寂しいものだとヒルダは考えていたがこんなにも心穏やかに暖かい。これならば「天国」という世界があると信じられると、ヒルダは確かに思えた。


(眼を開けば、きっとそこには)


 天国があると、その眼をそっと開いてみた。


(ッッ?!!)


 だが、そこに見えた光景は美しき楽園ではなく、雲を切り裂き急速に落下を続けるという衝撃であった。これでは、深淵の奈落へと落ちてゆく続きである。

 リンドヴラームの大穴の先がこんなところに繋がっているのか、穴の先にこんな大空が続くものか。これでは悪夢の延長線ではないか。


 ヒルダは纏まらぬ意識の混乱の中で着実に近づいてくる大地にもう一度「死」というものを感じていた。


 そして、ヒルダの身体は森の木々しげる大地へと直撃をした。今度こそこの生命は終わりを迎えたのだと思えた。


 だが──


(痛くない?……ただ、足が痺れているような衝撃があるだけ?)


 死んではいない、信じられない事にあの大地が豆粒ほどにも遠く感じた高度から落ちて生きているのだ。足から大地へと着地している。ヒルダはまるで階段から軽く飛び降りたような軽やかさに感じていた。


(な、なによ……これ)


 だがそれよりも違和感を覚える。見えゆく景色が妙におかしいのだ。森の木々の高さがまるで庭園に咲く草花程度にしか見えない。それに、着地したこの甲冑を纏ったような脚は本当に自分のモノなのか。そして、同じく甲冑のようなこの腕は、幾度と無く見続けた「悪夢」の腕と酷使しているのだ。違いがあるとすれば白と青の優美にも見えた色合いが武骨とした黒と赤に変わっている事、夢の中のような深い傷跡がひとつも無いのだ。


(あぁ……これ、新たな悪夢を見ているのね)


 そうだ、悪夢だ。そうでなければ説明がつきはしない。ヒルダ自身はベッドの中でうなされ、もうすぐメートヒェンが起こしてくれるに違いない。再び汗だくになった自分が眼を覚ますのだと。今はそれが待ち遠しい、こんな森を見下ろす巨人になったみたいな夢だなんて、最悪だとヒルダは己の目覚めを願った。


 ──ここが、蒼き惑星の大地か?

(っッ?!……なにッ!?)


 だが、ヒルダは夢覚める自分ではなく、自分の身体全体から響くような声を聞いた。思わず引きつりな声を漏らすと、響く声が返ってくる。


 ──すまない、驚かせてしまった。あの瞬間の君を救うにはしか無かったのだ。惑星有機体生命に対する無礼とは理解わかっているが、今はどうか許して欲しい。


 響く声は紳士的な男性のように感じられた。しかし、言っている言葉の意味はまるで分からず、ヒルダは引き攣りに動揺とした声を漏らす。


(い、いったい──)

 ──ッ!? すまないが、悠長なお喋りをしている場合ではない。奴等が来るッ!!


「来る、何が?」聞き返す間もなく身体全体が急に突き飛ばされるような衝撃に襲われヒルダは声にもならない悲鳴をあげる。それと同時に全くと意識をしていないのに甲冑腕がひとりでに動き己を守るように腕を盾とし、後方へと飛んだ。


 ──この闘い、鋼鉄体ボディの主導権はこちらに委ねさせていただく。


 声が一方的に伝えてくる。木々を弾き飛ばし再び大地に脚部から着地をし、視界は空中を旋回する鉄鎧に纏われた鳥のような怪物をとらえ続けている。


 ──惑星侵略空機兵「バイゾッド・ドリバ」を確認。ここがどこであろうとも「ガイゾーン」の惑星侵略を「グレートソルジャー」として許す訳にはいかないッ。


 甲冑の腕が火花散らして交差し、力強き声が響く。


 ──戦闘態勢ファイトパワー起動オンッ!


 赤の眩い光が両腕に輝くと同時にヒルダの胸の奥に燃えるような熱い感覚が流れるように感じた瞬間、一気に空中へと飛び上がる光景ビジョンが見えた。視界はバイゾッド・ドリバと呼んでいた鳥の怪物を見下ろしている。


 ──私の中の「コズモエナジー」はほぼ失われかけているようだが、鋼鉄体に馴染むこの惑星の大気をエナジーの依代とさせれば、トウゥアッ!


 声が叫ぶと同時に強く握られた右拳が燃え上がるように熱くなる。バイゾッド・ドリバと呼ばれた怪物がそれを察知するように開かれた両翼から無数の拡散した光を撃ち込んでくる。


 ──拡散光矢ライトアロー等で私を止められると思わないことだッ!


 声は回避行動は取らぬと真正面から拡散光矢にぶつかってゆき光の帯が何度も弾け飛び一気に前進する。


──光矢を制し、必中の剛腕がキサマヲ砕アクッ!


 ──アアァァムゥッッ!!


 振り被った右拳が更に熱く熱く燃え上がり、強き叫びが響き渡る。


 ──シュウゥタアアァァッッッ!!!!


 振り抜かれた右拳がバイゾッド・ドリバにぶつけられた瞬間、赤光が手甲部から撃ち放たれその鋼鉄の鳥のような身体を一撃の元に貫き、鋼鉄体は土煙と振動と共に大地へと着地をする。


 後方で爆発音が響き渡ると同時に鋼鉄体が立ち上がり、眩しい太陽を見上げていた。


 ──ガイゾーン共奴どもめ、この私が目覚めたからにはッ。好きにできるとは思わないことだッ。


 決意を響かせる声と、何が起きたか分からないままに目まぐるしく流れていった戦闘光景にヒルダは心追いつかぬままに声を漏らした。


(な、なに、何が、なに?)


 ヒルダの動揺とした呟きに声が返ってくる。


 ──すまない、君には色々と説明をしなければならない事が多いな。先ずは落ち着いて話をさせて欲しい。

(色々と落ち着いて……ぁ、貴方いったい?)

 ──そうか、名乗りが遅れていた。私はガイゾーンの侵略から知的生命体の生きとし惑星を護る異大戦士「グレートソルジャー・ワイバン」だッ!!


 ヒルダは名前を聞いたわけではなかったが、声は力強く己を名乗った。言っている意味がなにひとつとして分からない。


 あぁ、夢。これは間違いなく夢。絶対に新たな悪夢を見ているに違いない。ヒルダは強制的にでも意識を失いたくなった。

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