第81話  ダンジョンの中では普通でも、ダンジョンから出てしまうと非常識になるホンの一例。(その1)

 雑賀村の中学生一行は、一旦ダンジョンの入り口近くの広間に集まり、全員の点呼の後帰路に就いた。雫斗達は早めに切り上げた事もありまだ誰も来ていなかったので、ミーニャとクルモは他の人が来るまでの間、収納を使った投擲の練習をしていたのだが、帰って来た他の面々のミーニャのその姿を見た反応は両極端だった。


 一本鞭を懸命に振っているミーニャを見て、感動に打ち震える人と、完全に引いている人に分かれるのだ。一体何を想像しているのかは分からないが、手を胸に重ねて目をハートにしている女子を見て雫斗はげんなりしていた。


 探索者協会の雑賀村支部の業務を兼ねている村役場へとやって来た雫斗達、これから雫斗のやらかしたことを報告するために来たのだが、流石に全員では多すぎるので雫斗の他は美樹本姉弟の双子だけが付き添っていた。


 雑賀村の支部長を兼ねている村長の母親の悠美に報告するため、妹の香澄のお迎えはミーニャにお願いした。さすがに報告してそのままお終いとも思えないので、香澄を長い時間待たせるわけにもいかないからだ。


 役場に隣接している保育園に兄の雫斗とミーニャが迎えに来た事で、多少びっくりしてはいたがミーニャと帰れると知ると大はしゃぎする香澄は最近彼女と仲がいい。


 両親と同じ部屋で寝る事が今までの香澄の常識だが、ミーニャを”お姉ちゃん”と慕って、ミーニャの部屋で寝る事を覚えてしまい、違う部屋で寝るという新しい感覚に喜びを感じている様子だった。同じ家とはいえ部屋が違うとお泊り感覚があるのか親が隣に居なくてもよく眠れているみたいだ、これは香澄の親離れというか一人寝も近そうだ。


 香澄とミーニャを見送って、雫斗は沈痛な面持ちで母親に面会を求めた。終業前だった事も有り悠美はいたが、応接室に通される雫斗は断頭台に連行される囚人の気持が分かった気がした。案の定、雫斗の表情とその後ろから現れた美樹本姉弟を見て、何かを悟った悠美がため息をつく。  


 「雫斗と美樹本姉弟なんて珍しい組み合わせね?。 悪い予感しかしないわ」と最近の悠美の悪い予兆を嗅ぎ取る確率が高くなってきていた、何と言っても今朝鑑定のスキルと保管倉庫の情報開示を雑賀村限定で許可した(雫斗に話しただけだが)ばかりなのだ。


 「情報の開示制限に関しては少しばかり物申したいことは有りますが、此れは早急に確認した方がよろしいかと思いまして報告に来ました」と美樹本姉が少しばかりカタイ言葉で話をする。これは瑠璃が悠美に対して他意があるわけでは無く、リスペクトした結果そうした言葉遣いになってしまっているだけで、元官僚のバリバリのキャリアウーマンだった悠美に憧れているだけなのだ、瑠璃が説明を始めるが、途中から悠美が止めに入る。


 「待って、待って!。どうしてダンジョンの攻略が、物理学の講義になるの?」。文系の悠美にはいまいち理解が追い付かない様だった。


 「えーと、接触収納内で何かを射出する時に加速することが出来る事はお分かりですよね?」瑠璃はかみ砕いて説明する事にした様だ。


 「ええ、それは分かるわ、この間雫斗が音速を超えたと喜んでいたわ」悠美が最近の話よねと頷くと。


 「どうやら収納内では、今の所出す時限定ですが圧縮も出来るみたいなんです。で、雫斗の収納の圧縮ですが常識を外れてまして、どうやら原子核がつぶれて崩壊するまで押し潰してしまっている様なんです」。淡々と説明する瑠璃だが、自分で話していてなんだが、ほんとかよと思いながら説明しているのだ。 


 「原子核が崩壊してしまうとどうなるの?」。良く分かっていない悠美は条件反射的に聞いてきた。


 「その後も圧力を加え続けると、圧力に負けて極限まで潰れてブラックホール化します」。ブラックホールの言葉を聞いて驚きの声を上げる悠美。


 「ブラックホール?!!。 大事じゃ無いの」悠美にするとブラックホールのイメージは、巨大で星を粉砕して飲み込む怪物のような存在でしかないのだ。


 「普通に言われている超巨大なブラックホールではなく、ナノ単位の極小のブラックホールなんです」取り敢えず悠美のイメージを払拭することから始める為に続けて話す。


 「極小のブラックホールですから、作られる傍から消滅していくみたいです、ただ収納内での事なので確認のしようが無くて、雫斗本人がそう言っているので疑う訳ではないんですが、事が事なので体に有害な放射線とか出ていないか調べた方が良くないかいうことに成りました」雫斗が話したことになってはいるが、本当はヨアヒムに言われたことを話しているにすぎないが、ここは自重して何も言わずにいる雫斗だった。


 「ふぅ、そう。良く分からないけれど、色々と調べると良いのね。だけど、どういった経緯でこうなったの」一つため息をついて起こってしまった事はしょうがないと、多少あきらめの心境でいた悠美だが、瑠璃が説明している間、気配を殺して大人しくしていた雫斗に悠美の追及の手が伸びてくる。


 「収納の出口をどこまで収縮出来るのか確かめたくなっただけだよ、ここ迄大事になるとは思って無かったよ」。これは雫斗の正直な気持ちで、本来雫斗は平穏無事が身上なのだが、どうやらここ最近の彼はやらかしてばかりなのだ。呪われているのかもしれないと近頃は本気で考え始めているのだ。


 悠美は自分の息子である雫斗について、自分の興味のある物事に対する執着と集中力が尋常ではない事は知ってはいたが、雫斗の功績の発端は彼が探索者協会に登録してきてからなのだ。どう見てもチームで倒したとはいえ、格上のオークを倒したことが影響しているのかもしれないと考えているのだ。


 「分かったわ、取り敢えず本部に報告してからね。どうやって調べるか、研究機関との調整も有るからしばらく時間が必要だわ。分かっているとは思うけれど、雫斗その間これ以上の考察はしばらく禁止よ」。と雫斗の最大の娯楽の自重を言い渡された彼はしおらしく了承して連絡待ちと言う事でその日は終了となった。

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