第73話  ダンジョンの意外な恩恵と、その役割?・・・。(その3)

 クルモが入っていた籠は、そのまま寝床として使えるようで、何処に置こうか迷っていた雫斗に、本棚の空いたスペースに置いてくれと言うのでそこに置いたのだが、本来ゴーレム型のアンドロイドは睡眠や食事といった、人間に不可欠な休息や栄養補給といった行いは基本的には無い。


 それでも夜間に睡眠よろしく活動を抑制するのは、義体のメンテナンスが主な要因らしいのだ、確かにずーと動き続ける事の出来る機械など、まだ人類は完成させて居ないので時折整備が必要になるそうだ。


 活動するためのエネルギーにしても、人間の様に食事からではなく直に魔昌石から魔力を取得している様だ。雫斗達にしても魔力切れを起こすと、少し安静にしていると自然に回復していくのだが、ゴーレムの場合はそれだけでは足りないらしく直接魔力を補給しているのだ。


 最初の頃、ゴーレムの良子さんが、自分でダンジョンから取って来た魔昌石を握りつぶしているのを見て、不思議に思って聞いてみたところ、”此れが食事の代わりです”と言われて驚いたのを覚えている。


 本来であれば、魔法でテイムなり主従契約をして、主人から魔力の供給を受けるのが良いのだけれど、香澄はまだ幼くダンジョンカードも持っていないため、効率は悪いがこの方法でしのいでいるのだと言っていたのを思い出していた。 


 「ねぇクルモ、魔力の補給はどうしているの?魔昌石ならスライムの魔昌石がかなりストックされているけど・・・」と言葉を濁す。いくらスライムの魔昌石が小さいとは言っても、小さなクルモが握りつぶすのは流石に無理がある。


 「魔力の補給ですか?この義体はさほど魔力を消費しませんが、出来ましたら主従契約してご主人からの魔力供給が望ましいですね。でも魔昌石からでも取得できますよ」とクルモが言うと、雫斗は多少驚いた。


 「えっ、握りつぶせるの?、その手だと小さくない?」と雫斗の頭の中は疑問符が飛び交う。クルモはケラケラ笑うと「違いますよ、魔昌石を一つ貰えませんか?」と催促してきた。


 雫斗は「スライムの魔昌石でいいのかな?」と聞いて一個魔昌石を机の上に出す。その魔昌石に向かってハエトリグモよろしく飛び掛かると抱き着き、暫くすると魔昌石が光に還元されてクルモに纏わり付く。


 「へ~、そうやって魔力を吸収しているんだ」そう雫斗が感心して言うと。


 「そうです、魔晶石は魔力の塊ですから触れているだけでも吸収できますが、拡散していくので包み込んだ方が吸収する量を多く出来ます。でも効率は確実に落ちますね」とクルモが悲しそうに言う。


 「えっ?そうなの、効率って魔晶石からは魔力が取り難いって事?」雫斗が驚いて聞いてみると、いきなり内なる声が響いてきた。


 「当然であろう、我が主よ。そもそも魔晶石は魔力の拡散が主な役割でしかない、魔力を閉じ込める器が壊れると周りに飛び散るのは道理でしかない。その魔力を浴びて吸収するのであるから効率は悪くなるのは当然の話だ」いきなりヨアヒムが話しかけてきたので、びっくりした雫斗が声に出して答えた。


 「うっわ!!、ヨアヒムいきなり話しかけないでよね、びっくりするから。・・・でもヨアヒムから話しかけてくるなんて久しぶりじゃない?」と雫斗が驚いて言うと、クルモが首を傾げて不思議そうに見つめている。


 そうなのだ、ヨアヒムという魔導書を取得してから雫斗を見る周りの目が痛いのだ、勿論魔導書を得て居る事を皆には話しているが、ヨアヒムの言葉を聞くことが出来るのは雫斗だけなのだ。当然ヨアヒムとの会話は、他の人からすれば雫斗が独り言を言っている様にしか聞こえない。しかもその魔導書が”叡智の書”と大層な名前であれば期待も大きいのだが、雫斗が知りえた事柄の補填としての機能しかない。


 それはそれでいくらかの強みでは成るが、あまりにも大層な名前の叡智の書のポンコツぶりに雫斗はがっかりしたのを覚えている、しかしそれだけではなく、その魔導書に付いているヨアヒムという知性の存在の変態っぷりにげんなりしていたのだ。


 流石に”独り言の雫斗”と言う二つ名で呼ばれそうな事態になるのを避けるため、そこで雫斗は心の中で会話をするという猛特訓をして、念話で話をする事が出来るように為ったのはいいが、その特訓の成果かなのかは分からないが、思考と会話を分ける事が出来る様になったのだ。雫斗の思考を読めなくなったヨアヒムが拗ねて聞いた事しか話さなくなって久しいのだが、今日いきなり話しかけられて驚いている雫斗だった。


 「新しい同僚が出来そうなのでな、挨拶がてらに我が主に助言をしようと思って声を懸けたのだ。・・・主よ何故に師従契約を躊躇しておるのか? 知性なき魔物であれば人に害をなす存在では在るが、知性ある魔物であれば役に立つ道具と成りえる事も有る、魔物にとっても主人との繋がりは魔力の供給だけには留まらぬ。お互いに利のある更なる高みへと誘う契なのだ。さあー主よその者と契約を交わすが良い、さすれば其方の良き友と成ろう」ヨアヒムが力説するが、彼の胡散臭さを知っている雫斗は素直に頷けない。ヨアヒムとの騙し討ちの様な主従契約が頭をよぎる、何か裏があるのでは無いかと。


 ヨアヒムに騙されて(完全に雫斗の思い込みのせいなのだが)主従契約した当初、彼のあまりの変態っぷりに辟易した雫斗が契約の解除を申し出ても、出来ぬ存ぜぬで拉致があかないし、色々調べても魔物との契約の解除の方法など何処にも載って居ないのだ。切羽詰まった雫斗がその本を火にくべてしまおうかと思った時も有ったが。ヨアヒムに鼻で笑われて。


 「主よ、一度契りを結んだ魔物は己の身を引き裂こうとも、炎で焼かれて灰になろうとも主が健在ならよみがえることが出来る。それ程主従としての契約は尊いのだ、我の存在は主自身と同義なのだ」そう言われて絶望感に打ちのめされたのを思い出したのだ。


 「ヨアヒム、何か裏があるのかい?またよからぬ事を考えている訳じゃ無いだろうね?」と雫斗が問い詰めると。


 「な、何を言うか主よ。我はご主人様の下僕であるぞ、主の糧となる事の助言しか、した事が無いと言うに、こ、この扱いは、不服であるぞ」とヨアヒムが不満げに言う、しかしこの様な時の彼は何かよからぬ事を企んでいるのを雫斗は十分理解している。


 「確かに助言は受けたが、その結果死にかけた事2回、窮地に立った事8回、それも君と出会ってわずか1ヶ月間の出来事だよね?。流石に騙されやすい僕でもヨアヒムの言葉には用心するよ」と雫斗が辛辣に言い放つと、心外だとヨアヒムが反論する。


 「我は虚偽の提案なぞ言うてはおらぬぞ、其方が大量の魔物を狩る方法はないかと考えた事の助言をしたまでだ。そもそも我は嘘や欺瞞の諫言を禁じられておる、もし其方が不満を持ち得たなら、それは其方の思い込みが原因であろう」確かに大量のスライムを倒したいと思ってはいたが、試練の間と普通のダンジョンの魔物のリポップする条件が変わっているなんて思いもしなかったのだ。


 ダンジョンの魔物は人の知覚の範囲ではリポップはしない、その常識にとらわれて、ヨアヒムの言われるままに試練の間の中心に何の疑念も無く進んだ途端、スライムが天井や地面から湧き出してきたのだ、逃げ道を塞がれた雫斗は礫を大量にばらまいて対応したが、リポップするスライムのスピードが早すぎて対応出来なかったのだ、その時は前日に獄炎魔法のオーブを取得して居た為、ぶっつけ本番で有る魔法を試したのだ。


 その魔法とは自分を中心にした業火の炎をイメージした”ヘルファイヤー”(自分で名付けた)で、さすがに自分へのダメージは避けられないと覚悟したが、その時は運よくすべてのスライムの駆逐に成功したのだ。雫斗はあの時ほど死を覚悟した事は無かった。


 当然その後で、盛大にヨアヒムに抗議の言葉を浴びせたが、当の本人はそんなものは知らんと涼しい顔で答えたのだ。


 「そもそも、試練とは己の成長を掛けて命がけで鍛錬をすることに意味がある。しかしその過程で多くの者が命を落としては本末転倒と言わざるをえまい。喜べ主よ、ダンジョンは中層と深層は探索する者に対して苛烈では在るが、事上層の試練の間に関しては程々な手厳しさにとどまる。ある程度のペナルティーは有るが死に至る事は無い」そう断言したヨアヒムの言葉に、試練の間の危険性がある程度無いことが分かったのは上々だと、その時の雫斗は安心したのだった、ただどの様なペナルティーが有るかは体験してみたいとは思わなかったのだが。


 ふと気がつくと、クルモが雫斗を見上げていた。ヨアヒムとの念話での会話に集中していた為、彼の存在を失念していたのだ。

 クルモも雫斗の心在らずの状態を察して、じっとしていたが何か疑念が有るのか触手がピクピクしていた。


 「いや悪い、ちょっと達の悪い悪霊と話をして居てね。どうしたの?、何か聞きたいことでも有るのかい」悪霊と言われたヨアヒムが、叉ゾロ抗議めいた事を口にするが、それを無視して雫斗が話をふると、待っていましたと怒涛の質問攻めをしてきた。


 「ご主人様は今、何方かと会話をしていました?。もう既に使役している方がいらっしゃるのでしょうか?、その方が私との契約を拒否しているのであれば仕方が有りません、私はご主人様の使い魔となる事を諦めます。ですが、出来ましたらお側に置いては頂けませんでしょうか?私はご主人様のお役に立てれば嬉しいです」と、上目遣いに


 健気な事を言うので、慌てて雫斗は事の次第を話す、まったくヨアヒムと話をしていると、雫斗の周りで誤解や疑念が蔓延するのは、ヨアヒム自身が呪われている”呪いの書”では無いのかと思いたくなってくる。


 「それは誤解だよ、確かに魔物?と主従契約をしているけど、僕の本意じゃ無かったんだ。あれは騙し討ちに近いから、どちらかと言うと呪いじゃ無いかとさえ思えてくるよ」そう答えた雫斗の内なる声が(ヨアヒム)、がぜん騒がしくなるが、最近の雫斗は“馬耳東風”と言う言葉の意味(違う意味だが)を理解出来る様になってきた。


 「僕が君との主従契約を躊躇っているのは、解除の方法が分からないからだよ。別に君に不満がある訳じない、クルモの自由の制約にはなりたく無いからね。・・・ただ今現在ど〜〜しても解約したい使い魔が若干一名いるけどね」とクルモに雫斗の本音を伝える。


 「そうですか、ご主人様に誤解してほしくないので話ますが、私達はアンドロイドとして生を受けているので、他のモンスターとは若干違うと思いますが、大まかな事は同じだと思います。私達使い魔と呼ばれるモンスターは契約した主人の能力を糧にして、私たちは成長することが基本です。ですから盲目的に隷属している訳ではありません、お互いに対等の関係です」とクルモが言った後ボソッと『ご主人が気に入らなければ逃げ出しますし』と小さな声で話したことは、雫斗には聞こえなかったようだが。


 クルモのお互いが対等の関係なのだとの主張に、雫斗もクルモの主従契約を前向きに考えてみる事にして、2,3日考えさせてくれと言ってその日は休む事にしたのだった。

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