第71話  ダンジョンの意外な恩恵と、その役割?・・・。(その1)

 クルモとモカの引き渡しを無事終えた山田社長一行は、明日悠美との面会を希望してきた、どうやらゴーレムの引き渡し以外に要件がありそうだった。


 快く承諾した悠美は山田社長に会談の内容を聞いてみた、するとこの村に会社の支社兼研究所を立ち上げたいとの事だった。こんな辺鄙な村に支社を建てるとは奇特な人も有ったものだと悠美は思ったが、雑賀村にとっても税収が増える事はありがたいので取り敢えず明日詳しい話を聞く事にして、今日は村の宿泊施設で休んでもらう為手続きをして送り出したのだ。


 その日の夕食後、雫斗の部屋ではクルモの探索が進行中だ。ワイヤーアクションよろしく文字どおり飛び跳ねている、粘着性のひもの様な細い糸を壁や天井に張り付けて振り子の要領で移動しているのだ。


 不思議なのは使い終わったその糸が煙の様に消えていくのだ、どうなっているのかと思ってクルモに聞いてみる。

 「クルモ、その糸の様なものはどうしたの?消えていくように見えるんだけど」雫斗の問いかけに、反応してクルモがベッドの端に座って居る雫斗の膝の上に着地する。


 「これですか?」とクルモが両側の足の2番目の前足から水芸よろしく波打たせて糸を伸ばす、クルモの足は片側に5本ずつで一番前の足は他の足より短くて、移動に使うと言うより人間で言うところの手の役割をしているようだ。


 指も長く、手の形をしていて器用に物をつかんだり出来る様で他にセンサーの役割があるらしい。移動には他の8本の足を使っていて、移動に使う足の前二本から糸を出していた。


 普通の蜘蛛は確かお腹にある器官から糸を出していたと思ったのだけど、クルモは足の先から出していて、器用に壁にくっつけたり天井にくっつけたりしてその反動で移動していた。


 「そうそれ、消えてなくなるように見えるんだけど、どうなっているの?」雫斗の疑問に、手を出してくれとクルモが言うので、そうすると掌に何やら液体の様な物を足の先から出してきた。


 「これが糸になります。何もしなければ、ただの液体ですが空気に触れて魔力を通すと硬化するのです。一旦硬化した後に魔力を切ると消えてなくなります」そう言いながらクルモが実演する。


 掌にたまった液体が固まったと思うと、次の瞬間には煙の様に消えていった。詳しく聞くと魔力を通している間は粘着性や方向をある程度制御できるらしいのだが、噴射する圧力の関係で5メートル以上は飛ばす事が出来ないみたいだ、強度的にも現時点では10kg前後の重さを支える強度しかないそうで、今の所クルモの移動手段として試験的に活用しているそうだ。


 「私の義体制作には池田さんが持てる技術とアイデアを詰め込んだと言っていました。本来なら雫斗さんが支払った値段の数倍近くは掛かっているそうですよ」とクルモがカミングアウトをしてきた。


 確かに雫斗は出来るだけ高性能の義体でお願いしますと言いはしたが、此のちんまい蜘蛛が高級スポーツカー並みとは、その事実に雫斗が呆けていると、クルモは部屋の探索に戻って行った。


 雫斗は部屋の探索に余念がないクルモをほっといて机に向かい勉強を始める事にした。其処でふと数日前の出来事を思い出したのだ、沼のダンジョンを使う事ができず、仕方なく村の中にあるダンジョンの2階層で鉱石の採取をしながらスライムやケイブバットなどを倒して居ると、受験勉強で忙しいはずの栗栖先輩を見かけたのだ。どうやらスライムを探して歩いて居る様で、見かけた雫斗はゆっくり後ろから近づき声をかけた。


 「サンタ先輩お久しぶりです、珍しいですね先輩がダンジョンに居るなんて」。いきなり声を掛けられた栗栖先輩は驚いて振り返るが、話しかけて来たのが雫斗だと分かると、雫斗の首に腕を回して言い放つ。


 「俺はサンタじゃねー、サターンだ」と言いながら雫斗の首に回した腕で締め上げる、別に二人の仲が悪い訳ではなく栗栖先輩への挨拶の常套句なのだ。


 栗栖(クリス)星士斗(ホシト)のあだ名の由来は、斗という字は“ます”と読めるので、名前を入れ換えて栗栖斗からクリスマスになり、星の人でサンタになったのだ。


 しかし星士斗はそのあだ名が気に入らないらしく星士の字が入れ替えると土星に似ていることから“サターン”にしろと星士斗自身が言っているのだが、さすがに先輩をサターン(神話の神)呼ばわりは憚られるし、間違えてサタン(悪魔)と言うのは言語道断である。


 其処で無難に雫斗達はサンタ先輩と呼んでいるのだが、その都度そう呼ばれて面白くない星士斗が訂正する事が定番の挨拶になったのだ。


 星士斗は来年の受験を控えて猛勉強中の筈なのだが、チョークスリーパーから逃れた雫斗が聞いてみる。


 「星士斗先輩、受験勉強の息抜きですか?でも珍しいですね、ダンジョンは封印して居たんじゃ無いですか?」。サンタ先輩と言うと、また先程の寸劇を繰り返すので、話が進まなくなる為、雫斗は名前で呼んでいるのだ。


 栗栖 星士斗は、高レベルの探索者を目指している、来年開設される探索者を養成する高校を受験する為に猛勉強を始めたのだが、これまでの不勉強が祟って受かるのが絶望的なのだ。そこで受験勉強の為ダンジョン探索を封印していたはずなのだが、その様子だとダンジョンに、かなり通い詰めている様だ。


 受験を諦めるにしては一年を切って居るとはいえ早すぎると思うのだが、雫斗の問いに意外な答えが返って来た。


 「この間の全国学力テストだけど、雫斗はどうだった?」と逆に質問を返してきた。そこで雫斗は思い返してみた、確かかなり順番が上がっていたようだけど、たまたま予習した所と試験問題が重なったぐらいにしか思っていなかったのだが、どうや星士斗先輩は其処に目を付けた様だ。


 「確か100番以内だったような・・・・」。「そうだろう!!、ダンジョンに入り浸っている雫斗が、7~8千番台からいきなり2桁はどう考えてもおかしいと考えたのさ、そこでダンジョンだ。ダンジョンで魔物を倒すと身体能力が上がるのは周知の事実だ、それなら知能が上がっても不思議じゃない。そうだろう?」星士斗先輩が期待を込めて聞いてきた。


 この人は机の前で勉強することがどれだけ嫌いなのだろうと思った雫斗だが、確かに鑑定で表示される項目に知能は有る。雫斗は単純に魔法の知識を表しているのかとあまり深く考えていなかったのだが、改めて星士斗先輩に言われてみると頷けることがあった。


 勉強の質と言うか、効率が上がっている様に感じるのだ。雫斗自身は勉強に対して前から苦手意識は無かったが、ここ最近著しく学習能力が上がっている事は、テストの成績でも分かる。しかも記憶力迄上がっている気がするのだが、あながち気のせいでは無いかも知れない。


 雫斗が考えこんで独り言を言い始めたのだが、“鑑定”や”ステータス”、”知能”、”体力”と言った言葉を聞き咎めた星士斗が聞いてきた。

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