第19話  過去を実直に見つめ直せば、自ずと正しき行いとなす。(その2)

 雫斗が食事をしながら聞いてきた「ダンジョンと人との関わりってこと?」と箸を止めずに話し出す。


 「そうだね、なぜダンジョンが出来たのかは置いといて、ダンジョンが無かった時の世界との違いが大きすぎてね、これからの君たちの未来が予測できない、母さんは其処を心配しているのさ」海慈がおもむろに悠美を見て話し出す。


 「多分だけど、僕たち次第だと思う、歴史の授業でしか知らないけど、ダンジョン誕生前は世界情勢が最悪だったんだって?」雫斗が箸を止めずに聞く。


 食事をしながらの為、会話は途切れがちだが進んでいく。


 「そうね、第三次世界大戦の一歩手前だったと言う人もいたわ」外務省に勤めていた悠美にとって現実に折衝の場にいたのだ、あの頃の絶望感を思い出していた。


 「もしそうなっていたなら、僕たちは今生きて居ないかもしれない、そう考えるとダンジョンは救世主だよね」いきなりの息子の発言に、思わず箸を止めて雫斗を見つめる悠美と海嗣。


 息子の”救世主”の発言に。「人類の一割が犠牲になってもかね?」と海嗣が動揺を隠しながら雫斗に聞いた。


 しばらく上を見て考えていた雫斗が、ゆっくりと考えながら話し出す「大勢の人が亡くなったのは知っているよ、問題を起こしている国々の政府と首都を巻き込んで、ダンジョンの崩壊が起こったことはね、悲しいことだとは思うけど文明は残ったよ」。


 確かにあのまま戦争が起こり、第三次世界大戦になっていれば、核戦争に発展して居たかも知れない、そうなれば人類の文明は終わっていただろう、冷静に先の世界情勢を判断したと褒めればいいのか、人の死をなんだと思っているのかと、叱ればいいのか判断に迷う。


 悠美を見ると怒らないでと小さく首を振っていた、「でもこれからも、同じことが起こるかも知れないわ、ダンジョンからもたらされる技術は凄まじいもの」。


 食事を終えた雫斗が、お茶を飲みながら静かに「そこだよ、だから僕たち次第なんだ、・・・・母さん僕たちがダンジョン生成に巻き込まれた時の事覚えてる?」。


 いきなりの質問に、面喰いながら悠美が答える「覚えているわ、香澄がお腹に居るときね、東京の駅の構内で大きな揺れがあったわ、その時魔物に襲われたの、覚えているの?」。


 「覚えているよ、その時僕は九つだよ、父さんはお腹の大きな母さんと小さな僕を抱えて、身動きが取れなかった、そうでしょう?」その時の雫斗は幼くて状況が分からなかった、でもその時のことは鮮明に覚えていた。


 今になって思い返してみると、その時何が起こっていたのか?朧気ながら分かってきた。沢山の人がいた地下鉄の構内で、大きな揺れとその後の空間が変異して大量の魔物が出現し始めたのだ。 


 人々は大混乱にい陥いり、我先にと逃げ出す人々、何の抵抗もせず魔物に食い殺される人々、その中で雫斗の母親をはじめ女性や子供、年老いた人など逃げる事が出来ずにいる人たちを、守る人々の中心に雫斗の父親海慈がいたのだ。


 早々に逃げ出す事を諦め、店舗の一角にバリケードを築き、戦えない女性や子供を囲い戦い抜いた、最後まで残って戦い抜いた人たちは多少のけがを負ったとはいえ、全員無事に生還出来た、最終的に魔物に抗い続けた集団が助かったのだ。


 「そうだ、今なら正直に言うが死を覚悟した、守る人々が多すぎることもそうだが、戦おうと気概を見せる人もいたがずぶの素人だ、逃げ出す事も出来ないぎりぎりの状況で、せめて雫斗と悠美だけは守ろうと必死だった」海慈はその時、死んでもおかしくない程の大怪我を負った。


 バリケードの外で、魔物と死闘を繰り広げていた海慈達だったが、最後に残ったカマキリの化け物を海慈が相打つ形で仕留めた。しかし右腕は食いちぎられ、左足も粉々に砕かれ、右胸を鎌で貫かれて、誰が見ても致命傷だと思った、しかしカマキリの化け物から金色に輝く液体の入った瓶がドロップした。


 その時の事を悠美は、神の啓示だったと言っていた、大怪我を負った夫を見て呆然としていたが、光り輝く液体の入った瓶を見て、此れを掛ければ夫は助かる、此れを飲ませれば、夫は死なないと確信したそうだ。


 悠美は、落ちていた瓶を引っ掴むと、すかさず海慈にかけた、そして残った液体を海慈に飲ませた、すると海慈は輝きだし眩しい光に包まれた。


 光が収まると、そこには何処にも傷のない海慈が横たわっていた、寝ている様に浅い呼吸をして死ぬほどのけがを負ったことなど噓の様に何事もなく横たわっていたのだ。ただ右腕と、左足の服はボロボロで、ジャケットの右胸には大きな穴と血がこびり付いていた。


 その後、救助に来た海慈の同僚達に助けられて、地上へと帰還出来たのだった。


 「でも生きて帰ってきた?、そうでしょう」そう言う雫斗に、海慈はあの時の事がよみがえったのか「そうだな」と深いため息とともに答える。


 「その時の記録を見たけど、浅い階はともかく僕たちのいた中層で自力で帰る事が出来たのは少数だったて書かれていた」と雫斗が続ける。


 「今でもそうだけど、記録には中層で置いて行かれた、見捨てられた、モンスターを押し付けられた人達の、ダンジョンからの帰還の報告は有るけど。見捨てた人、押し付けた人たちの帰還の報告は無いんだ」と雫斗。


 「そうなの?、でも押し付けた側は、報告なんてしないんじゃないの?」と悠美は言う。


 「それも考えたけど、帰還した人たちは殺されかけたんだから、必死で犯人を捜すでしょう?、それが皆無っておかしいよ」と雫斗は反論。


 「だから僕たち次第なんだ、ダンジョンは僕たちの資質を見ているんじゃ無いかと思えてくるよ、まー僕の憶測だけどね」と締めくくる雫斗。


 「確かにそうだな、・・・・しかしよく調べたな?」と感心した様に海慈が言うと。


 「ダンジョンは怖いからね、調べる事は怠らないよ、だからまずは一階層を徹底的に調べるんだ」とこぶしを握る雫斗。


 「ふむ、まだ2階層の蝙蝠は苦手かな?」と海慈が言うと。


 「ゲッ!、苦手じゃないけど・・・ちょっとね」と誤魔化す雫斗。


 「あら!、早く克服しないと、百花ちゃん達において行かれるわよ」と雫斗をからかう悠美。


 自分のトラウマをからかわれた雫斗はヤバイと思い早々に立ち去る事にした、雫斗が1階層に執着しているのにはDカードを取得した時に2階層で蝙蝠との格闘したこと、百花の木の棒の一撃だったとはいえ気を失った事が後を引いているのだと、本人は勿論、周りでも薄々は感じている様なのだ。


 周りに仲間がいたとはいえ、ダンジョンでしかも戦闘中に意識を手放したことが雫斗自身に軽い自責の念が在るのだ。その時は2階層で弱い魔物だったとしても、次はそうだとは限らない。その事が無意識の中で、自分の探索者としての資質に疑いを感じているのかもしれなかった。


 雫斗は「ごちそうさま」と一言いうと食器を持って流しへと向かう。


 食器を片付ける雫斗を見送りながら、海嗣は子供の成長は早いなと感じていた。最近までは、身長は伸びてもどことなく幼さを残していたのに。もうそんな事まで考えている様になったのかと、親馬鹿ではないが頼もしく思っていた。


 目の前では良子さんの手を借りながら、夢中でご飯をかき込む幼い香澄の姿があった、この子も直ぐに成長して行くんだろうなと、漠然とした寂しさを感じていた海嗣だった。


 雫斗は、流しに食器を置いて部屋へと上がる前に、悠美に話しかけた「母さん、余っているタブレット無いかな?、無かったら買ってもいい?」。 悠美は少し考えて「あるわよ、何に使うの?」。


 「う〜ん、ダンジョンでのメモがわり?スマホだとまとめるのが面倒で」雫斗が自信なさそうに話す、メモ帳でも良いのだが濡れると使えなくなる。


 「明日の朝でも良いかしら?、充電していないから使えるかどうか分からないから、でも三世代前の型落ちよ」と悠美が確認する。


 「何でもいいんだ、これも検証の対象だから、じゃー香澄お休み」とご飯に夢中の香澄の頭をなでる。


 頭を撫でられた香澄は、横目で見上げて雫斗を確認すると、咥えていたスプーンを振り上げて「おっすみ!!」と一言いうと、直ぐに目の前のご飯と格闘する。


 クスと笑いながら「良子さん、父さん、母さんおやすみなさい」と良子さんと、両親に挨拶して自室のある二階へと向かった。


 「ああ、お休み」、「おやすみなさい」。「坊ちゃま お休みナッサイです」。


 それぞれ挨拶を返すと、階上に上った長男の事を思って皆が目を交わしあう、”ふ~~”とため息をついて悠美が話す。


 「子供の成長は早いわね、あんなことを考えていたなんて」とまさに海慈が思っていた事を言う。


 「雫斗は、思慮深い所はあるが、中々人前で自分の意見を言う事が無なかったからね、やはり昨日の魔物のとの関りがそうさせたのかも知れないね」と感慨深げに海慈が話す。


 「あら?貴方も経験がお有りなの」と悠美が、からかいながら聴いてきた。


 「おいおい忘れたのかい?、私は死にかけた事が有るのだよ、その後で人生観が変わったよ」と海慈が話す。


 「あら!、雫斗の場合は多少男らしく成りましたけれど、貴方はだいぶガサツに成りましたものね!」と言いながら鼻で笑う悠美。


 「おいおい!、ガサツは無いだろう、懐が深いとかワイルドとか色々言い方が有るだろう」と多少怒ったふりを海慈がすると。


 「何を、夫婦喧嘩に発展させて〜いるのでっスか?、ここは息子の成長を喜ぶ所でしッょう」と嗜める良子さん。


 "そうだな"と笑い合う海慈夫婦と良子さん、その中で我関せずと相変わらず、ご飯を食べている香澄の四人の夜は、静かに更けていくのである。

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