第2話  ダンジョンとダンジョンカードの秘密 (その2)


  

 

 さて現在は、ダンジョンの恩恵で成り立っているとは言え、さすがに10歳の女の子に”ダンジョンからお宝を取って来い”と言うほど鬼畜な社会ではない。

 都会ほど危険な魔物はいないとはいえ、ダンジョンの影響下にある土地は魔物がしみだしてくる、その対策とDカードの取得が目的だ。


  なぜDカードを小さな子に取得させるのかというと、ダンジョンの魔物を倒したときに、たまに出てくる怪我が立ち処に治るポーションやそのほかもろもろの薬や、不思議な事が出来るようになるスキルオーブやスキルスクロールといった物は、Dカードを取得した人しか使うことができなかった為だ。


 いや、そう言うと語弊がある、確かにスキルオーブやスキルスクロールは、Dカードを所持していないとスキルを取得しそのスキルを使用する事は出来ないが、ポーションや薬類に至っては使う事は出来るが、その効果は半減するのだ。


 低級のポーションでさえDカード取得者であれば、裂傷など数10針を縫う事に為ろうかという傷でさえたちどころに消えてしまうが、Dカード不所得者に至っては止血程度にしか成らない。


 複雑骨折など治療に数か月、いやリハビリを含めると数年は掛かろうかという大けがでさえ、中級ポーションを使えばたちどころに治ってしまう。高級ポーションに至ってはこれは即死だろうという大怪我でさえ立ち処に直してしまうのだから、Dカード取得者と取得していない人では理不尽なほどの差があるのだ。


 そこで小さな子がいる親たちは、もしも子供たちが大怪我や病気になった時に、ポーションや薬を使えるように、Dカードを取得させるのだ。


 ダンジョンの中であれ外であれ、初めて魔物を倒したときに出てくるカード、便宜上カードと言っているが自分以外の人に見せることはできても他人が触れることができない、ただ存在するだけの不思議なカード。


 まず自分の手から離す事が出来ない、何処かに置こうとすると消えて無くなるのだ。”何処に行った”と思って意識を向ける、又は探そうとすると何時の間にか手の中に現れる、まるで手品のように出したり消したりが出来る様になったのだ。


 最初手の中に出したり消したりできる機能からアイテムボックスを疑われたが、カード以外消せない事と自分以外の人が触れる事が出来ない事を考慮して、アイテムボックスではないと結論付けられた。ただカード自体に書かれている文字でステータスの表示機能の一種なのではないかということで落ち着いた。


  表面に書かれているのは自分の名前とレベルだけしか書かれていないが、ダンジョンの到達階層でレベルの表示が変わるのだ。

 到達階層で変わるレベルを、自分のステータスと言って良いものかと、かなり紛糾したが、そのほかに何も書かれていないため、中にはスターテスではないという人もいる。


 もう一つの機能としてお互いを認識する機能がある、カードを重ねて勧誘と承諾の意思を伝え合うと、繋がる様な感覚がする。

 離れていてもお互いのいる場所がなんとなく分かるし、近くにいると考えていること、行動しようとしていることが漠然とわかるようになる。


 複数でダンジョンに行くときはお互いを認識する機能を使うことでパーティーを組む、そうする事で探索や戦闘で優位に立つことができた、つまりダンジョン探索の必需品であるが、そのカードの名称を決めるには時間を要した。


 ダンジョンの魔物を倒して取得する事から”ダンジョンカード”とするか、自分の名前と到達階層で変わるレベルが表示されているから”ディスプレイカード”とするか”、はたまた、パーティーの構築や探索で使えるから”パーティーカード”とするかで紛糾したが、何時まで経っても決める事が出来ずに好きに呼称して良いと言う事で落ち着いた。だが一般的にDカードの方が独り歩きしているのが現状だ。


 


 雫斗が周りを見回すと立花恭平が歩くジャングルジムと化している、斎藤千佳とともにDカードの取得に挑む、男の子達三人にまとわりつかれていた。恭平は体が筋肉質で身長は中学二年の段階で1メートル80を超える巨漢だ。


 大きなリックを背負い、肩ひもを掴んで、ゆっくり歩いている。その両側から腕やリックのひもを手掛かりに、小学高学年の男の子達が山頂(肩車)を目指して登っていく。


 揺れ動く、歩く山は強敵らしく腕にぶら下がっては落ち、肩に手をかけては落ちを繰り返し、落ちるたびに落ち葉をまとわりつかせて挑んでいる。


 その後ろでは転げ落ちた子供たちを助け起こしながら「頑張れ~~」、「まだいけるぞ~~」と煽る中学一年生の女の子二人と、生暖かい目で見ている小学生高学年の女の子たちが、今日Dカードの取得に挑むメンバーだ。


 最後尾には一年生から三年生までの年少組を従えた雫斗の同級生の女の子二人、斎藤百花と麻生弥生が「歩こ~~、歩こ~、私は強い~~」と何処かで聞いた様な歌を変な替え歌にして歌いながら歩いている。


 小学校の低学年が一緒に歩いているため、その歩みはゆっくりとはいえ、「つかれた~~」といってしゃがみ込んだ子をおんぶしたり、犬型のアンドロイドに乗せたりと、結構忙しそうだった。


 総勢25人、高校受験を控えた3年生5人を除いたこの村の小学校と中学校の全校生徒と教員2名、あと警備と護衛を兼ねた人型の2体のゴーレム系アンドロイドと動物を模様した三体のアンドロイドが、村から山一つ越えた小さな池のほとりを目指して歩いている。


 


 数年前まではDカードの取得条件は20歳以上と決められていた、だがダンジョンから産出されるポーションや薬が怪我や病気に効くことがわかると、だんだんと低年齢化していった。


 障害となったのはDカードの取得には単独での魔物の倒伐が必須だったこと、つまり大人が手助けできないのだ。魔物には必ず魔核が備わっている、種類によって露出していてわかりやすい魔物と隠れていて分かりにくい魔物に分かれるが例外はない。


  その魔核を破壊するか、魔物が動けなくなる状態まで傷をつけると、魔物は淡い光の粒となって消えていく。どういう原理でそうなっているのかはいまだに解ってはいないが、魔核をどうやって破壊するかが、魔物を倒すときの定石を確立する一つの指標になってきていた。


 おおむね浅い層の魔物は魔核が隠れていて分かりにくいが、深い層の強力な魔物程魔核の位置が認識しやすいため、今では魔核の露質具合で魔物の強さのバロメータになっている。


 しかし、魔核が露出しているからといって討伐するのが簡単に出来る訳ではない。強い魔物になるほど強靭な皮膚や鱗で覆われて、刀や槍、又は弓矢と言った得物で貫く事が困難になって来る。それは魔核とて例外ではない。


 最近では最弱と言われているスライムは、昔は討伐するのに困難を極めた。水あめの様にグニャグニャしているくせに打撃にはめっぽう強く、ハンマーや棒などで叩いても、まるでゴムボールを叩いた時の様に跳ね返してくる。そのくせ力を入れなければすんなりと中に入っていく、というより纏わり付いてくる。


  当初スライムを倒すには槍や剣等の先の尖った物を、スライムに突きこんでひたすら魔核を突きまくる事しかできなかったが、ただ効率が悪かった。


 運よく魔核を突ければ倒せるが、纏わり付かれるとその武器は手放すしかなかった。高額で取得した武器を、スライムの群れが纏わり付いて破壊していくのを、唖然として涙目で見ているしかなかった探索者が多数いたという。


  そのためしばらくはダンジョンの最弱で最強の魔物として恐れられていた、というより無視されていた。1階層の洞窟層で多く生息していてしかも秒速2,3センチほどでしか動かない(ほとんど動かない)つまり避けて通れば問題なかった。


 


 雫斗達も去年の終わりにDカードを取得している、相手は2階層(1階層と同じく洞窟層)に多くいるケイブバットとケイブラットだ。


 スライムとともに最弱と言われているが、たたけば落ちるし踏みつければ倒せる魔物を相手に、トラウマ級の大立ち回りの末での(主に仲間のフレンドリーファイヤーのダメージで)カード取得である。


  今年の初め、あるパーティーの一人が1階層でスライムに水を掛け始めた、本人によると”今までスライムに食われた数々の武器のうらみで思わず水を掛けていた”とのこと。


 嫌がらせのつもりだったようだが、当然貴重な水を台無しにしたことを咎められる。 「近いから取りに行けばいい」とか「時間がもったいない」とか言い争いをすること数分、生暖かい目で見ていたほかのメンバーが気が付いた。


 スライムが水に溶けだしているのを。水たまりの中に魔核が露出して居てそのまま光と共に消えていった、そのあとは探索どころではなくなった。


 ありったけの水を使っての検証が始まったのだ、その結果スライムの体積の2倍程で溶け出すこと、時間は3分ほど掛かること、水たまりでなければ効果がないこと、一度溶け出したスライムの魔核は光に還元された、つまり条件さえよければスライムを倒せる。


 そのことを報告したパーティーは一躍時の人となった、10歳未満の子供でもDカードが取得できるようになるのだ。


 病気の子供を抱える親たちからポーションで病気やケガが治ったと、感謝の言葉と手紙が多く寄せられた。一時期検証番組や、さらなる討伐方法を探して世間をにぎわせていたが、次第に下火になっていった。


 いくら倒しても強くなった気がしない最弱のスライムは討伐の対象から外れ、かくしてDカードの取得のための魔物として定着していったのである。

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